第7話 射撃力1300は嘲笑の的

 マッチングが開始され、俺は一人真っ暗な空間に放り出された。それでもチャットは出来るため、葵に状況説明を求めると、『じきにマッチングが完了して賑やかになりますぞ』とだけ返ってきた。


 その言葉通り、すぐに他のプレイヤーたちが転送されてきて俺を含めて8人になる。スーツ姿のサラリーマンやクマの着ぐるみ、二足歩行のロボットなど様々な出で立ちのプレイヤーがいたが、その中でも一際目を引く奴らがいた。


 モヒカンにトゲトゲの肩パッド、『火炎放射器が似合いそうですね』としか言いようがない彼らは三人固まって周囲を威圧するような言動を繰り返す。


「いやー、今回もシケてんなぁ、歯ごたえありそうな奴がいりゃしねぇ」

「そうですねぇ兄貴!」

「このゲームは兄貴の勝ちで決まりっすね!」


 同じ様な見た目、一人を兄貴と呼んで媚びへつらう二人。


 紛う事無きチーミングを咎めるように送った鋭い視線に気がついたのか、奴らは俺を見てそれぞれ違う感想を漏らす。


「射撃力……せ、せんさんびゃく……!?」

「う……嘘だろ……?」

「そ、そんなことあるわけ……」


 彼らのステータスを見ると、攻撃力は大体400前後、射撃力は500が平均値だった。


 そんな中で俺のステータス、両方とも1000超えを見たらそんな感想が出てくるのは当たり前だろう。その狼狽える声をあえて聞かなかったフリをする。


 だが……


「せ……せんさんびゃく……ブフッ」

「駄目だ笑うな……クック…初心者丸出しのビルドだからってファイターで射撃力1300はねーだろ……」

「とりあえず攻撃力と射撃力盛っておこうって魂胆が見え見えだな……ステータス盛るよりもリロード速度とか盛ったほうが強いのによ!」


 それらには失笑が含まれていた。やがて彼らは耐えきれなくなったのか、ゲラゲラと大笑いし始めた。


 それにつられてか、マッチングしたプレイヤー七人の内六人は皆、俺を嘲笑うかのように冷笑し始める。


 例外として、一人の女性だけは俺の事を品定めするかのように鋭い視線を飛ばし続けていた。


 彼女は腰まである黒髪を伸ばしっぱなしにしており、前髪の隙間から赤い目が覗く。


 口元はガスマスクで覆われているため見えないが、そのツリ目が細まった辺り、笑っているのだろうと判断できる。


 ただ、それは他の6人が浮かべる嘲笑では無いことだけは確かだった。


 この時代にはバッテリーが載せられたスマホはほぼなく、攻撃力を上げるにはパークで補強するしか無い、というのが常識なのだろう。


 そして今のトレンドは攻撃力などのステータスよりも利便性を追求してリロード速度などを強化するパターンと見る。


 つまり、俺は傍から見ればパークでのステ振りのセオリーすら分かっていない、超ド級の初心者ということだ。


 他プレイヤーに開示される情報に攻撃力が入っているというのはこういったパーク構成の読み合いを促す為に有るのだろう。


「仕方ねぇ。俺たちが熟練者の立ち回り方ってやつを教えてやるよ」


 下っ端三兄弟の長男(かどうかは分からないが、一番偉そうでガタイの大きい奴だった為そう呼ぶことにした)がやれやれ、といった空気を纏って切り出した。


「右も左も分からない初心者ルーキーを導くのも熟練者の役目、汚れ役は俺に任せな!」


 右手の親指で自分の事を指し、笑みを浮かべておどける長男。


『まもなくマッチングフェーズが終了します。各位戦闘準備を整えて下さい』


 そのわざとらしさに煽り返してやろうかと思ったが、時間が来たので止めた。アイツらにはゲーム内でトコトン煽り返そうと決めて待機フェーズへ備える。


『待機フェーズまで5…4…3…2……1……』


 カウントダウンが終わると、急に浮上する感覚を覚えて視界が回転する。


 まるで遊園地のコーヒーカップに乗っているかのようにぐるぐると回る視界に耐えながら、どこに転送されたのかを目視で確認する。


 足元に地面の感触を覚えて周囲を見渡すと、ところどころが崩壊した都市部の様な光景だった。


 崩落したビルの残骸が二車線の道路のど真ん中を封鎖し、乗り越えなければ進めない箇所。


 片や横倒しになったビルの土手っ腹に穴が空き、身を隠して移動するのにおあつらえ向きな地形。


 まるでポストアプカリプス作品の舞台の様なフィールドに投げ出され、俺の初試合は始まった。


 とはいえまだ待機フェーズのため、俺に出来ることはスマホを使ってのマップ確認とperkの調整くらいで、画になる様な動きはまるで無い。


 このフェーズでは移動も転送位置から半径5メートルまでしか出来ないため、もう一度ルールの確認をすることにした。


(バウゼル、お前が出来ることの一覧をくれ…………バウゼル?)

『マスター、初回のため説明いたしますがゲームプレイ中は本機への呼びかけは発声のみに制限されております。以後ご注意下さい』

「え……あ…ああ、分かった。お前がゲーム中に出来ることを教えてくれ」

『承知しました。ゲームプレイ中、本機はマスターの支援に回ります。支援には4つの種類がありますが同時に運用できるのは一つだけです。ゲーム中任意のタイミングで切り替え可能ですが5秒掛かる切り替え中は全ての支援が無効になりますので注意して下さい。支援の内容を説明しますのでまずはどの種類を適用するのかご命令を』


『視覚支援、暗所や粉塵が舞っている環境において昼間の屋外と同程度の視覚を確保出来ます』

『定期索敵、任意のタイミングに発動したあとは30秒間隔でソナーを発信し、他プレイヤーを索敵します。有効半径は30メートルです』

『弾道制御、誘導弾などの脳波制御が必要な武装において支援を行います。多数の誘導弾を制御する場合に推奨されます』

『隠蔽工作、非攻撃時は定期索敵で発見されなくなりますが、攻撃時には一時的に解除されます』


 候補である4つの内、近接戦闘に有用なものといえば定期索敵だろう。


「定期索敵を頼む」

『畏まりました。待機フェーズではperkの調整、マップ確認のニ種類の行動のみ許可されております。いずれかを行い戦闘フェーズに備える事を提案します』


 提案通り、スマホの画面でマップを確認する。剣、銃、オプション、スマホの4つの内唯一✕がついていないスマホのアイコンを選択すると航空写真のような、上からのアングルのマップが映し出される。


 それによると北側の半分は森、南は都市部といった地形だった。それを頭に叩き込んだ直後、スマホからアナウンスが流れる。


『戦闘フェーズまで10……9……』


 カウントダウンが終わると同時に、スマホは事前に設定しておいた近接形態日本刀へと変わる。鞘に納まっていたそれを引き抜きながら狙撃を警戒して壁沿いに移動すると、目視で索敵を行うとともにバウゼルへ命令する。


「バウゼル、定期索敵頼む」

『支援、開始します』


 コォーン、とソナーの音が響き渡るとともに、俺を中心として波形が展開されると、白い光を放つそれは離れれば離れる程色が薄くなる。


 まるでアサシンクリ〇ドシリーズで使える鷹の目そのものだ。


 射程限界が近づき、そのまま消えてしまうかと思ったその時だった。それは赤い光を人形ひとがたに残して消える。


 方向は3時、丁度ビルの影になっており目視では認識できない。ここで重要なのは相手がどのタイプなのかだ。


 俺と同じ近接型なら恐らく支援も定期索敵だろう。先の4種類の中で近接型に最も恩恵が有るのがそれだと言うことは初心者の俺でも分かる。


 そうすると相手もどうにかしてこちらに近づいて来るためやりやすくなるが、逆に遠距離型だった場合距離を離される可能性が有る。


 つまり、俺が取るべき選択肢は奇襲しか無い。どのみち近寄らなければ斬ることは出来ないのだから。


 クリアリングもせずに角を飛び出すと、下っ端三兄弟の一番下が上段に構えたバールの様な物を振り下ろす所だった。


初心者ルーキーちゃん頂きま――」


 強化された反射神経の前ではその動作は余りにも緩慢で、直線的な動作も相まってかわすのは容易かった。


 低い姿勢で駆け抜け、未だ振り下ろしきっていない、がら空きの胴を抜くように奴の腹を掻っさばく。


「す?……うぉおあぁあ!痛えぇええ!!」


 斬られた箇所からは血の代わりに光の粒子が勢い良く漏れ出し、断面図を覆い隠す。


 奴はそれが致命傷になったのか、ものの数秒で光の塊になって消えた。それと同時に視界左上の参加人数が8/8から7/8へと変わる。


 ふぅ、と一息ついたと同時に、背後から光弾が群れを成して襲い来る。

 シールドを展開しそれを受け止めると、追撃の代わりに怒声が2つ飛んできた。


「てめぇ……良くもやりやがったな!」

「その身のこなし……てめぇもスマーフサブ垢作って初心者狩りだな!?」


 下っ端三兄弟の残り二人が、眉を吊り上げてそこにいた。手にはマシンガンが握られており、それを掃射したのが先程の弾幕だろう。


「お前……だぁ?」


 スマーフとは、ランクが伸び悩んだ中級者以上が憂さ晴らしに行うような弱い者いじめのことだ。


 チーミング、スマーフに加えて度重なる暴言。そして極めつけは俺をその同類だと勝手に認定したこと。


 流石に俺も堪忍袋の緒が切れたので徹底的に煽り返す。


「ふーん、徒党を組んで初心者狩りなんてクソダセェ真似、俺には出来ないね。そんなん『ぼくちゃんは一人じゃ初心者にも勝てないクソザコナメクジなんですぅ〜』って言ってるもんじゃねぇか。あ、現にパークのセオリーすら分かってない様な初心者の俺に良いようにされてる最中だったわー、図星言っちゃってごめんねー」


 効果はてきめんだったのか、二人は青筋を立てつつマシンガンを乱射し始めた。


「「死ねやゴラァ!」」


 見事にハモった怒声とともに、2つのマシンガンから同時に弾幕が張られる。


 シールドを再度展開し、身を低くして地を蹴る。眼前で繰り広げられる弾幕とシールドの衝突。その音はまるで窓に土砂降りの豪雨が当たる音の様にけたたましい。


 だが所詮はその程度であり、雨がガラス一枚をも突き破ることが無い様に銃弾の雨もシールドに傷一つ付けることは出来なかった。


 片や下っ端二人は打ち尽くし、カチカチとクリック音が虚しく響くマシンガンの引き金をバカのひとつ覚えのように引いている。


 隙だらけの次男の前へと躍り出て首を切り飛ばす。眼の前の光景に唖然としていた長男に向けて、俺は最後に煽り返してやった。


「熟練者の立ち振舞いってのは、初心者に良いようにけなされてから負ける事を言うんだな、参考になったよ」


 そして俺は長男の左胸を貫き、斬り上げることで三人を傷一つ負わずに討ち取ったのだった。

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