第22話

オジサンの話はそろそろこれ位で終わりにしよう。あのろくでなしの裕の家族に付いて触れよう。                裕の両親の康男は喉頭癌になり、喉が痛くなり、とても苦しんでいたらしい。そうして、結果死んだ。              この男も息子同様に、酒にはめちゃくちゃ だらしがなかった様だ。大して強くもないのにウイスキーばかりを年中飲んでいて、ロックで飲んでいたから、喉をやられたのだ。 裕の妹が生まれる前には私の事も可愛がっていたが、この妹が産まれると、猫っ可愛がりになり、物凄く甘やかした。       そしてそれは私にも色々と悪影響を及ぼした。                  一人っ子の私はこの娘を可愛がっていた。四つ下だから、丸で妹がいるみたいに。だが、甘やかされた子供と言うのは一生、その後遺症が出るみたいだ。その事は後で触れたい。康男は、うちに家族でよく来ては食事をしていった。だからたまには何かお菓子を、お菓子屋で買って来たりもした。だが、こんな事もしたりしたのだ。           アイスクリームを各自一人分買ってきて、 それを私達全員に配る。それぞれ違う種類や大きさだが、それを自分が好きに配る。  そして自分の娘には一番小さなアイスクリームだ。当時確かそれは10円で、一番安かった。                  確か当時は大体30円のアイスが普通サイズだし、種類が多かった。中には50円や100円のもあったが種類が少なかった。     それで、康夫は殆どが30円のアイスを買って来た。そして皆に配り始めた。すると、一番小さなやつが2つあり、私は嫌な予感がしたが、それを私の前に置いた。そしてもう1つを自分の娘に与えた。          私は驚いて嫌な顔をしたが、母も祖母も驚いた。私は母に、小さすぎて足りないから嫌だと言うと、母も頭にきて、康男に講義した。「一寸ヤッサン、何よこれ?何でこんな小さなのをうちの子にくれるの?!」     康男が困った様に返事をした。      「いや、恭子は自分とフーちゃんのが同じじゃないと嫌だって言うから。」      (フーちゃんとは私の元の名前、フランシスの仇名だ。1歳の時に母が日本名に改名した。親戚達は幾ら日本名で呼べと言っても、頑なにこの名前を呼び続けた。)     「だからって酷いじゃないの?こんな小さなやつじゃあ。」             「だって、恭子がどうしてもそうじゃなきゃ嫌だって言うからさ。」         「だからってそんな子供の言う事をいちいち聞くのー?!」             「ヤッサン、あんた、うちのフーちゃんは 恭子よりも4つも年が上なんだよ?!なのにあんまりじゃないの?!あんた、この子は 8歳なんだよ!何で4つの子供と同じじゃ ないといけないの?おかしいでしょう?!」祖母も言った。             康男は困って黙っている。        「何もいいじゃないの、そんな物?!」  康男の妻で、伯母の雅子が凄い声を出した。「良くないわよ!!」          私は悲しそうにその一番小さくて量が少ないアイスクリームを見つめた。       「何言ってるの?!じゃあ食べなくたって 良いんだよ?せっかく買って来てもらったのに、何を生意気な事を言ってるの?!」  又雅子が悔しそうに言った。       「だったらちゃんとした物を買いなさいよ?!ちゃんとにこっちが喜ぶ物を!!」 「そんな物良いじゃないの、それで!!」 雅子が怒鳴った。基本、自分の家族、自分の子供以外は全て何でも良いのだ。いつも必ずそう言う事を私の家では言っていた、物凄く勝手な女だった。            「もういいよ!あんた、ママのと取り替えてやるから良いよね。」           母は私のと自分のを取り替えようとした。「あ〜!!」              恭子が嫌がって大声を出した。      「駄目だよ?!勝手な事をするんじゃないよ?!」                雅子が又叫んだ。            「あら、どうして駄目なの?もうくれたんでしょう?なら私達の物をどうしたって良いじゃない?自由じゃないの?」       母がそう言いながら私のと取り替えようと すると恭子は又凄い声を出して喚き、雅子も大騒ぎをして止める。          余りのうるささに母が言った。      「じゃああんた、ママと一緒に買いに行こう!もっと大きな、普通のサイズのを、行って買ってやるから。」          「ほらね、ヤッサン?こんな事になるんだよ。あんたが普通のを買わないで変な事をするから。」                祖母も康男に言った。          康男は嫌そうに黙っている。       「行くんじゃないよ?!行かせないよ!!」雅子が般若の様な顔で怒鳴る。      「何が行かせないのよ?!私がどこに行こうが私の勝手でしょ?自分の子供にちゃんと したのを食べさせてやるだけだよ。こんな 赤ん坊用みたいな、小さなアイスじゃなくて!」                 この間、裕はバクバクと、50円の、大きめなのをがっついて食べていた。      母は財布を持って来て、私を連れて行こうとした。だが又雅子の気狂いじみた、異常な抗議にあった。              それで余りのしつこい大騒ぎに、母は諦めてしまった。               母の性格は、好きな事や自分が信じた事には必死で突き進むのだか、大概は自分や祖母の事で、そうでないと直ぐに諦める性格だった。そしてそれは私の事でもそうだった。 それで、仕方無く諦めてしまった。私には、後でちゃんとしたのを買ってやるからと言って、今はそのうんと小さな、食べ足りない やつを仕方ないから我慢して食べろと言って。(結局は買ってもらえなかったが。母はその場しのぎの嘘が得意だし、又そうした嘘をつくのに何の抵抗も無く、嘘をついているという自覚も無かった。)         雅子は自分達のメンツが守れたと、大喜びをした。この女はいつでも必ずこんな調子だった。                  康男は又ある時、皆で外出をした時に、私と恭子が一緒に前を歩いていた。途中私が走ると恭子も走って追いかけて来た。少し走っ てから止まり、だから私達二人きりになった。                  恭子とそこに立ちながら皆が来るのを待っていると、いきなり康男だけがハァハァ言いながら追いかけて来て止まった。      すると私に物凄く怖い顔をしながら近付くと、バンバンと頭や体を叩き始めたのだ!!そしてそれは普通に力が入っていた!!  私は驚きながらも必死で止める様に頼んだ。だが康男はこう言いながら叩くのを止めなかった。                 「お前なんかこうしてやる!お前なんかに人の娘を虐めさせないからな?!お前なんかに、恭子に何かさせないから!!」    そう言って5分間は完全に叩いていた。   そうしてやっと叩くのを止めて、私を睨みつけた。                 やっと母達が追いついた。すると、康男は私に優しく話しかけた。私は驚きながらも、呆れて顔を見た。             母も祖母も、勿論雅子もそんな事を散々された私の状態には気付かなかった。母も祖母も物凄く自分の子供や孫の状態には無頓着と言うか、鈍感だったからだ。        そして私が、この殴られていた間、恭子は只黙って見ていた。丸で何事も起きていない様に。                  この時私は9歳位で恭子は5歳位だ。普段は私になついていて、お姉ちゃんなんて呼んでいたが。                だが考えたら、両親が康男と雅子だ。兄は 泥棒の裕だ。ならこんな冷たい子供でも当たり前なのだろう。やはり後に、とんでもない事を色々とやる妹だ。          こんな康男でも、恭子が産まれ前は私を可愛がっていたみたいで、まだ小さな私を抱いている写真がある。            そして私と母が山梨県に、康男達一家の家にたまに遊びに行っていたが、ある時こんな事があった。               その時、駅まで車で迎えに来た康男が、2時位だったが私達はまだ昼食を取っていなかったので(自分は家で食べて来た。)、私達を蕎麦屋へ連れて行った。          母が二人分のお蕎麦を注文した。蕎麦屋の 主人が蕎麦を作り、テーブルヘ運んで来た。この主人は私達が入るとしばらくはジロジロと厨房の中から私を見ていた。他に店員は いなかった。              康男は煙草を買いに外へ出て、そのまま店の外で吸っていた。だから私達の側にいなかった。                  奥の方から、食べ終えた中年の男が出て来てお金を払った。その時に私達を見た。   すると興味を持って私達へ近付くと、いきなり私に名前を聞いた。母と私は並んで座っていた。                 店はガラガラで、私達親子は、長くて大きなテーブルに並んで座って食べていた。   私は不躾だと思い、無視した。すると男は又聞いた。私は男のほうを見ないでそのまま食べ続けた。               すると男はいきなり怒りだした。     「おい、お前!何を無視してるんだ?大人が話しかけているのに、何でちゃんとに答えない?!」                私にそう怒鳴った。           「おい、名前は何て言うんだ?」     又凄く強い調子で聞いてきた。       Rina Takagi.」                     私はこの時、まだ日本の公立の小学校には 通っていない。だから名前も普段、通っていた学校では下の名前を先に言う。だからこの時、それと同じに答えた。        男が「エッ?」と言って聞き返した。そうして又聞いたので、私は食べているのを中断して又答えなければならなかった。そして仕方無く又繰り返した。           男が私の名前を何度か繰り返しながら、私を見る。                 母はこの時、何もしないで只困りながら見ていた。母は基本こうした時に、只黙って見ている。オロオロするだけで何もしない、できない。だがこの時は一応こう言った。   「あの、もう良いでしょうか?」     男が母を見る。そしてこう言った。    「おい、これ、あんたの子供か?」   「はい、娘です。」           「おいあんた!駄目じゃないか?ちゃんとに躾しないと。大人が質問しているのにちゃんとに直ぐに答えないで。何やってんだよ?」                 「躾はしています。知らない人間に口をきかない様にと、ちゃんとに教えています。」 「何だと?!何だ、その言い草は?!」  母が私に言った。            「リナちゃん、あんた、良いから早くお蕎麦食べちゃいな。」            「おい、何だ、その態度?!」      「何がですか?」            「親がそんな風だから子供がちゃんとにしないんだろ?!何が躾してあるだ!!」   「あなたが勝手に、食事をしてる娘に話しかけてきたんじゃないですか?」      「話しかけちゃいけないのか?!」    「はい。食事をしてる知らない子供に、名前なんて聞かないで下さい。」       「何だ、この野郎?!」         男が母に怒鳴った。母も私も恐くて、どうしようかと思った。            この時、煙草を吸い終わった康男が店に入って来た。                私達を見た。驚きながら近付く。     男が康男を見る。顔が明るくなる。    「あぁ、ヤッサン!」          男と康男とは知り合いだった。      康男は話しかけられたのを無視して、母に 聞いた。                「どうしたんだ?」           「あぁヤッサン!丁度良い所に来てくれた…。」                 母が安堵の声を出す。          「何があったんだ?!」         康男が母に聞く。           「今、この人がいきなり側に来て、この子の名前を聞いたの。それで直ぐに返事しないからって、凄く怒って…。」        「何?!」               康男が凄い声を出す。          「何だ、ヤッサン、知ってるの?」    男が聞く。               「俺の女房の妹と、その子供だよ!」   「エッ、そうなの?!奥さんの?」    「何やってんだ、おめえ?!」      男が驚く。               「何おめえ、勝手な事やってんだ?!義妹やその子供に話しかけしてんじゃねーぞ、この野郎!!」              「な、何だと?!」           男が又怒り出した。           「何だ、文句あんのか?」        「話しかけたら何が悪いんだ?!」    「勝手な事するんじゃねーぞ、この田舎者!!」             「何〜?!」              田舎者と言われて更に怒り始める。    「何だ?!田舎者だから田舎者だって言ってんだよ!!蕎麦屋なんかで他人の子供にしつこく話しかけたりするのが田舎者だって言うんだよ!俺達は横浜から来てるんだ。義妹もこの子供もな。だから、横浜だったら絶対にそんな真似しねーんだよ。もっと外人やこういう子供に慣れてるからな。分かったか、この田舎者?!」             「てめぇ、黙って聞いてりゃいい気になりゃがって!!」              「何だ、どうした?やるか?やるんならいいぞ、外に出ろ?!」     

「…。」                「おい、どうした?!外に出ろよ!!」   康男も怒って顔が真っ赤だ。       すると、男の勢いが落ちた。       「…もういいや!」            そう言うと、そそくさと出て行ってしまった。                  康男が、出て行った扉を睨みつける。   「智子、悪かったな。フーちゃんも。まさかこんな事が起きるなんて思わないから。真っ直ぐに家に行ってれば良かったなぁ。」 「ううん、良いのよ。」            すると厨房の中の親父が手を叩いて出て来た。                  「いやあ良かった、良かったよ、旦那!!」私達は全員、彼を見た。         「いや、俺もさっきから凄く頭に来てたの!!本当は直ぐに出てって文句言って、追い払いたかったんだけどさ!だけどあいつ、年中来るし良い客だから、そうしたらもう 来なくなっちゃうと、うちも困っちゃうんでね。だから俺も悔しかったんだけど、出るに出られなくなっちゃったの。だけど旦那が来てビシッと言ってくれたから本当に良かったよ。本当に俺もスッキリしたよ!あぁ、良かった〜!!」              蕎麦屋の親父は嬉しそうにそう語った。  康男は返事をせずに馬鹿にした様に聞いていた                   この時には、本当に康男がいて助かったし、康男にも良い所もあった。        だが、結局康男は苦しい思いをしながら、癌で死んでいった。この蕎麦屋での出来事から20数年経ってからだが…。

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