第8話

警察署に着くと、刑事は私を案内した。そして2階にある食堂へと連れて行った。若い巡査には先に行って、用意をして待っている様にと言って。              私はいきなり食堂に連れて行かれたから驚いて、入り口の所で立ち止まったが、刑事は私に付いて来る様にと促すので、仕方がないから嫌だけど後ろを着いて行った。     そうして食堂の一番奥には長いカウンターがあり、中には食堂のオバサンが一人いた。 刑事のオジサンはラーメンを一つ注文した。そして私に、餃子も付けるかと何度も聞いて、断っても注文しようとした。     私は大慌てで断った!!口がニンニクで臭くなるからと、そういう理由にして断り、何とか餃子のほうはパスできた。本当はそんな事を気になどしていなかったのだが。    実は、私にはこれは非常に苦しい、究極の試練だったのだ。             私には産まれた時から父親がいない。だから、同じテーブルで男性と食事をした事が無かった。完全に無い訳ではなく、親戚が集まって皆で食事をした事はある。伯父や叔父だ。だが、そこには母や祖母、伯母、叔母、そして従兄弟達がいた。全員ではなくても必ず誰がそうした人間が二人以上いたし、伯父や叔父がすぐ隣や目の前に座る事は無かった。そしていても、必ず自分達大人通しで話をしていたから、私を見たりなどは無かったのだ。                 だがその日は違う!!生まれて初めて、男と一緒のテーブルに着いて、食事をしなければいけない。しかも他人で、まだ一度しか会っていない男とだ。しかもその相手は、何も食べないのだから!!           それでなくても私が食堂に入ると、時間的には2時過ぎ位だったと思うが、何人もの若い巡査達や背広を着た若いのや中年の男達が各自一人ずつでテーブルに座って食事をしていたのだ。                そして私がオジサンに着いて行くと私の顔を見た。全員が私の事を驚いて見入った。近くでも、遠くからでもだ!!        私が、若い女の子が入って来たのにもそうだが、私の顔が白人の顔で、当時私はリカちゃん人形だとかああした類の、子供用の玩具の人形みたいな顔をしていた。だから目立ったのだ。                 食堂以外でも私を見た全ての警察官、若いのもそうでないのも、男も女も、全員が私の顔に釘付けになり、ジーッと見つめたり、パッと見て目をそむけても又何度も見たり、すれ違いながら振り返ったりと、もう本当に凄かった。これが警察署に入ってから出て来るまでずっと続いたのだ。          そして私はこの時、まだ男とは一度も付き合った事が無かった。そして正直高校の3年間で、高校生の男の子と口をきいた事が一度も無い。女子校で非常に厳しい学校だったし、歩いて通っていたのも原因していたかもしれない。                 だから私にとっての、このラーメンを警察署の食堂で、刑事のオジサンが近くにいて、ましてや周りには男達がいて、それを食べると言うのは最高にハードルが高かった。   だが、ラーメンは出来上がってしまい、オジサンはそれと水の入ったコップを乗せたトレーを持つと、又私の前を歩き、入り口に近い席に連れて行って、座る様に言った。   私は恐る恐る座った。オジサンはトレーを私の前に置くと、食べる様に言った。    駄目、無理!!!!絶対にできない。恥ずかしくて食べられない。もう既に周りの、近くの若い巡査達が又私を見ていた。見ながら食事をしていた。             彼等は殆ど、いや全員が定食を食べていた。確かランチのセットが2種類あって、サンプルが置いてあった気がする。AランチとBランチだとか、そんな風だったと思う。   で、彼等が食べていたのは白い丼か、丼の様な大きなプラスチックの茶碗に御飯が盛ってあり、黒い器に入った味噌汁、平べったい皿にはメインのおかずと野菜が盛ってあり、漬物が入った小さなお皿。味噌汁の器以外は皆白かったと思う。違うかもしれないが、そんな風だった気がする。          私のラーメンは、ラーメン屋にある様な赤い器で、中身も味もラーメン屋のラーメンと変わりなかったと思う。          乗っていたのは、煮卵とメンマ、海苔が一枚さしてあり、ナルトが一枚と、チャーシューが何枚か。多分2枚位だ。(余り沢山乗っていたらチャーシュー麺になるから、乗っていなかった。)                オジサンは私の斜め前に座って、又私に食べる様に勧める。私は仕方ないから言った。「私、これ食べられない。」        オジサンが嫌な顔をする。何でだ?、という風に。こんな物食べられない、と言うのか?そんな風に思った様だ。         私は慌てて言った。           「私、食べられないの!男の人と一緒だと、御飯食べられないの。」          オジサンは何を言ってるんだ?、と言う顔をして私を見つめる。           「男の人がいると、恥ずかしくて食べれないの。見てるとできないの。」        やっ何とか説明した。          オジサンは驚いた様だが、直ぐに真横を向いた。体を横にして前を見る。       私はそれでやっと割り箸を割ると、先ずは レンゲでスープを一口飲んでからラーメンを食べ始めた。              他の警察官達は違うテーブルだ。そこまで近くにはいないから、なるべく気にしない様にしながら、頑張ってラーメンを食べ始めた。お腹は空いていなかったが、ラーメンの一杯位なら食べられた。           食べていると段々とラーメンの味を楽しめる位の余裕が出てきた。だがズルズルとすすらずに、音を立てない様に注意をしながら丁寧に少しずつ箸で麺を掴むと口に運んだ。  煮卵に関しては、そのままつまんだら重さでボコッと器の中に落ちてスープがはねた!!焦って周りを見回しながら、オジサンが見ていないかを確認した。大丈夫だ、見ていなかった。本当は気付いていたかもだが見ないふりをしていたのかもだ。         それから半分位食べ終わると、何気なくオジサンを見てみた。すると顔が合った!!  しまった、見られていたのだ!!いつ位前からかは分からないが、私をジッと見ていた。私は口にラーメンを入れたばかりだったがパッと食べるのを止めた。自然と食べられなくなったのだ。              だから麺が半分位閉じた口から出ていた。だがそのまま狼狽しながらオジサンの顔を見つめると、オジサンは又横を向いてくれた。 私は何度もチラチラとオジサンを見て、又見つめられていないかをしっかりとチェックした。そしてもう大丈夫だと判断してから又食べ始めた。               そしてスープも悪いからと全部飲み干した。レンゲですくいとれなくなると,思い切って器を両手で持って口に流し込んだ。    オジサンはまだ横を向いている。私は少し待ったが、食べ終わったのを気付いていないので声をかけた。             「あの、ご馳走様でした。」        オジサンが私を見る。私は又繰り返した。「ご馳走様でした。美味しかったです。」  オジサンが器の中を見る。満足そうだ。そして私は促されて出て行った。       そうそう、食べている時に邪魔が一回入った。奥のテーブルで食べていたらしいその若い巡査が私達の側に来たのだ。彼は食べ終えて出て行く時に、オジサンに声をかけた。 「○○さん、珍しいですねー。○○さんがラーメンをおごるなんて!」        「うるせーな。さっさと行けよ。」    「何なんですか、その子?日本語、話せるんですか?」               「話せるよ。」              私をジロジロ見ていて、行かない。    「ねー、何なんですか、それ?何処で拾って来たんですか?何したんですか?」    「うるせーな。拾って来たんじゃねーよ。お前に関係ないだろ?」          私は嫌だと思いながら又食べずにいた。こんなのが来て見ているんじゃあ、食べられない!!                 オジサンが私に言った。         「リナちゃん、気にしないで良いからね。」「リナちゃんって言うんですか?!」   「うるせーな。お前、早くあっち行けよー。」                 「そんな、良いじゃないですか〜。」    オジサンは黙っている。するといきなり私に怒鳴った。               「おい、お前。悪い事するんじゃねーそ?!」                ガーン!!やっぱりだ。やっぱり私はそんな風に思われるんだ…。何もしていないのに。幾ら警察の食堂でも、只普通に食事をしているだけなのに、やっぱり私がハーフだからなんだ…。                そう思って物凄く悲しくなり、落ち込んだ。そうして下を向いた。          すると又この男が怒鳴った。       「おい、無視してんじゃねーぞ?!こっちを向け!!」               私は嫌だし恐いしで、助けを求めてオジサンの顔を見た。だがオジサンは黙っている。黙って私の顔を見ているだけだ。      又この男が私に怒鳴る。         「おい、お前!こっちを向けよ!!無視してんじゃねーぞー!!」          イライラして来た。この男は又同じ様に繰り返している。私は立ち上がって、ウワァ!!と、大声を出そうと思った。もういい加減、限界だ!!何もしていないのに、何故こんな扱いをされなきゃならない?!      そして本当にそうしようとした瞬間、オジサンが物凄く大声で怒鳴り付けた。     「てめぇ、いい加減にしろ、このやろう!!何をリナちゃんにやってんだ?!リナちゃんに謝れ!!今直ぐ謝れ!!」       物凄い罵声だ。私は驚いて固まり、オジサンに目が釘付けになった。         この若い男もそうだ。凄く驚いて、オジサンに言った。               「○○さん、どうしちゃったんですか?」「何がどうしただ?!そんな失礼な態度をして!さっさとリナちゃんに謝るんだ!!」「だって、高校生でしょ?」       「高校生なら謝らねーってのか?!早く謝れ!!」                 「…分かりました。」           私は若い男を見た。男が私に言った。   「ごめんね。」              一言、軽くそう言った。         私はカーッとして横を向いた。何なの、その謝り方は?!              オジサンは私が怒っているのを見ていた。「おい、何だお前、その謝り方は?!もっとちゃんとに謝らないか?!ちゃんとにもっと丁寧に謝れ!!」            「だって、まだ高校生ですよね?!」   「だったら何だ?早くもっときちんと謝らねーか?!」               若い男は中々謝らない。いつまでも、私が高校生だからと、まだ子供相手にそんなに丁寧に謝らなくても構わないと言い張った。  周りは皆この様子を見ている。さっきの食堂の中のオバサンまでが、余りのオジサンの大きな怒声に驚いて奥から出て来て様子を見ていた。                 食事を終えた警官達もまだ席に着いて様子を見ていたり、出て行く時に様子を見ながらだとか、立ち止まり、私の顔をジッと見つめたりして出て行った。           「てめぇ、俺の言う事が聞けねーのか?!」オジサンが立ち上がって詰め寄った。  「○○さん、俺と○○さんの中じゃないですか〜?」                「知らねーなー。何だ、俺とお前が何だってんだ?」」               「そんな事を言わないで下さいよ〜。」  「どうしても謝らねーんなら俺にも考えがあるぞ。お前の昇給試験は、受けさせねーように頼むからな。素行がすげー悪いからって言って。」                 男の顔が引きつった。          ああだこうだと、確かこんな感じだった。 そしてついにこの男は、皆、他の巡査達や私服の警察官や食堂のオバサンがいる所で私に謝る事になる。             私の側に来て、小さな声でこう言った。  「リナちゃん、本当に申し訳ありませんでした。」                  そうきちんと言って頭を下げた。オジサンはもう一度、もっと大きな声で言えといった。それで又、今度はもっと大きな声で言って頭を下げた。               「リナちゃん、これで良いか?許してやってくれるか?」              私はうなずいた。            私はもう満足だった。彼がついにきちんと謝ったのだから。             だがこの男は顔が屈辱で赤くなっていた。 そしてオジサンに頭に来て、そのまま行こうとしたので、オジサンに無理やりに、自分が立ってから又座った同じ席の隣に座らせると話し出した。              「良いか、○○?お前、俺を恨むんじゃねーぞ?お前が悪いんだからな。お前が、何にも関係無いのに来て、いきなり訳も分からずにリナちゃんに怒鳴ったんだからな。だったら、高校生だからってちゃんとに謝らないなんて事があるかよ。あんな謝り方をしてよー!そんな事をしてりゃあその高校生は警察なんて大嫌いになってよ。大人になっても、今度は何かあっても警察には協力してくれなくなるんだよ。良いな、分かったな?」  男は悔しそうにして、返事をしない。   「まだ分からないのか?じゃあ俺を恨んでも、俺と一緒の時にはその気持を、仕事では出すんじゃねーぞ。絶対にだ。良いな?俺達の仕事はな、一寸でも気を抜けばそれがとんでもない事になるんだ。命取りになるんだぞ。そうした仕事なんだからな。」    「…。」                「そうか?まだ駄目なのか?○○、俺はお前の事が好きだ。お前を買っている。お前は頭も良いし、有能だ。仕事も、俺はお前とやるとやり安い。だから、俺はお前にはまともな警察官になって欲しいんだよ!お前ならなれるんだよ!お前なら頑張れば偉くだってなれるだろうし、そうした器なんだよ。だからあんな事をすれば、本気で注意もするんだ。お前がやった事はな、リナちゃんをどんなに苦しめて気分を悪くさせたかしれないんだよ。良いか、リナちゃんは何もしてないんだ。 何も悪くないんだよ。何故此処にいるのかはな、リナちゃんのお母さんが大切にしていた物を色々と、従兄弟が勝手に持ち出して売ってたんだよ。だから、お母さんがそれが分かったから警察を呼んだんだ。だけど そいつやその親に泣きつかれたんで、お母さんも仕方無いから諦めてよ。だから、リナちゃんに聞いたら被害届を出してくれるって言うから、それで連れて来たんだよ。」      周りの巡査達が、あぁだから!、と言う顔になった。皆、私を好意的な感じで見ていたり、オジサンの言う言葉に真剣に聞き入ったりしている。              この若い男も、やっと顔が明るくなった。 オジサンの気持は伝わったのだ。するとオジサンも嬉しそうに言った。        「良かったよ、○○、分かってくれて。よし、お前はもう行け。」          彼は立ち上がったがまだ行かずに、ニヤニヤしながら私の側に立っていた。      「おい、もう行けよ。」          だが彼は行かない。           「何だよ?何で行かないんだよ?」    「いや、リナちゃんが、どんな声してるのかなぁー、と思って。」           そう言ってニヤニヤしている。      「チェッ、何だよ!」          オジサンが私に言った。         「リナちゃん、一寸このおまわりさんに声を聞かせてあげてくれる?このおまわりさん、馬鹿だからね、リナちゃんの声を聞かないとあっちに行けないって言ってるから。」   私が戸惑っていると、オジサンが又言った。「じゃあ、許すって言ってあげてくれる?」この巡査が期待しながら私を見守る。   「…許す。」              「おい、もう良いだろう?さっさと行けよ!」                 オジサンが面倒臭そうに言うと、巡査はニコニコしながらやっと去った。こうして先ずは私の"食堂での怒鳴られ事件"は無事に解決した。                  そして私はオジサンと共に、もう一人の、あの巡査が待つ部屋へと連れて行かれた。  この巡査は長く待たされていたから、やっと来たかと言う風に喜びの顔になって私達を迎えた。                 ちなみにオジサンは私と手を繋ぎながら歩きき出したので、それに関しても周りの警察官達が驚いて見た。            オジサンは流石に一寸目立ち過ぎるその移動方式に、途中からは丸で犯人にする様に、肩をしっかりとつかみ、体をくっつけて私と歩いた。たまにニュースや警察ドラマなんかで見る光景だと思うが、あれだ。      ついでだが、警察ドラマでの好きなキャラクターは芹沢刑事かな?彼は刑事だが、下の名前も、字は分からないが、やはりけいじと言うらしい…。              そしてさっき話した、私に謝った巡査は、顔は悪くなかった。だが私はこの巡査よりも、オジサンと一緒に来た巡査が良い。    顔は普通だが、この後に、私は彼に非常に 心を打たれたからだ。          続.

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