第4話
「コンビニの店員よ、お給料はそんなにだけど、旦那が店長だから、きっと働きやすいと思う。」
ホントに怪しいやつじゃなかった。よく見ると薬指に指輪が光っている。なるほど既婚者だったか。まぁ、この子なら当然か。
しかし名札に旧姓だけ書くあたりに強かさを感じる。こういう事があるのか、気をつけよう。
「コンビニ店長って、フランチャイズ?」
「そうよ、脱サラして一念発起。ウチで修行してその気があったら、清田くん真面目だし、2年で店長にしてあげるわよ。」
大手コンビニのフランチャイズオーナーがどんな目にあっているかは、報道なんかもされているので、言うに及ばず、なかなかに黒い噂が絶えない。
安くない開業資金を払わされ、商品の売上を詰められ、馬車馬のように働いて体を壊しても、在庫分の借金が残って退くことも出来ないなんて話はザラだとか。
じつは中規模な調剤薬局チェーンも、こういう手法で店舗を拡大するところがしばしばある。
まず、独立をちらつかせればモチベーションが高く優秀な人材が来やすいうえ、離職率は低い、それだけで経営者にすれば充分有益だ。
独立後にマージンまで取る薬局もあるが、医薬品の卸売業者を間に挟んで、採用する薬を元締めが指定して牛耳るだけでも充分利益になるので、コンビニほど搾り取られるところは少ないようだ。
俺も同じ条件で騙されるなら、ノルマづくしで24時間営業のコンビニよりは、ノルマもなく近隣の病院が閉まれば帰れる薬局に行く。
「残念だけど、難しいかな。」
食い下がりたそうな狭山から離れて、更に静かそうな席に移る。
流れ流れて最下流。一番盛り上がらない席は「オタク席」ではなく「ヤミ席」だった。
俺と同じ26歳でペラペラのジャージに金のネックレスの金髪、絵に描いたようなチンピラ風の男と、死んだ目でスマホをいじる、胸元のあいたドレスの、どう見てもキャバ嬢かホステスの女。
喧嘩中のカップルに見えるが、名札もしてるし、そもそも小さい居酒屋を貸し切って行われている会なので、参加者であることには間違いない。
それにしても他のテーブルとは明らかに異質な空気を放っている。
「いや、君ら何で来たの?」
まぁ、俺も大概だが。
「あ、清田くーん、久しぶり、私のこと覚えてる?」
声をかけると女の方が、キレイな営業スマイルでこっちを見た、男を狩る人種の目であることは、一目瞭然だった。
「東山あずさでしょ?名字変わってなければ。」
名札を見なくても、顔を見れば名前はすぐに分かった。
「うん、一回変わったけど、戻ったの。」
彼女は高校卒業前に、彼氏と子供を作って退学したと、風のうわさで聞いた。12年合わないと、人は名字を一度変えて、再び元に戻るらしい。
「ねぇねぇ、この後暇?ここ抜けて私と同伴しない?」
東山の目が妖しく光る。タレ目の奥の眼光の鋭さに、言い知れぬ必死さを感じた。アタマの軽そうな彼女だが、昔はそれが天真爛漫に見えて、それなりに魅力的だったものだ。
「やめとけよ、コイツの店、コスパ悪いぜ?」
金髪が、やはりこちらもスマホをいじっていたが、そのままの姿勢で言ってくる。お陰で中学時代の淡い思い出を汚さずに済んだ。
「は?邪魔すんなよ。」
東山が金髪を睨む。
「勘弁してやれって、コイツ中学の時、お前のこと好きだったんだぜ?」
「「えっ?」」
俺と東山が同時につぶやく。中学の頃の俺の片思いを知ってる人間は多くない。
「久しぶりだな、清田翔平くん。」
「水谷くん?」
金髪がニヤリと笑う。
チンピラスタイルで全くわからなかったが、彼の名前は水谷優太、中学校に通った3年間、俺の親友だった男だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます