第9話 フレンド登録、そして炎上

 気がつくと現実世界のベッドの上だった。ゲームにログインする前に見た光景と同じでは有るものの、無機質で金属質な壁や天井は却って非現実さを醸し出す。


 先程までいた仮想世界が、元いた時代の光景と似ていたこともそれに拍車をかける。まるで今見ている近未来的な光景こそが仮想世界で、先程まで激闘を繰り広げていた場所こそが現実なのではないか、そう錯覚するほどに。


 それほどまでにあの世界はリアルだった。目に入る光景、駆けた際の頬を撫でる風、日本刀を手にしたときの重量感、そして、撃たれたときの痛みも。


 現に今も右足があったことに安堵して「ほっ」とため息を吐く。


 スマホを探して辺りを見渡すと、先ほどとは別の理由で深くため息を吐き、注意を引くために声をかける。


「おい」

「ひゃぁい!ななな、何でしょう!?」


 すぐ左には少女姿の葵が居た。ベッドの端に腰掛け、背中を向けて俺のスマホにキスをしようとしている彼女は声を掛けられるとびくり、と肩を震わせて振り返る。


「何してた?」

「な、なんの事かわからないですねぇ?」

「何、してた?」

「…………すみませんでした……」

「謝罪はいらないんだよ。何してたのかって聞いてるんだ」


 そう問いただすと、葵は赤面しながら呟くように答える。


「その……誓いのキスを……」

「いつ誰が俺のスマホと結婚したんだ?え?」

「……なんか言葉がトゲトゲしい……もしかして負けちゃった?」


 図星を突かれた俺は開き直り、強めの口調で答える。


「ああ負けましたとも!全力出したけどあと一歩及ばすって感じでな」


 葵はヤケになっている俺に掛ける言葉を探していたようだが、手に持っていた俺のスマホがバイブレーションしたことに驚きそれをベッドの上へと取り落とす。


 その画面には一通の通知が表示されていた。


『MWO: 白縫衣しらぬいフチカからフレンド申請が届きました』


 フレンド申請の画面には相手のアバター、あの黒髪ガスマスクが写っていた。


「え"、貴方……もしかしてあの子と戦ったの?そりゃ負けるのは当然よ。うちのエース的な存在だし」

「エースねぇ……ランクは上位なのか?」

「世界ランク4位」

「くっそ格上だった」


 全世界で四番目に強いやつが今日始めた俺とマッチングするだぁ?マッチングシステム仕事しろよ、全員集めないとマッチしない過っ疎過疎な状態じゃあるまいし。


 というか恰好からして白縫衣って感じじゃないだろ……全身真っ黒だし。


 心の中でシステムと相手のアバターについて突っ込んでいると、葵は何かを思いついたのか独りごちる。


「まぁ本人に話を聞くほうが早いよね。呼び出しましょー」


 外見だけ少女の葵から、オタク特有の粘ついた声が発せられる。それを見てやはり『オタクがボイチェン使わずにやってるVTuberそのものだよなぁ』と思う。


「フチカ氏ー?おりましたら所長室まで来てくだされー」


 葵がそう呼びかけると、程なくしてフチカもココにワープしてきた。彼女は先ほどと異なり、ガスマスクを外して素顔を晒していた。


「葵、何か用……?あ……さっきの」

「ご足労頂いて申し訳ないですなぁ」


 葵はフチカが来る直前までは少女の姿だったが、いつの間にかオタクの姿に変わっていた。


 恐ろしく早い変身、俺でなきゃ見逃しちゃうね。


 ともかく外行きオタク恰好アバターに変身した葵は、フチカへと声を掛ける。


「にしても珍しいですな、フチカ氏がこうも他人を気に入るとは。それほどまでに腕が立つ、という理解でよろしいですかな?」

「……実際強かった。結果的に勝ったけど…………打つ手次第じゃ負けてたかも」


 それを聞き、少し嬉しくなる。トップ層のプレイヤーに認められたというわけだし。


「よかったですなぁ、拓人氏。伊達にプロとして活動してきてなかったというわけですな」

「こっちも聞きたいことがある。……葵とはどんな関係?プロとして活動してたって……?」

「うーむ……どう説明したらいいか……」


 頭を悩ませるフリをして、フチカの背後にいた葵に目配せをする。「バカ正直に過去から来たことを話していいのか?」と目で訊く。


 彼女が頷いたのを確認し、正直に包み隠さず話した。


「実は――」


 そう切り出してから数分、フチカは納得が行った様子で頷いた。


「…………なるほど。拓人、過去の人」

「その言い方はなんか違くねぇ!?」


 椅子に座ったフチカは、テーブルに置かれた俺のスマホと俺とを交互に見る。


 いつまでもベッドに座っているのもなんだし、ということでテーブルに場所を移していた。


「……つまり、拓人は本当に初心者で過去のfpsの経験だけであそこまで動けた……?」

「にわかには信じられない話ではありますがなぁ」

「……もっと強くなれる……試合の数を増やせば鍛えられる……」


 ぼそり、とそう言ったフチカはスマホを取り出して何やら操作し始めた。


 何をしているのか、そう言及しようとしたその時だった。


 テーブルの上に置いておいた俺のスマホが小刻みにバイブレーションを繰り返す。何があったのか確認するためにそれを引っ掴み、画面を確認すると……


『MWO: RanpagePigにフォローされました』

『MWO: 栃木産じゃがいもにフォローされました』

『MWO: †癒天使白猫姫†にフォローされました』


 …………


 フォロー通知は鳴り止むことなく、スマホはバイブレーションしっぱなし。どう考えてもいつもとは違う。


「何だこれ。何が起きてるのかサッパリなんだが」

「……売名、成功した」


 フチカはそうつぶやくと、テーブルの中央に自身のスマホを置いた。その画面には彼女のつぶやきが表示されている。


 時刻はつい先程。それにも関わらず早くも百を越える返信といいねがついており、今もリアルタイムで増え続け今しがた千を超えた。


「何々……?今日の対戦でダークホースを見つけた。どれくらい強いかはこのログを見れば分かる……って、このアカウント、誰のだこれ?」


 フチカのその呟きには、先程の戦闘ログに加えて誰かのアカウントリンクが載っていた。


 彼女がそのアカウントをタップすると、俺の顔がアイコンになっているプロフィールが表示される。


「あ、拓人氏のアカウント作っておきましたぞ」

「事後報告かよ!せめてそれくらいは俺の好きなように作らせて!?」

「あと、良かれと思って初呟きもしておきましたぞ」

「………」


 もう何も言えねぇ。アカウントの初めての呟きはそいつのキャラを表しているとも言っていい。


 いわば、新クラスに入ったときの自己紹介だ。そこでスベれば「スベった奴」暗そうな顔をしてれば「暗い奴」……そんな感じで今後の評価水準が決まる。


 それほどまでに初めての呟きとは重要な物だ。それで、俺のアカウントの初呟きは……




『ナンバーズとか知らないけど、多分全員ったぜ』




 はいアウトォ!!てかナンバーズって何?つーか葵、よくメ○ズナックルなんて知ってたな!?


『脳波検出、ナンバーズについての説明を開始します。fpsゲームであるMWOのサーバー内上位12名の事を指します』

(ああ、説明ありがとうバウゼル。なんか信じられるのはお前だけに思えてきたよ……)


 一旦整理しよう。現四位ナンバーズであるフチカが実力を認めた無名のアカウントは初っ端から彼女達を煽る様な素行不良のアカウントでした。


 傍から見たら面白い。だが当事者の俺からしたら炎上不可避なこの状況は望ましくない。


 現四位に肉薄した無名のプレイヤーなんて、興味を惹かないわけがない。


 つまり、俺のスマホにフォローされた通知がめちゃくちゃ来ているのはフチカのせいということだ。


 そして、初呟きに彼女のフォロワーから怒りの返信をもらっているのは葵のせい。


「二人共、何してくれちゃってんの……」

「拓人……経験足りない……だから大勢と戦うために認知度を上げる」

「?…つまりどういうことだ?」

「注目を浴びれば、冷やかし目的や噂を確かめたい者など、様々な人がやってきますからなぁ。フチカ氏も駆け出しの頃は良く絡まれておりましたしな」


 つまり、無名の俺がフチカに認められた真偽を確認するために様々な奴らがマッチングを申請してくるというわけだ。


「しかもさっきの試合……私の今シーズン初試合……私のフォロワーやライバルは全員見てるはず……」

「つまり強者も積極的にコンタクトを図ってくるでしょうな」

「勘弁してくれ……」


 そう落胆していると、未だに止まらないフォロー通知が別の通知で覆い隠される。


『バッテリー容量15% 充電して下さい』


 なんだバッテリー切れの警告か……んじゃ充電しないとな、そう考えた時だった。一つの疑問が頭に浮かぶ。


 ……………………充電ケーブル……なくね?


 俺のスマホはUSB-typeC、上下気にせず挿せるあのタイプの端子だ。


 部屋中を見渡してみても、楕円形の端子どころかケーブル自体見つからない。それもそのはず、今の時代、スマホは充電などせずとも給電されるため必要ないからだ。


 俺のスマホはその給電方法が使えないタイプなのだろう。なにせ200年前の端末な訳だし。


 俺の心の声を代弁するかのように、葵がはっとして騒ぎ立てる。


「マズイですぞ!充電ケーブルなんて物はこの時代にはもう無い故、拓人氏用にケーブルを買いに出かけませんとな!」

「買いに行くって……どこに?」

「拙者行きつけの店がありますゆえ!心配ご無用でござる!」


 そう言って胸を張る葵。だが、その姿勢のまま突如として様子が一変する。


「ふひっ、USB接続を生で出来るなんて……たぎってきますなぁ!ふぉおおおおお!!」


 突如興奮し始めた変態は放っておいて、俺はバイブが鳴り止まないスマホをポケットに入れ、無言でフチカと共に部屋からワープしたのだった。

















――――――――――――


乱雑にポケットへと突っ込まれたスマートフォンは、未だにバイブレーションと共に通知を怒涛の勢いで表示する。



「MWO: ちょこれーとぷりんにフォローされました」

「MWO: ヴァネッサ=リッチにフォローされました」


………


「MWO: hikariにフォローされました」



縁のある名前からのそれは、すぐさま有象無象の通知の裏に紛れて消えた。

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