第18話 作戦会議

 その晩、子供達が寝静まってからクロエとグレイル、レティリエの三人で机を囲んだ。

 クロエは先程から黙ってうつむいたまま何も言わない。


「クロエさん」


 レティリエが優しく声をかける。


「私達は……多分、あなたの味方になれると思う。だから安心して話して」

「何から話したら良いのかわからないわ」


 緊張しているのか、クロエが固い声で返事をする。レティリエは助け船を出すことにした。


「そうね。まずはあなたのことから聞きたいわ。あなたは元々セヴェリオの群れにいた人ではないわね? そしてあなたはセヴェリオに近しい人……たとえばセヴェリオかジルバという人の奥様、いえ元奥様だったりするんじゃないかしら」

「どうしてわかったの?」


 レティリエの言葉に、クロエが目を見開く。レティリエは「全部推測でしかないけど……」と言って口を開いた。


「セヴェリオがグレイルにあなたをあてがったと言うことからも、あなたが相当の実力者であることがわかるわ。旦那様と死に別れたと言っていたけれど、あなたくらいの力を持っていればすぐに次の相手は見つかるはずよ。にも関わらず、今あなたは伴侶を探していると言っていた。と言うことは、つい直前まであなたは誰かと婚姻関係にあったんじゃないかと思ったの。グレイルの相手に選ばれるくらいだから、前の婚姻相手もきっと相応の実力者じゃないかと思ったのよ」


 レティリエの言葉にクロエが頷く。


「ええ、私は最近までセヴェリオの妻だったわ。でも、なんで他の群れから来たということまでわかったの? 確かにあの人は繰り返し群れを統合して編成しているけど……そんなこと、見ただけでは分からないじゃない」


 クロエの言葉にレティリエが続ける。


「離婚ができるということから、はじめはあなたに子供はいないと思っていたわ。けれど、グレイルがあなたが母親であることを突き止めてくれた。子供がいるにも関わらず離婚ができるということから、あなたは元々別の群れから来たのではないかと思ったの。そして、今回セヴェリオの元を離れてグレイルの相手にさせられようとしていることを考えると、あなたの子供はセヴェリオとの子供ではないわね。前の群れにいた人かしら」


 淀みなく説明するレティリエにクロエがぽかんと口を開ける。


「あなた、案外頭が回るのね」

「そうかしら、褒め言葉として受け取っておくわ」


 クロエの賛辞にレティリエは平坦な声で答えた。


 基本的に人狼達は生涯で一人の番しか持たない。一人の雄が複数の雌と子を成してしまうと、ゆくゆくは群れ全体の中で血が濃くなる可能性があるからだ。狼の群れは基本的にあまり人の入れ換えがない上に規模が小さい。多少の変動はあるものの、基本的には生まれた群れで一生を終えることが多い為、一度婚姻を結んだ相手とは生涯を共にするのが一般的だ。

 だが、例外はある。伴侶と死別した場合。そして、子供がいない上で、別の群れの狼が群れに入ってきた場合だ。

 例えば優秀な個体が群れに入ってきた場合、子を成していない夫婦であれば夫婦関係を解消し、新たにその者と婚姻関係を結ぶことができる。優秀な個体の遺伝子は群れにとって有益だからだ。

 子供がいる夫婦に限ってはどんな理由であれ離婚は認められない。だが、死別した場合は、別の群れへ行くことで新たな婚姻関係が認められる。同じところに長くいる群れはどうしても村民全員のルーツが似通ってしまうが、別の群れにいけば血が濃くなる心配がないという考え方からだ。   

 ゆえに、レティリエはクロエとセヴェリオの間に子供がいないと踏んだのだった。

 レティリエの説明が終わると、クロエはふうとため息をつき、会話の主導権を引き取った。


「あなたの言う通り、私はもともとセヴェリオの群れにいた者ではないわ。私はここからずっと北にある群れで生まれたの。その群れで伴侶を見つけて、やがて子供も生まれたわ」


 そこでクロエは言葉を切った。


「私の夫は群れの長だったの」


 クロエの言葉に、レティリエは痛ましそうに顔をしかめる。


「そうなの……それは……大変だったのね」

「ええ。でも仕方のないことだわ。これが自然の摂理ですもの」


 クロエがそっと金色の目を伏せる。過去を思い出しているようだった。


「セヴェリオの群れが襲ってきた時、私の夫は真っ先に狙われて殺されたわ。そして長の妻であった私はセヴェリオの妻になったの。一時的にね。でも、私は妻らしいことは何一つしていない。集団としても、個人としても。多分長としての威厳を保つ為だけに私を娶ったのだと思うわ」


 クロエが少し言いにくそうに目を逸らす。


「特にそういうことは……無防備になるから彼はしたがらないの。彼は基本的にジルバ以外信用していないから」


 話が核心に迫ってきた。グレイルが身を乗り出してクロエに向き直る。


「そのジルバというやつとセヴェリオの関係性を聞きたい」

「私もあまり知らないわ。ただ、彼らは同じ群れで生まれたみたいなの。かなり貧しい土地で育ってきたからこそ、彼らは力を持つことに固執している。そして、セヴェリオはいくつもの群れを転々としてきたけど、その傍らにはいつもジルバがいた」

「ジルバに妻子はいるのか?」

「いないわ。私の知る限りでは」


 クロエの言葉に、レティリエとグレイルは揃って眉根を寄せる。彼女の話が本当ならば、彼らは狼の中ではかなり異端な存在だ。


「そんなに強い力を持つなら、彼らも子供を儲けた方が群れの為になるのに。なぜそれを行わないのかしら」

「それもわからないわ。ただ、彼らは力に固執している。それも、群れ全体ではなくセヴェリオ個人の力にこだわっているのは間違いないわ。多分、自分が強い群れを率いることに重きをおいていて、群れの存続には興味が無いんだと思う」

「自分達でわざわざ優秀な子供を儲けなくても、強いやつは他所から引き抜いてくればいいからか」


 グレイルの言葉に、クロエがこくりと頷く。


「そういうことになるわね。もちろん、他の群れから強者を引き抜いてくる為にも力が必要だから、群れの為に優秀な子供を儲けることは求められるわ。でも、彼らの目的の邪魔になるのであれば、群れに有益な者であっても容赦なく排除される」


 レティリエの隣でグレイルが低く唸った。


「レティリエ、俺はこの感じに覚えがある」

「ええ、私も同じことを考えていたわ」


 レティリエの脳裏に、かつて煮え湯を飲まされた人間達の記憶が甦る。利己的で、独善的。彼は人狼の中でもかなり人間的な側面が強いのだ。

 群れよりも己の目的を優先する狼達。人狼の価値観の枠から外れた彼らを相手にするのはなかなか至難の業に違いない。


「子供を人質にとられているのも、同様の理由からだな」


 グレイルが険しい顔をしながら唸る。確かにクロエの子供は前村長との間の子だ。普通であれば群れに残されるべき存在なのだが、彼を容赦なく殺そうとしている所からも、彼らの異端さが浮き彫りになる。

 話を聞いていたレティリエが小首を傾げる。


「でも、それだと彼らは子供にも容赦が無さそうに思えるけど……先日の戦いで子供を全員生かしておくのは意外だったわ」

「子供を傷つけるなというのはジルバの命令よ。私もわからないけど……多分、将来性があるから、じゃないかしら。例え両親がそれほど強くなくても、努力で実力をつける人もいるから」


 クロエの言葉に、レティリエはほんの少しだけ引っ掛かりを感じた。だが、違和感の正体はわからないため、今はとりあえず話を先に進めることにする。


「彼らのことはわかってきたわ。あなたは、彼に何を言われてここに来たの?」

「セヴェリオには、単純にグレイルを奪えと命令されたわ。多分、あなたと彼を分断して扱いやすくする為だと思う」


 クロエが少し申し訳なさそうにレティリエを見やる。


「ジルバには、あなたについての情報を集めるように言われたわ。彼はあなたのことを知りたがっている。本当に気を付けた方が良いのは、セヴェリオよりジルバの方かもしれない。彼はとても頭が良いの」


 レティリエの脳裏に鋭い目をした灰褐色の狼が映る。まだ憶測の域を出ないが、おぼろげに彼らの人となりがわかってきた。

 力で暴力的に支配する利己的なセヴェリオと、明晰な頭脳で彼を冷静にサポートするジルバ。この二人の連携には隙がない。


「要するにあなたは諜報と私達の戦力を削ぐ為に遣わされたのね。子供の命を条件に」


 レティリエの言葉に、クロエが涙ぐむ。


「ええ。あの戦闘の後、マーシュ……私の息子はセヴェリオに連れていかれたの。黒狼と夫婦になり、銀色の女の力の秘密を探れと……それができなければ、息子は殺す……と……」


 クロエがポロポロと涙を流しながら嗚咽する。レティリエはクロエの隣へ移動すると、彼女の背中を優しく撫でた。


「グレイル、何とかできないかしら」


 懇願するようにグレイルの方を見ると、彼が少し考える素振りを見せる。


「俺達の目的は村の奪還だ。まずは村の外に逃げているローウェンと合流しなければならない。その為には一度この群れを出る必要があるんだが……」

「でも私達がこの村から逃げてしまうと、残されたクロエさんや息子さんが殺されてしまうということね」


 グレイルが頷く。


「ああ。だから、まずはクロエの子供を取り返す」


 グレイルの言葉に、さすがのレティリエも瞠目する。


「取り返す……? まさか、彼らのところに襲撃するの?」

「ああ。荒事になるかもしれないが、俺とクロエならできると思う。クロエ、お前も協力してくれるな?」

「ええ、勿論よ」


 グレイルの言葉にクロエが涙をふき、力強く頷く。先程まで濡れていたその金色の目は光を取り戻し、子供の為に命をかける決意に満ちていた。


「レティリエ、お前には知恵を貸してほしい……頼めるか?」


 グレイルがこちらを向く。自分に信頼を寄せている目だ。彼は本心で自分を戦力として見てくれている……だが、それはレティリエが望んでいた形では無い。

 彼の言葉に、レティリエは力なく頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る