第5話 交渉

「……それで、私たちの所に来たってわけかい?」

「ええ。無理なお願いなのは重々承知です」


 険しい顔をするマルタの前で、二人は深々と頭を下げる。レティリエは、村の奪還の為にドワーフの戦力を借りたいと申し出たのだった。

 かなり無謀な要求だと言うのはレティリエも理解している。だが、もうこれしか手立てはない。必死に懇願する二人の狼を、マルタは腕組みをしながらじっと見つめた。


「あんた達のことは、私も好きさ。それでもこれは狼の種族間の問題だ。言い方は悪いが……私たちに関係はないじゃないか」

「はい、そのことも十分わかっています。でも、私達にはもうこれしか方法がないのです」


 マルタの言うことは正論だ。勝ったとしてもドワーフには何のメリットもない。その上負ければ大損害だ。マルタ自身も彼らの力になりたい思いはあるものの、一族の命運を左右する身としては簡単に首を縦に振れなかった。


「しかし、こればっかりは……私の一存では決められないさ。あんたはどう思う?」


 困り果てたマルタは隣にいる夫に助けを求める。こちらも代替わりをしており、前長老の娘であるマルタとその夫のギークに指揮権が委ねられているようだった。

 ギークは腕組みをして、難しい顔で二人のやり取りを聞いていたが、マルタに話をふられ、組んでいた腕をほどいた。


「これは俺達だけで話すことじゃねぇ。お前ら、ついてこい」


 そう言うとギークは二人に背を向けた。



 ドワーフの地下集落を出て、地上に出る。地上では、たくさんのドワーフ達が今日も炭鉱作業に精を出していた。


「お前ら、大事な話がある。聞いてくれ」


 小高い山の上にのぼり、ギークが大声を出す。レティリエとグレイルも彼につれられて丘の上にのぼると、大勢のドワーフ達が自分を見ている姿が視界に映った。


「こいつらの群れが、今、敵の襲撃にあって危機に瀕している。村の戦力は削がれ、俺達の力を借りたいそうだ。皆はどう思う?」


 ギークの言葉に、ドワーフ達が一斉にざわつく。「狼の話だろ? 俺達には関係ないはずじゃ」「戦闘経験がない俺達には荷が重い話だな」など、否定的な声がそこかしこであがる。

 レティリエはうつむきながら、きゅっと拳を握った。だが、自分には懇願することしかできない。ギークが、発言を促すようにそっとレティリエの肩に手を置いた。


 大好きなドワーフ達を危険にさらすのはわかっている、けれども、自分にとっても狼の村は大切な故郷だ。

 レティリエは震える足で前に出ると、しっかりと眼前のドワーフ達を見下ろした。自分を見つめる大勢の視線におののくも、同時に、先程の傷を負った仲間の姿が脳裏に浮かんで消えた。

 レティリエは深呼吸をすると、一歩前へと進み出た。


「皆さんに無理を言っているのはわかっています。それでも、私は……村を救いたいんです!! これ以上、仲間が傷つく姿を見たくはありません。お願いします、力を貸してください」

「俺からも、お願いします」


 レティリエが叫ぶと、グレイルも後に続く。そろって頭をさげる狼の姿を見て、ドワーフ達は水を打ったように静まった。


「一族を代表して聞いておく。もし協力した場合、俺達に何か見返りはあるのか?」

「それは……」


 ギークが厳しく問う。当たり前だ。取引である以上見返りは必要だ。だが、レティリエには何も提供できるものがない。


「今すぐに何かお返しをすることはできないかもしれませんが、このご恩はいずれ必ずお返します。私と彼の命にかえても」


 こんな実態のない取引で納得するとは思えなかった。それでも、今は誠意を見せるしかない。

 頭を下げながら、ぐっと歯を食い縛る。村長であるローウェンは最も命を狙われやすい。妊娠中のレベッカは逃げられるのだろうか、村の皆は無事なのだろうか……様々な思いが頭を駆け巡り、焦燥感で震える体を、両の拳をぐっと握りしめることでなんとかこらえる。

 果てしなく長い数分の沈黙の後、隣でギークが動く気配がした。丸太のように野太い腕でパンパンと二回手を叩き、空気が震える。


「お前らよく聞け。今回の食糧危機では、俺達は狼の協力によって救われた。忘れたやつはいねぇな?」


 ギークの力強い言葉に、レティリエの体がびくりと跳ねあがる。彼の言葉が信じられず、思わずギークの顔を見返すと、ギークがレティリエの背中に手を置いて、グイと前へ押し出した。


「今こそ借りを返す時だ。俺達は利害関係で結ばれた取引相手じゃない。信頼関係で結ばれた友人だ。だから、俺達はこいつらに力を貸す。異論があるやつはいるか?」


 ギークの力強い言葉に、怒声のような歓声があがる。そもそもドワーフ達は狼に否定的ではないのだ。大声で咆哮するドワーフ達を信じられない気持ちで見ていると、ギークがこちらを向いて豪快に笑った。


「と、いうわけだ。俺達は今から戦いの準備をする。整い次第すぐに狼の村へ向かうぞ」

「あ、あの、ありがとうございます……。でも、まさか、本当に……?」


 信じられない気持ちで呟くと、ギークが笑いながら二人の腰に手を回した。


「俺は最初からお前たちに協力するつもりだったさ。けれど、統一のない意志は集団の力を半減させる。こういう場合は、皆の認識をひとつにする必要があるんだ」


 ギークが振り向くと、成り行きを見守っていたマルタも力強く頷く。レティリエとグレイルは、顔を見合わせると再び深々と頭を下げた。

 ギークはもう一度前に出ると、ドワーフ達の前で両手を掲げる。



「ドワーフの戦い方ってもんを見せてやろう。野郎共、開戦だ」

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