第4話

「何か御用ですか?」          質屋のおじさんは大人しそうな感じの、眼鏡をかけて少し剥げかかった頭をしていた。 まだ18歳の私に丁寧に聞いた。      私は、緊張しながら、答えた。      「あの、それ…。」           その質屋の主人の座っていた所の、前にあった台にはうちの蝶額が置いてあった。   主人は不審そうな顔をした。       「あのそれ、うちのなんです。返してもらえませんか?」              私は恐いのを我慢しながら聞いた。    「エッ?」               「それを持って来たのは、私の従兄弟なんです。駄目って言ってるのに、無理矢理に持って来たんです!それは私の母の物です。従兄弟が盗んで、持って来たんです。だから、返してもらえませんか?!」        その主人は黙っていたが、とても驚いていた。                  「お願いします。返して下さい。」    「駄目だな。」              主人はやっと口を開いた。        「どうして?!」            「その話が本当かどうか分からないし、証拠も無いんだから。それにもう、お金を渡しているんだからね。」           私は泣きそうになった。目に涙が浮かんで来たが、必死でこらえた。         「でも本当なんです!!嘘じゃないです!母が、ブラジルで買って来た物なんです。私と一緒に行った時に、あっちで沢山買って来たんです。だからまだうちにはあります!同じ様なのがあるんです。だから、本当なんです!!」                「本当だとしても、じゃあお金はどうするの?お金をもう渡してるんだよ。なのにこれを返したら、うちが損をするじゃないか?」「じゃあお金を返したら良いんですよね。」「良いよ、だけど本人が持ってくればね。」私は又泣きそうになった。        私自身、3万円も無かった。(本人でなくても同じ金額を渡せば返してくれると、その時は思ったからだ。)             私は当時、小遣いを殆ど貰ってなかった。必要な物は言えば買ってくれるし、大概は母が、自分で勝手に買って来た。だから殆ど、小遣いなんて無かったし平気だったのだ。 高校は家から歩いて通っていたし、だからおやつも家に帰ればあった。だから、財布の中にお金が数千円もあれば、それはいつまでもずっとあったのだ。           そして、高校には殆ど友達がおらず、又いなくても平気な人間だったから、お金を使うという事がまずなかったのだ。       私は、当時の日本では道を歩く度によくジロジロだとかジーッと見られていたから、服装も目立たない様に、いつもシンプルで目立たない格好をしていた。Tシャツやシャツで、寒くなればトレーナーやセーターを着たりして、下はいつもジーパンだった。たまにカラージーンズもあったが、基本目立たない様に心掛けていた。             中学位からはずっとそんな格好だったし、元々そんなにオシャレでもなかったから、服が欲しいとかは余り無かったのだ。少なくとも日本にいる間はそうだった。      音楽も、中学の時にはレコードを買ったりしていたが、高校の時にはラジオで洋楽を聞いたり、テープにたまに摂ったりしていて、余り買う事をしなかった。         化粧品も、顔が風呂上がりに乾燥するからと母に言ってからは、乳液と化粧水を買ってくれて、普段はそれしか使ったことがなかったし、無くなればそれ位は自分で買った位だが、後は、母から貰ったオレンジ色とピンクの口紅ニ本位しか無かった。       だから、本当にお金を使わない娘だった。 貯金も、自分の通帳があったし、小さな時からお年玉を貯めていて、小学校一年生でも数万円はあった。             だがある時から、祖母が私の通帳を預かり、自分が管理してやるとしつこく言われた。 そしてお年玉を貰う度に、自分が銀行に預けると言いだし、一緒には行かなくなった。 だから何年もずっと渡していた。だからある時、もう10万円は軽く超えていると思い、見たいから通帳を返してくれと頼んだ。  その前にも何度か聞いたが、そんな物は滅多に見ない方が良いし、もっと何年も後になってから見た方が、もっと沢山貯まっているから楽しいからと言われて、絶対に見せてくれなかった。               だが毎度こうだし、この時は流石におかしいと思い、もうずっと見ていないから渡してくれとしつこくせがんだ。祖母は、チェッと舌打ちをすると仕方無く出して渡した。   私は急いで中を見た。そして驚愕した。お金は、何も貯まっておらず、確か数百円位しか入っていなかったのだ!!        祖母は貯めてあったお金と、私が、貯めてくれるからと言われて渡していたお年玉や、まだ小学校の時や中学の時には、従兄弟達が貰っているからと私にも一応は毎月くれていた小遣いの使わなかった分だとかで渡していたお金を、全て自分の通帳に溜め込んでいたのだ。                  私がどんなに頭に来た事か!!だから責めると、そんなのは預けた自分が悪いのだろうと馬鹿にして笑った。           そんな女だからか、このババァは最後には干からびた、丸で煮干しの様な薄汚いゴミの様になり、体や頭がいつも痛くて、目も段々と見えなくなり、年中只ベッドの上に寝転がっている生き物と化した。         最後の何年かは目も丸で見えなかった様だ。そうしてクモ膜下出血で倒れて、数週間後には病院で息を引き取った。88歳だった。 話は元に戻るが、だから私は自分にはもうそんなお金も無かったから、自分で買い戻す事もできないので、仕方が無いから渋々諦めた。だからこう言った。           「それなら、もし又来ても、どうかお願いですから、もう二度と蝶額を買わないで下さい!!お金を出さないで下さい?!だって、それは全部うちから、母の物を黙って勝手に持って来て売ってるんです!!うちの物を盗んだ物なんです!!だからお願いですら‼、もう絶対にお金を渡さないで下さい。」   私は涙目で、必死に真剣に頼み込んだ。質屋の主は私の顔を又ジーッと見つめてから答えた。                  「考えておくよ。」           「考える?」              「そう、考えておくよ。」        「考える、じゃなくてお願いします。買わないで下さい!!」            「だから考えると言っただろう?!」   親父がイライラしながら怒鳴った。    私は黙ってオヤジを睨んだ。       「さぁ、もういい加減にしてくれ!もう帰れ。いつまでもそんな所に立ってるんじゃないよ。迷惑だから、出てってくれ。」 私はもう一度、質屋のオヤジの顔を、懇願する様に見つめた。               「早く出て行け!もう話は聞いたんだから、出て行け!!」             オヤジは大声で怒鳴った。そして苦虫を噛み潰した様な顔で私を見ていた。      私は最後にジッと相手の顔を見つめると、そのままクルリと振り向くと外に出た。   家に戻ると祖母がいた。         「ねー、あんた何処に行っていたの?駄目じゃないの、留守番してないと。裕を知らない?さっきせっかくお刺身を買って来たらさ、食べたいなんて言うから。なのにいないんだよ!」               「もう帰ったんでしょ。」        「な〜によ、わざわざお刺身を買ってきたのに。でなきゃうちにある物で良かったのに。頭に来るね〜!!」           私は母に後から裕がした事を伝えた。だが母は信じなかった。祖母もだ。       「あんた、何言ってんの?!自分の従兄弟を泥棒扱いしてるの?!」         「そうだよ、何を言うかと思ったら?!あんた、最低だよ?そんな嘘をつくのは。大体何でそんな事をしなきゃいけないのよ?」 「お金が欲しいからだよ。」         「あのねー、そんな事しなくてもそれ位のお金なんてあるんだよ。」          母が言うと、祖母も続けた。       「そんな作り話をして、本当に馬鹿なんだね〜、この子は。」           「じゃあ確かめて見てみてよ。あの箱の中を。」                 「嫌だよ!そんな馬鹿馬鹿しい話なんか信じて、わざわざ開けて見るのなんて。」    母が馬鹿にした様に笑いながら言った。  何という馬鹿な女達だ…。自分の家族でもそう思う。                こんな母だから、その次にも又来て、又祖母に何かを買いに行かせて蝶額を一つ持ち去った。私の前を、平気でそれを当たり前に抱えて、私の顔を薄ら笑いを浮かべて見ながら、得意そうに嬉々として出て行った。    私はもう諦めて黙っていた。母の事も、もう勝手にしろという思いだった。だが母が戻って来た時には、やはり一応は駄目元で、その事を教えた。              裕はその日は戻って来たから、母は何処かへ行っていたのかと聞いた。        裕は適当に嘘を付いた。祖母の料理を沢山食べたいから、近所を散歩しながら本屋を覗いて、お腹を空かせて来ただとかを言った。 母は、私から蝶額を質屋に持って行っていると聞いたが本当なのかと聞いた。裕はそんな事をしていないと言い、何故そんな事をしないといけないのかと逆に聞いた。そうして私を憎憎しく睨み付けた。         母は、じゃあその茶箱を開けて中を見るからと言った。流石に二度も私がそんな事を言うので、少しは疑ったのだ。        裕は大慌てをした。お願いだから止めてくれと頼んだ。母はその茶箱を押し入れから出して開けようとしたが、裕はこう言った。 「叔母さん、どうしてもそれを開けるんなら、俺にも考えがあるよ?」          「何よ、あんた脅す気?!自分の叔母さんを?!」                「だっていい、叔母さん?そんなのを開けても中身はちゃんとにあるよ?なのに叔母さん、俺を疑ってるの?!この俺の事を??」「じゃあ何もしてないんなら良いじゃないの?なんで開けちゃいけないのよ?」   「それを開けるって事は俺を疑ってるって事でしょ?だったら、そんなのは俺に対して物凄い侮辱だからねー。そんな事を俺は許せないからねー。」              母も段々と怒ってきた。         「良いじゃないの、開けたって。何もしてないんなら。」              「嫌だね!開けるって事はもう俺を信用してないって事なんだから。俺を信じてたら開けないんだからね。」           「私が自分の物をどうするか自由でしょう?あんたがつべこべ言うんなら、開けられたら困るからじゃないの?じゃなきゃ何でそんなに嫌がるのよ、おかしいじゃないの?!」 こうした内容がいつまでも繰り返されながら、母が私に言った。          「リナちゃん、あんた早くその蓋を取って。開けて中を見せな!」          「そんな事をしたら殴るからな!こいつも叔母さんも、その蓋を取ったら俺も本気で許さないからな。いい、叔母さん?俺にそんな事させないでよ?!」           「殴る?私達を殴るっての?自分の物を開けて見たら殴るの?そんな事したら、警察を呼ぶからね。いいね?!」         「ね〜、叔母さん。お願いだよ〜。頼むから信じて、それ開けないでよ〜。でないと俺のメンツはどうなるんだよ〜?!」     裕はそんな事を何度も鳴き声で繰り返した。物凄く哀れっぽい態度で。        母はとてもお人好しで、祖母や自分の姉妹や、その配偶者や子供には大変に親身になったりド親切だった。           私の父親の事は、捨てられてその子供を押し付けられたと思い、私には優しい時と意地悪な面とがあり、基本わだかまりがあった。だから私には誰よりも厳しかったし、そうした男の血が入っているからと、信用しない面があった。                だから結局こう言った。         「分かったわよ、もう良いわよ。開けないわよ。」                 「良かった、叔母さん!!ありがとう。俺を信じてくれたんだね?」         裕はたちどころに喜んで機嫌が良くなった。「そうだ!肩を揉んであげるよ。叔母さん、いつも会社で働いてるんだから、肩凝るでしょう?」                そうしつこく言って、母の肩を揉み始めた。そうこうしている内に祖母が戻り、夕飯となった。                 裕は母や祖母と談笑しながら夕御飯を食べると嬉しそうに帰って行った。       ちなみにこの男は私が家にいても、一言も口をきかず、私が丸でいない様に振る舞った。何か私が言っても無視した。だから普段は私も口をきかなかった。          こうして又もやられて、私はもどかしかった。だが、私にはどうする事もできなかった…。                 だがついに母は、裕が蝶額を盗んで持ち運ぼうとしている現場を目撃する事になるのだ!!                  続. 

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