第5話
「へぇー、清田くん、私の事好きだったんだー。」
両手で胸に谷間を作り、水割りを差し出しながら東山が言う。初恋の相手から接待されるムズがゆさで、なにか新たな扉を開いてしまいそうになるが、相手の商売を思い直して背筋を伸ばす。
バツイチのホステスに貢げるほど、俺の貯金は多くない。
「そうそう、お前のおっぱいに夢中だった。」
水谷が答える。
「やめなさいよ。」
あまりに照れたので、発音が沖縄の人みたいになってしまった。
事実であることが、なおさらタチが悪い。
中学時代の東山は思春期の俺に、性的嗜好を決定付けた存在だった。
程よく大きい胸に、タヌキ顔に、左目の泣きぼくろ、茶髪が映えるきれいな肌の白ギャル。
今まで付き合った女には、必ずそのどれかがあった。目の前の東山には、すべてが揃っている。
「ふふふ、今もおっぱいは自信ある。」
「やめなさいよ。」
精一杯抵抗しているが東山は搾り取りに来ている。負けそう。
「清田さぁ、お前なんで会社辞めたの?」
「私も気になる、清田くん真面目そうなのに、どうして?」
水谷が唐突に訊いてくる、話をそらしてくれるのはありがたい。
しかし方向が明後日だ。
「いや、まぁ、何のために働いてるのかわかんなくなっちゃってさ。」
「お前、思春期かよ、仕事なんて金のためにやるに決まってるじゃねぇか。」
「えー、そうなの?」
口を挟んだのは俺ではなく東山だ。
「そうに決まってるって。難しいこと考えずに、適当に流してれば金もらえるんだから、それ以上のことはねぇよ。」
他の仕事をしていれば、俺もそう思えたのだろう。
だが、町のドラッグストアで薬剤師をしていた俺には、それなりに、医療に携わる人間としての矜持があったのだ。
「え?お前薬剤師なの?」
口に出していたらしい。
「うそ、凄いじゃん、何で辞めたの?」
「てか、なんだよ、そういう資格とかあるなら就職とか余裕じゃん。アホくさ。」
「アホくさって言うなよ、それなりに大変なんだよ?」
「要は選り好みだろ?」
「そんな言い方しなくても。」
とは言ったものの、図星みたいなものなので、反論できない。
「あーあ、久々に会ったし愚痴でも聞いてやろうと思ったのに、肩透かしじゃねぇか。」
うーん、それを言われると、なんだか申し訳ない気がする。
「もう、喧嘩しないでよ。」
東山がむくれる。
「喧嘩じゃねぇよ、なぁ?」
「うん、喧嘩じゃないね。」
ぶっきらぼうだが水谷は本当に、無職の俺を心配して、俺の愚痴を聞こうとしてくれたのだ。
彼は昔からそういうやつだった。
会うのは12年ぶりだが、良くも悪くも、彼はあの頃と全く変わっていないらしい。
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