第6話 開戦

 グレイルは背中にレティリエとギークを乗せると、勢いよく地面を駆った。ドワーフ達は狼よりも体が小さく、機動力も無い為、他の者達は後からおいおい着いてきてもらうことにした。

 ドワーフ達の集落を出る頃には日はすっかり高くなり、残酷なまでにいつも通りの一日が始まっていた。


 大急ぎで先程村の様子を伺った丘へ戻り、下を覗き込むようにしてそうっと様子を探る。北の門には明け方に見たときと同じように複数の狼が睨み合っていた。レティリエ達の村は森に囲まれているが、門の前は獲物の処理などができるように幅の広いけもの道が設けられている。

 敵側の狼達は、その開けた場所に居座っていた。村から一匹も取り逃すまいとばかりに何匹かが門を囲むようにして陣を構え、その他の狼は後方で戦況を見守っている。

 今朝と状況は変わらず、両者は共に一歩も退かない様子だ。


 否、変化はあった。


 後方で待機していた敵側の狼達が、人の姿に戻り何やらごそごそと動いていた。じっと様子を伺っていると、彼らは枯れ枝を拾い、火床を組み始める。枯れ枝の上に光が灯り、パチパチと炎がはぜる音がこちらにまで聞こえてきた。

 レティリエ達が成り行きを見守っていると、やがて森の奥からガヤガヤと複数の話し声が聞こえ、血の臭いと共に数人の人狼達が姿を現した。複数で抱えるように運んでいるのは大きなイノシシだ。人狼達はイノシシをどさりと地面に下ろすと、ナイフで解体を始めた。程なくして漂ってくる香ばしい獣肉の匂い。人狼達は、焼き上がった肉に次々とかぶりついていく。だが、食事をしながらもその目は油断なく門の方を向いていた。


敵の陣地私たちの村を目の前にして、食事をしているのね?」


 レティリエが不思議そうに呟くと、グレイルが低く唸る。いつ戦闘になってもいいように、彼もずっと狼の姿のままだ。


「おそらく挑発も兼ねているんだろうな。明け方の戦闘で戦力差は見切られているはずだ。食事の隙を狙って攻撃を仕掛けられても、即座に戦闘に持ち込める自信があるんだろう。それでも強引に村の中へ入ろうとしないのは、こちらの数がわからないのもあるだろうが、一番は俺達を確実に仕留めるためだな」

「確実にって……」

「俺達が戦えるのは村の食糧が尽きるまでだ。だが、やつらには時間が無限にある。こちらの戦力を削ってから一気に攻める気なんだろう。その方が向こうも被害が少ない」


 グレイルの言葉に、レティリエは震えながら北門へ視線を向けた。彼の言う通り、敵地で余裕の態度を見せつける相手側の狼とは裏腹に、仲間の狼達は苛立っているようだった。

 前身を低くし、後身を高くあげ、隙あらばいつでも飛びかかれる構えでいるものの、前足で地面を掻いたり、低いうなり声をあげたりと、苛立ちを隠せない様子だ。無理もない。もう朝の狩りの時間はとっくに過ぎている。食糧を補充できない上に目の前で自分達の領土の獲物をとられたわけなのだから。

 村には狩に出られない子供や老人、怪我人などもいる。このままでは村に貯蔵している食糧では三日程、最低限の食事だけで済ませたとしても五日程度が限界だろう。事態は膠着しているように見えて、仲間の狼達の方が圧倒的に分が悪かった。


「グレイル、早くなんとかしないと。私達はどうやって戦えばいいの?」


 レティリエが焦りながら言うと、グレイルは隣にいるギークをチラと見た。


「ドワーフは武器を持っている。接近戦に持ち込むのが一番だろうな」

「確かに俺達は武器の扱いには慣れているが、戦闘は初めてだぞ。そもそも人狼は普通の獣より遥かに大きい上にすばしっこい。正直、まともにやりあえるかどうかすらわからん」


 グレイルの言葉に、ギークが冷静に返す。彼の言う通りだ。武器を持っているとは言え、ドワーフは小柄で機動力もない。大きな武力を持っていても、敵に当たらなければ有効ではないのだ。だが、グレイルの頭の中では、既に攻撃までの手順が組上がっているようだった。


「狼同士の争いの場合、長を仕留めればそこで勝負がつく。俺が見るに、敵はかなりの実力者揃いだ。戦闘が長引けばこちらが不利になる……ギリギリまで接近して一気に畳み掛けるしかない」

「でも、一度に大勢のドワーフ達が近づいたら、匂いでばれてしまうわよね」

「ああ。だから、相手の気をそらす必要がある」


 戦況を見ながら即座に頭の中で戦術を組み立て、グレイルはレティリエとギークに向き直った。


「まず俺が囮になる。俺が敵の陣地に真っ向から飛び込めば、やつらは一気に警戒するだろう。門の中にいる村の狼だけに意識がいっている今、俺が飛び込めば間違いなくやつらの意識は分断される。そこがチャンスだ。俺が場を撹乱させている隙にドワーフ達を率いて接近し、俺が合図をしたら一気に攻めこんでくれ」


 後半はギークに向けてだ。グレイルの言葉に、ギークが「わかった」と小さく呟く。レティリエも黙ってグレイルの話を聞いていた。


「相手の戦力を削らなくてもいい。俺達は、長を仕留めることだけに注力するんだ。その為には、まず敵の頭をハッキリさせなければいけないんだが……」


 そこまで言うと、グレイルは再度戦況に目をやった。門の内側で構える仲間の狼と、門の前で陣を構える敵側の狼、少し離れて焚き火を囲む複数の狼達──

 グレイルの目が、焚き火の側に座る一人の赤茶色の髪をした人狼に吸い寄せられる。先程から、何匹かの狼が入れ替わり立ち替わり彼の元へ行き、何かを話している。赤茶色の男が立ち上がり、右手を掲げて北門を指差すと、焚き火の近くに座っていた何人かの人狼がその身を狼の姿に変え、門の前へ駆けていった。一連のやり取りを見て、グレイルは確信した。


 ──間違いない。やつが長だ。

 

グレイルの金色の瞳がすっと細くなり、彼の姿を捉える。あの首をとれば、この村は解放される。グレイルはその姿をしっかりと目に焼き付け、心中で静かに闘志の火を燃やした。

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