第9話
その部屋は2階ではなくて、3階か4階だったかもしれない。階段を登った覚えがする。 その長っぽそい、割と大きな部屋には長い机が幾つかあった。前にはホワイトボードがあった。 多分ここが捜査会議をしたるする部屋なのかもしれない? 大体こんな感じだったと記憶している。 私はこの部屋に入ると、一番後ろで、ドアに近いその長いテーブルの席につかされた。 「用意できてるか?」 「はい。ここにあります。」 巡査が太い束の紙を持って私の前に置いた。私は面食らった。その書類にはびっしりと細かい字で色々と印刷してあり、その中のある箇所を指して、私にその線の上に署名をする様にと言った。 オジサンもニコニコしながらしてくれと頼んだ。 私は恐くなった。どうしよう?!幾ら裕が母の蝶額を沢山質屋に流したからといって、何かとんでもない事に介入したのではないのか?警察だから、悪い事をしている訳じゃないし、かと言ってその分厚い書類を読みもしないでサインなんかして大丈夫なのか?! だからと言ってそれをそこで読むなんてできないし、させてくれないだろう。何せオジサンもその眼鏡の若い巡査も、私に早くサインさせたいのだから。特にオジサンが。 だから私はどうしようと思い、此処から去ったほうが良いと決断した。だから立ち上がりながら言った。 「あの…、私やっぱり帰ります。」 巡査がすぐに私を制して又座らせた。強引では無かったが、私が行かない様に何かを言いながら。 「大丈夫だから、平気だから。」、みたいな事を言った気がする。 それで私はそこに座らされて、その部屋から出られなくなった。 どうしよう?!本当に恐くなった。書類の、言われた所に署名しない限り出られない。「恐い。」 思わずそう言った。 「恐い、ママ?!」 母はいないがそう自然と言葉が出た。そして目から涙が出て来た。 巡査が驚いてオジサンの顔を見た。オジサンは黙って私を観察している。 私はもう我慢ができなくて、ボロボロと涙を流して泣き始めた。 巡査は呆気に取られた様に私を見ていたが、オジサンは冷静だ。離れて立っていたが、 黙って後ろの壁に寄りかかり、腕組みをしながら私をジッと観察していた。 すると巡査の顔が同情的になった。そして ポケットからハンカチを出すと、私に差し出した。 私がハンカチと巡査の顔を交互に見る。 「これ、使って。」 「いいの?」 泣きながら答える。 「いいよ、今度返してくれたら良いから。」「今度?」 「うん。今度返せば良いから、使って。」 「ありがとう。」 私はその赤くて、黒い縞の入ったハンカチを受け取ると目に当てた。この時にはオジサンも私を哀れそうに見ていた。 私は、我慢しようとしても涙が止めどもなく出て来て、だからうつむいて、泣き顔を見せない様にハンカチを交互の目に当てて涙を拭きながら、そこでしばらく泣いていた。 二人は私が泣き止むまでじっと黙って立っていた。 やっと泣き止んだ。顔を上げた。すると巡査が優しく、私に署名はできるかと聞いた。私は困って黙っていた。 すると巡査は物凄く優しい声で一生懸命に話しかけた。そして座っている私の目の前にしゃがみこみ、忍耐強く説得した。 「リナちゃんがやろうとしている事は、何も悪い事じゃないし、当たり前なんだよ?だって、お母さんの大切な物を盗んで売ったりして、だから従兄弟のほうがうんと悪いんだからね?」 「リナちゃんだって、お母さんの大切な物を取り返したいでしょう?だから来たんだものね。だったら、署名さえすれば、それができるんだよ?」、 「お母さんだって、戻って来ればうんと嬉しいに決まってるんだから。」 彼は大変に優しい目と声をして、忍耐強く いつまでも私に語りかけた。途中、私の片手を両手でしっかりと握りしめながら。 すると不安が段々と薄らいできた。気持が 大きくなり、自信が湧いた。 「本当?」 「うん、本当だよ!」 彼はやっと私が前向きな反応をしたのを喜びながら、又続けた。 「分かった!!じゃあ、する!」 「本当?!してくれる?」 「うん、いいよ!私、署名する。」 巡査が、その署名する箇所を示す為に立ち上がろうとした。 彼のその余りに優しい対応やその目付きに、私は思い切って口を開いた。 「あ、あの…。」 巡査が不思議そうに私を見つめる。 「名前、何て言うの?」 彼は一瞬驚いた表情をした。だかすぐに顔がパッと明るくなり、嬉しそうな表情で、口を開いて言おうとした。 するとオジサンが「エヘン!!」と大きな咳払いをした。言わせないし、言っても聞こえない様にだ。 それで私は思い切って小声で聞いてみた。「あの、遊園地行くの、駄目?」 巡査がエッ?、と言う顔をする。 「一緒に。」 彼は私を無言で見つめる。私の言葉を吟味している様だ。 アッ!!そうか。私はハッとした。 「ごめんなさい。」 急いで謝って顔を背けた。 嫌なんだ、私なんかと行くのは。私が混血だから、優しくはしてくれてるけど、彼もそうした人達と同じなのだ…。 恥ずかしい、そんな事も分からなくて。どうしよう、許してくれるかな?!そう思っていると、返事をされた。 「良いよ、行くよ。」 彼の目が微笑んでいる。 「本当?!」 私は嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。 産まれて初めて男の子を誘った。産まれて初めてのデートがしたくて!!(私よりも少し年上だから、男の人かな?) オジサンには聞こえないが、何かを話しているのは分かっている。だから、いつまでも何だろう?、と思っている風だ。 巡査は立ち上がると、その書類の、私が署名する箇所を丁寧に指し示した。私はスラスラと自分の名前を書いた。 「出来た!!」 「じゃあもう一箇所もあるから。ここにも して?」 「ここ?」 「うん、そう!」 私は言われた所に又名前を記入した。私達は仲良くこの作業をした。 終わると巡査は私の髪を二度、撫でた。驚いたが、嬉しかった。 オジサンは、そうした事を見てイライラしながら恐い顔をしていた。 巡査がその書類をオジサンに持って行き、 オジサンが確認する。 巡査は戻って来て、私の手を握った。オジサンからは見えないから、私も握り返した。 続.
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