第8話 初戦の結果

 三人を立て続けに切り捨てた俺は、再度気を引き締めて視覚での索敵に戻る。


 残り人数が何人になったのか確認しようと視線を左上へとやると、すでに2/8になっていた。


 それを見て、俺の背中に冷や汗が伝う。


 下っ端三兄弟をあそこまで早く片付けられたのは、奴らがチームを組んで合流していたからであり、探す手間が省けていたからだ。


 なのに今生き残っているもう一人は、他の三人を探し出した上で退けた。つまりは俺以上の腕前である可能性が非常に高い。


 どの様なスタイルで戦うか分からない格上を相手取る緊張感からか、俺は武者震いを抑えることが出来なかった。


 突如として、前方の地面に銃弾が打ち込まれる。辛うじて読めたその軌道を辿り、5時方向の上空を見るとそこに人影があった。


 それは長い黒髪をたなびかせ、赤い目で刺すような目線を俺に送る。ボディラインがくっきりと出る黒のバイクスーツに似合う、これまた黒光りするハンドガンを構えていた。


 全体的にサイバーパンクな風合いの彼女は、それ以上撃ち込んで来ることはなく、踵を返してビルからビルへと飛び移り北へと消えてゆく。


 まるで着いてこいと言わんばかりの行動に対し、俺は釣られるようにその背中を追いかける。


 先を走る彼女はこちらの様子を振り返って何回か伺うものの、射撃をすることは無い。こちらが撃ち込まない、つまりは相手だけが遠距離攻撃を仕掛けられるという圧倒的優位な状況であるはずなのに。


 なぜその様な行動を取るのかはわからない。一つだけ言えることはどうやら俺は見くびられているということだけだった。


 ――――――――


 彼女の背中を追い続けて数分後。ついに北部の森へと辿り着く。森と聞くと足場が悪そうに聞こえるが、むしろ頻繁に手入れがされており、初心者向けのトレッキングコースの様で移動に支障は無い。


 それどころか、間隔を開けて立ち並ぶ木々は程々に視界を遮り、遮蔽物の役割を十分果たしているため射撃を掻い潜って接近するには好都合だった。


 更に、均された土の通路には先に入った彼女の足跡が至るところに残されており、追うのにも助力してくれるといった具合である。


 その痕跡は入ってからずっと北を目指して進んでおり、折れた枝をも気にせず進む様は脇目もふらずにどこかへ急いでいる、そんな印象を受ける物だった。


 それを追って暫く進むと、木々の間を何か光る物が右へと横切った。視界の右端で捉えたそれの正体はわからないが、用心しておくに越したことはない。


 足を止め、右へと向き直り光の正体を暴こうとするが、それも失敗に終わる。だが今度は視界の左端を掠めるように何かが飛んできた。


 それが何かを判別するよりも先に、直感めいた物が脳へと信号を送る。


 とっさの判断で反射的に前方へシールドを展開した直後、硬質な音を立てていくつもの光弾が弾かれる。


 そうして攻撃を防いだかと思いきや、


「ぐぅっ!」


 左脇腹に痛みを覚え、振り返ると後ろからも十数の光弾。それらは木々の合間を縫うように、各々の軌道を直線的に変化させながら俺へと向かってくる。


 さっきのシールドを展開したままにして背後を預けると襲い来るそれらに向けて日本刀を振るう。


 光弾の群れを刀身で弾き、切り裂き、避けて無効化すると、ようやく攻撃は止んだ。


 追撃が飛んでくる可能性を考えて伏せ、息を整えながら考える。


 この遮蔽物の多い地形、有利なのは接近戦だけではない。誘導弾を多用した多角的な弾幕を貼るスタイルも、弾道を読ませづらいというメリットが有る。


 さっき地面に撃ち込んだ一発は、直線的な弾道を見せることで「誘導弾ではない」と錯覚させるための布石だ。


 まんまとしてやられた。


 つまり、この状態は非常にマズイということだ。現に今も捌ききれずにかすり傷を二、三負ったわけだし。


 では為す術もないかというとそういう訳でも無い。邪魔なのであれば無くせば良いのだ。そう思い立った俺は立ち並ぶ木を次々に切り倒す。


 現実世界でやれば顰蹙ひんしゅくを買うこと間違いなしだが、ココはVR。思う存分木を切り倒し「環境破壊は気持ちいいぞい!」と叫んだとしても問題はない。


 この森すべてを伐採してでも近づいてやる――彼はそう決意し、再度近づくために歩みを進めた。


――――――――


 一転して、拓人と相対する彼女の方は森の中にある、少々開けた場所で待ち構えていた。


 半径20m程の大きさを持つ、木立のない広場の中央で彼女は先程から南へと発砲し、来た道を辿るように弾道を操っていた。


 残してきた足跡や折った枝をそのままにしたのも、全てはそれを辿るように相手の行動をコントロールするための策。


 ルートが分かれば、そこに沿うように弾道を組み立てればいいだけ。


 ズズン、という音が静かな森に響く。倒木の音だと判断できるそれは折り重なりながら段々とこちらへ近づいて来ており、相手が自身の居場所をなんとなく把握している事を示していた。


 いつ飛び出してきても良いようにハンドガンを構え、射撃体制に入る。


 狙いは相手がこちらを捕捉し、この開けた場所に躍り出たその瞬間。上下左右に展開した誘導弾で包囲して狩る。


 目視での誘導が一番精密なのは言わずもがな。どれだけシールドを展開しようが絶対に隙間を射抜いてみせる。


 彼女がそう意気込んだときだった。それまでは断続的に鳴り響いていた倒木の音が突如として止む。さきほどまでの喧騒とは一転して、森は入ったときと同様に静寂に包まれた。


 本格的にこちらを捉えたのだろう。どこから飛び出すのかを悟られないように伐採をやめたのだと予測する。となると直線的に向かってくるのでは無く側面、または後方からの奇襲も択に入る。


 それを警戒し、彼女はより一層周囲への警戒を強め、耳をそばだてる。


 それから数分し、尻尾を巻いて逃げ出したかと思えるほどの時間が経った頃。


 メリメリ……バキバキ……と、今まさに倒れようとする木が周囲の枝を折る音が南から聞こえる。距離的にはもうすぐ飛び出してくる所だ。


 そう判断すると同時に、彼女はそちらへ向けて半ば乱射するように弾幕を張った。


 トリガーを引く回数が二十、三十を超え、ようやく木が倒れた重い音が辺りに響く。最初のそれから十数秒ほど置いて、その音はさらに二つ繰り返される。


 三本の木を切り倒す。それは相手がそこにいることを示すのに十分な回数であり、彼女はその判断に従って再度弾幕を張るのとその弾道制御に集中力のほぼ全てを注ぎ込んだ。


 弾道制御の支援をバウゼルから受けているとはいえ、多数の弾道を制御するのは至難の技だ。常人であれば極度に集中して五十の弾道をそれぞれ制御できれば御の字といった所である。


 だが彼女は通常でも五十、一意専心すれば七十から八十もの弾丸を同時に操る事が出来、それらを繰って複数人を同時に相手取ることも出来る。


 拓人が下っ端三兄弟を相手取っていたときも、三人を相手に無傷で勝ちを収めている点からその実力も充分にあると言える。


 そんな彼女は今、持てる限りの弾幕をありったけの集中力を以て、相手がいると思われるところに叩き込んでいた。


 弾幕の展開に専念した彼女には分かるはずがなかった――


 その警戒を止めた背後から、いるはずの無い相手が飛び出したことなど。


――――――――


 20mの距離を強化した脚力で駆け抜けつつ、俺は上手く行った事を実感していた。


 囮を使っての陽動は成功!後はできるだけ速く相手の懐へ潜り込む!


 あらかじめ切り込みを入れておき、通常であれば倒れる様にしておいた木をシールドで支えておく。

 解除すれば自重で倒れてあたかも今そこで切り倒したかのように見せられる。


 それを南側に仕込み、反対の北側まで移動するのに数分。


 時間はかかったものの、飛び出した瞬間蜂の巣にされる心配は無くなった。


 残り10m、このまま行けば手が届く。そう確信した時だった。


 彼女が放った数十の弾幕は急にその場に留まったかと思えば一斉に反転し、左右に分かれて背後にいる俺へと向かってきた。


 それと同時に彼女はぐりん、と俺の方へ振り返りつつ、止めを刺そうとダメ押しの乱射を繰り出す。


 誘導弾と彼女から放たれた弾、二つの軌道は俺を前方と両脇から挟むように展開され、後方にしか逃げ場は無い。しかも反転した誘導弾と通常の射撃で火力は単純に考えて倍以上ある。


 通常であれば退く所だが、この好機を逃すわけにはいかない。負傷を承知で突っ込む!


 両脇に展開したニ枚のシールドで誘導弾を防ぎつつ、サイドステップを織り交ぜた足運びで前方からの射撃を躱す。


 当然のことながら、射撃は近くなればなるほど躱すのが難しくなる。強化した身体能力と動体視力を以てしても、互いの距離が5mを切った頃にはあちこちに被弾していた。


 痛みに顔を引き攣らせながらも足は止めない。退けば警戒され勝機は無くなる。彼女はノーリスクで退けるが俺は退けない。これが最初で最後のチャンス。


 そんな俺の胸中を見透かすかのように、彼女は俺を見据えつつ後方へと飛び退いた。


「させる……かよ!」


 残していた最後のシールドを展開する。ただそれは本来の用途では無く、あくまで妨害として。


 展開した箇所は彼女の後方。銃弾の雨すらものともせず耐えきる壁を打ち破ることなど出来るはずもなく、バックステップはただ壁により掛かるような形に終わる。


 その距離わずか2m。


「そこ……だぁああ!」


 足が止まった彼女を仕留めようと、俺は右足を大きく踏み込み、右手の刀を突き出した。


 切っ先は彼女の左胸に食い込み、光の粒子が細い線となって漏出する。いける。このままもう一歩踏み込んで――


 追撃を仕掛けようとしたその時だった。


 踏み込んでいた右足から力が抜け、崩れる。何事かと視線を下に落とすと右の足先は光の塊となって崩壊を始めていた。


「あ、ぐあぁ!!」


 傷を認識し遅れてやってきたその痛みに、膝から先が無くなった右足を押さえる。体勢を崩した俺は右肩を打ち付ける様に倒れ伏す。


 相手の顔を見上げようとした俺の目に、右足の負傷の原因が飛び込んできた。


 彼女の背後、青空を駆ける何本かの光の筋は彼女が操る誘導弾であることは明らかで、その軌跡は俺の頭上を通り越して背後から襲ってきたことを示していた。


 俺も最善を尽くしたが、ただ単純に相手の方が上手うわてだった。


 その事実が悔しくて、歯噛みしながら俺は襲い来る光の筋に呑まれて意識を失った。


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