第6話
「にしても客いねぇなぁ、この店。」
ソファにふんぞり返った水谷が、オレンジジュースを飲みながら、八つ当たり気味に言う。
ここは駅前の雑居ビルの一室。そもそも小さい店で席の数が少ないというのもあるが、繁盛させるのは難しいかも知れない。
「お前は酒を頼め。」
「イテテテテ、なにすんだよ!」
東山がトングで水谷の頬をつねる、いいなぁ、それ。
「まぁ、うちは私とあずさの二人で、こじんまりやってますから。」
カウンター越しにそう言ったのは、この店のオーナーで、店と同じ源氏名のカエデさん。40手前くらいの穏やかで色気のある女性だ。
「そんなんでみかじめ払えるのかよ?」
トングを払って水谷が言う。
「みかじめ?」
「水谷、ここのケツモチ。」
みかじめとは、商店がヤクザに支払うロイヤリティ、いわゆるショバ代というものだ。
「水谷くん、ヤクザなの?」
「いや、どことも盃は交わしてない。まぁ、半グレ?みたいな。」
「仲間もいないで何が半グレよ、ただのチンピラじゃない。」
「うるせー!」
「お金も、結局取ったことないしね。」
カエデが微笑む。
「イロから金とるやつがいるかよ。」
イロとは情婦、愛人のことだが、そう言って照れる水谷からは、その関係が愛人というより、恋人のそれであることが伺える。
「そうなの?」
「そう。ヤキモチ焼いちゃうから、私がお客さん連れてくると怒るのよ。」
なるほど、それで「コスパが悪い」か。
「そんなんじゃねぇよ!」
そう言って立ち上がり、グラスの中身をあおる。
「あ、それ。」
グラスは俺のだった、中身はウィスキーの水割りだ。
「は?」
その一言を空中に置き去りにするように、水谷が昏倒した。
「よわ。中学生かよ。」
東山が呆れた声を出す。
「水谷とは高校も一緒でさ、荒れてるとこだったんだけど、あいつ、結構ケンカとか強くて、高校時代は結構イケイケだったのよ?」
高校を卒業した後、水谷はフリーターをしながら格闘技のイベントに出場したりしていたらしい。
お陰で肩を貸すのが重いったらない。
「まぁ、戦績イマイチで、結局こないだ引退しちゃったけど。」
「うるせー。」
力なく反射的に言い返してくる。こんな状態なので、東山と二人で彼を連れ帰る事になったのだ。
近所だという彼の住居は、俺が借りているよりさらに狭いアパートだった。鍵もかかっていない。
「こいつマジ汚ねぇな。」
二人で足元のゴミをかき分けながら、敷きっぱなしの布団に水谷を寝かせる。
「クサッ早く出よう!」
東山のこの口の悪さ、心底懐かしい。
「ねー、これ絶対精液のニオイだよねぇ。」
「やめなさいよ。」
二人で笑いながら、急いで部屋を出る、なんだか気分は、中学生の頃に戻ったようだった。
「ねぇ、この後どうする?」
「いや、何も考えてないよ?」
「良かったらこの後、うちで飲まない?」
「うちって?さっきの店に戻るの?」
「清田くんがそうしたいならそれでもいいけど、私んちに来ない?」
コイツは夢か幻か、俺は今、同窓会で再開した初恋の人に、家に誘われている。
つまりそういうことか?
「つまりそういうことよ。」
口に出していたらしい。
「うん。」
中学生みたいな返事をして、俺は夜道を初恋と並んで歩いた。
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