12話

「おかえり。」

テーブルの上には、錠剤を出したヒートのガラが置かれていた。成分名マルチゾラム、商品名マルス。

即効性と、服用者の効果の実感の高さ、そして依存性が人気の秘訣の、第3種向精神薬だ。

数は0.5mg錠が20錠。全部飲んでいるとすれば、1回で1日の上限量を超えるオーバードーズだ。

闇が深すぎる。

俺は洗剤を台所において、尋ねる。

「これ、いま全部飲んだの?」

「うん、これで私、さっきより気持ちよくなれるかなって。」

「そんな簡単に効かねぇし、この薬そういう効果ねぇよ。」

「えー、そうなの?ごめーん、引かないでー。」

しかしテンションはやや高くなっているらしい、中学時代を思わせる笑顔で、俺の腕を絡め取る。

この薬は本来、気分を楽にする為のものだが、気分を高揚するものではない。

つまり薬効と、このテンションには相関がない。


女の裸に照れる年齢でもないので、裸の東山を受け入れながら、立ち上がらせる。

「裸エプロン見してよ、皿洗って?」

「んふふ、いいよ。」

キスしながら俺の股間を撫でて、東山は台所に向かう。

皿は水で流しただけで、見た目にも油脂が浮いていた。

「あかねちゃんがやっていったの?」

「うん、そう。朝ごはんありがとうって。」

裸の尻をふりふりしながら、あずさが皿を洗い直す。

「ふふ、こういうの、イメクラやってたとき以来だから、なんか懐かしい。」

「へー、他にはどんなカッコでやってたの?」

「うーん、ギリ10代だったから、セーラー服とかメチャウケだったけど、なんかスーツ?みたいの着せて、面接みたいのしながら迫ってくるオッサンもけっこういたよ。」

ああ、リクルートスーツか。

「そういうオッサンに本番してあげてたら、けっこう稼げたんだけど、バレてクビになっちゃった。」

あっけらかんと違法行為を語る。この倫理観こそが、問題の根底だと、俺はなんとなく思っていた。

「お皿洗ったよ、次はどうする?」

東山は裸エプロンのまま俺の膝にまたがる。

「エプロンの肌触りに改善の余地があるね。」

俺はエプロンのヒモを外して、あらわになった裸の胸にかじりついた。


運動に疲れたか、薬が効いてきたか、とにかく眠った東山に「次は明後日仕事の後、店に行くね」と書き置きして、俺は先日見た薬箱の中身を改める。

マルスがざっと500錠、入眠剤はゾピクロンにゾルピデム、トリアゾラムにフルニトラゼパムがそれぞれ100錠ずつくらい。

マトモなものだと何種類かの解熱鎮痛剤と鼻炎薬が少々、ビタミンCとトラネキサム酸の錠剤は、美容目的で皮膚科から処方される事がある。

フルコースだ。


ヤバい。


まがりなりにも現場経験をもった薬剤師なら、この違和感には気がつくだろう。


医薬品情報文書が1枚も無い。


市販薬を購入した場合でも、処方箋を持って薬局に行った場合でも、医薬品には必ず、いわゆる「効能書き」が付き、最低限「何の薬か」「1日何回、どんな時使うか」が書いてある。


だいたい同時にもらうので、何でも捨ててしまうような人でも、これだけ薬をもらっていれば、何か1つくらいは、薬と一緒に残っている事がほとんどだ。


俺の知る限り、例外は2つ。

薬剤師が自分で自分の管理している場合か、そういう物が配布されない方法、つまり違法な手段で入手した場合だ。


まぁ、順当に後者だわな。


なんとなく現状に絶望しつつ、マルスを6錠ちぎって書き置きの重しにして、部屋を出た。


1日6錠までにして欲しいという願いが、これで伝わると良いが。

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