第27話 三強バトルログ① 4位vs3位

 自室に戻った俺はその体をベッドへと放り投げ、背中から青いシーツへ「ぼふん」という音と共に軟着陸する。


 体勢を変えずにスマホを右ポケットから取り出し、早速斑鳩のバトルログを探す。


「斑鳩剣士 バトルログ」


 そう検索するだけで無数の候補が浮かび上がる。


 コレだけ候補があれば、目当てのものが見つかるだろう。出来れば実力の拮抗した、それでいて彼の手内が見れるものが良い。


 そう思いながら画面をスクロールしてゆくとはた、とその手が止まる。相応しいものが見つかったからだ。


 その内容は、4位であるフチカと3位の斑鳩のログ。コレなら実力は均衡しているし、一度手合わせしたフチカが相手だから斑鳩の力量も見やすい。


 動画再生ボタンを押すが、動画がすぐに再生されることは無かった。


 というのも、「この動画はMWOにログインすると立体的な視点で楽しめます。このままスマートフォン画面で再生しますか?」という警告が出ていたからだ。


 他の奴のログにそんな機能は無く、ただ単にスマホの画面で再生されるだけだ。


 これもナンバーズのログだから、ということだろうか。特別扱いされているようだ。


 とにかく、見れるのなら立体的な映像で見たほうがいいのは間違いない。


 画面をタップし、スマホを顔の横に置いてログインに備えると、すぐに動画の再生が行なわれた。


 場面はフチカと斑鳩を含む、プレイヤー八人が顔を合わせるマッチングフェーズから始まっていた。


 ぐるりと円を描いて並ぶ八人の内、斑鳩は豪快な笑顔を浮かべてその隣にいるフチカに話しかける。


「おぉっ!フチカじゃないか!ランクマで当たるのは久々だな!」

「……最悪。負け確じゃん…………」


 ガスマスクの下からでもわかる程、彼女は諦めの表情を浮かべていた。何しろ相手は三強の一人。彼女以外の六人も同様に諦めムードを漂わせていた。


 そんな事はいざ知らず、斑鳩は大きく口を開け大声でフチカに声を掛ける。


「やる前から諦めてどうする!お前なら出来る!絶対出来るぞぉ!!」

「……敵を応援してどうするの…………」

「やる気のない相手を斬る時ほど溜息をつきたくなる時は無いからな!」

「……そう」


 溜息を吐きたくなるのはこちらの方だ、と言わんばかりにフチカは斑鳩をあしらうと、マッチングフェーズは終了し待機フェーズへと入る。


 ここからはプレイヤーごとにログを追えるが、もちろん追うのは斑鳩のログ。というわけで眼の前に表示されたウィンドウを操作して斑鳩へフォーカスする。


 待機フェーズは5分あり、その間に周囲状況の把握とパークの整備を行うのだが、斑鳩はその時間をどう使っているのだろうか。


 画面が切り替わり、斑鳩のログが再生される。彼はあぐらをかいて目をつぶり、精神統一しているようだった。


 周囲の光景からして、ステージは森と廃墟。俺とフチカが初戦を交えた場所だ。


 相手によってパークをいじる事も、周囲を伺う事も必要ないというわけだ。強者ならではの余裕である。


 ただ、精神統一の座禅にしては頭がやや前後しているような……。


「んが……zzz」


 ……どうやら座禅では無く普通に寝ていただけのようだ。それにしても余裕綽々よゆうしゃくしゃくである。


 そのまま起きること無く5分の待機フェーズが終わろうとしていたが、


「zzz……ふがっ!」


 戦闘フェーズへの移行きっかり10秒前に目を覚ました。一体どんな体内時計してんだ……。


「そろそろか!さて、暴れるとしよう!」


 その声と同時に戦闘フェーズが開始される。


 斑鳩はどっこいしょ、という動作で立ち上がると左手に小太刀、右手に刀を持って駆け出した。

 

 廃墟に転がっている多数の障害物の背後を縫うように走り、射線を斬りながら索敵をしているようだ。


 その速度はかなり早く、身体能力向上にパークを結構割り振っていると見た。恐らく俺と同じく、射撃能力を犠牲にして近接に特化したタイプ。


 両手の武器を扱うことから、オプションの「二刀流」を使っていることも窺える。


 俺のパーク構成からシールド関係を抜いて身体能力に全振りしたような構成だろう。


 そんな事を考えているうちに、斑鳩は早くも一人目の男性プレイヤーを見つけて斬りかかる。対面相手もそれに気づいたのか破れかぶれながらも銃撃で応戦する。


 ナイファーをしている俺から言わせてもらうと、近接辺重ビルドでの対面は分が悪すぎる。いくら速い動きで撹乱しようが上手いやつは当ててくるからだ。


 ゲームにも依るが、シールドが無いシステムだと本当に絶望的。その場合は裏を取って背後からグサリ、しか択が無くなる。


 なのに。目の前の光景はその理論の遥か上を行っていた。


 斑鳩はシールドを使わずに、二つの得物と自身の足で弾幕を避け、切り捨てていく。その間に足は一度も止まることが無く、相手にとっては悪夢以外の何でもない。


 当初50m程あった二人の距離は5秒もしないうちに0になり、斑鳩の右手にある刀が相手の首を切り離す。


 首の断面から光の粒子を迸らせて倒れる相手を見ることも無く、斑鳩は次の相手を探してまた駆け出す。その顔は依然として楽しげで、傍から見れば蹂躙を楽しんでいるようにも見えた。


 そんな彼の顔が真剣なものに変わる瞬間は程なくしてやってきた。


 彼が六人目、つまりはフチカと自身以外のプレイヤーを斬って捨てたその直後、彼にとって最後の一人からの攻撃を受けた瞬間だった。


 その攻撃は、廃ビルの屋上からまるで雨の様に降ってきた。いや、雨というよりかも滝の様に、屋上から壁を伝うようにして放たれた弾幕は、その始点が空中では無く屋上の一角であることを物語る。


 それは勿論誘導弾の名手と呼ばれた第4位であり、唯一残った対戦相手のフチカで有ることは必然。


 彼女は目視される前に半ば奇襲めいた攻撃で斑鳩の隙を突こうとしたのだが、それも失敗に終わる。


 彼は上を見上げ、一瞬だけ真剣そのものな表情になると降ってくる弾幕を両手の刀で弾いていた。


 そしてそのまま、ビルの壁を蹴って駆け上がっていく。それは勿論普通の身体能力では考えられない光景であり、俺もそれに絶句していた。


 自身の脚力だけで重力を無視出来るほどの速度を出すなんて、どれだけの基礎スペックにどれだけのパークを注ぎ込めば出来るのだろうか。


 そんなことに感心していると、再度弾幕の雨霰がビルを駆け上がる斑鳩を襲う。先程の様に足を止めれば即刻落ちるこの状況で、どの様に対処するのだろうか。


 答えは単純だった。


 足を止めずに処理すればいい。『できて当然だろう?』と言わんばかりに、斑鳩は真剣な表情で前、というよりも上から迫る弾幕を弾き、切り捨てる。


 フチカもそれを予期していたのか、一度通り過ぎた弾丸を反転させ、背後からの奇襲を狙うもののそれも見切られる。


 ぎらりと光を放つ二刀の、鏡面仕上げにした刃の腹で背後を映しているのだろう。本来であれば日本刀は内曇砥石といった、鉄を軽く酸化させて曇らせる仕上がりにするのが定石だが、斑鳩の刀はワザと鏡面仕上げにしているとみた。


 背後からの奇襲も退け、斑鳩はやっとのことでビルの壁面から屋上へと降り立った。


 そしてコレまでに二度の攻撃を仕掛けてきたフチカと対面する。


 対する彼女は更にもう一発弾幕を展開する。だが、斑鳩は先程までの真剣な表情を崩し再度笑う。


「やはり!実力が程々に近いと戦いも楽しめるな!だろう?フチカァ!」


 楽しげに笑いながら、迫りくる弾丸の群れを切り裂き、身をよじっては避け、往なす斑鳩。シールドを使わないスタイルながらも、俺以上の対応力で弾幕を真っ向から受けつつ進んでゆく。


 対して距離を取るように後退するフチカは眉間に皺を寄せ、彼に厳しい目線をやっていた。ガスマスクで口元は窺えないものの、恐らくその唇は苦しさに歪んでいるだろう。


 そのままの表情で四度目の、百近い誘導弾の群れを放つ。が、それもあっさりと切って捨てられる。背面から忍ばせるようにした弾丸すら、斑鳩は見もせずにあっけなく処理した。

 

 それを見て更に距離を取ろうとしたフチカは、あろうことか飛び降り防止の柵に阻まれ逃げ場を無くしてしまった。


 それを目敏く察知した斑鳩は素早く詰め寄り、両手の刀で✕を描くように切り裂き、傷ひとつ追わずに彼女を討ち取ることに成功した。


 その光景でログは終わっており、「動画の再生が終了しました。ログアウトしますか?」の表示と共に関連動画がいくつか広がっている。


 ひとまず候補の中に見たいものが無いのを確認し、考え事をするために一度ログアウトすると無機質的な天井が目に飛び込んでくる。

 

 自室の天井を眺めながら先程のログを振り返っていた。特に斑鳩の戦い方について。


 オーソドックスな近接辺重タイプのパーク構成だと思われるが、何よりそれから繰り出される剣撃の練度がヤバすぎる。


 つまりは地力が違いすぎるのだ。彼の剣を目で追うことは出来なかったし、フチカの弾幕への対応力もシールド無しであそこまで出来ることから俺の攻撃も見切られるだろう。


 俺の上位互換みたいなものだ。今まではシールドにモノを言わせて相手と戦ってきたが、斑鳩はとはどう戦おうか。


 まずは彼の剣の速度を身に覚えさせ、少なくとも斬り合いを繰り広げられる程度にはコソ練しないとな。斑鳩のことだ、俺が対策を練っていると知ったらきっとこう言うに違いない。


「何故俺に言ってくれない!?喜んで力を貸そうじゃないか!」


 先程のログでも敵を応援していたし、何より初対面の一分後には魔王様ルーデシアを真似て駄々をこねる様な頭ルーデシアバカだ。それくらい言ってくるはず。


 だが、本人と練習すれば必ず俺のクセなどを見抜かれ本番ではそこを点かれて負けることは火を見るよりも明らか。だからこそのコソ練なのだ。


 一応、頭の中にはどの様な練習をするか浮かんでいるものの、それには少なくとも俺以外に一人協力者が必要だ。


 それも、近接戦闘が得意な奴が。


 果たしてそんな奴いるだろうか……と今まで戦ってきた相手を思い出して見ると、一人だけ居た。


 まずはそいつに打診してみるとして、次にやるべきことは一つ。2位1位のログを見て、彼らの対策を練ることからだろう。


 そうして俺は再度ログインし、彼らのバトルログを探すことにした。

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