第11話 アバタークリエイト

 無事に充電用のケーブルを手に入れた俺は、自分が運転した車で割り当てられた自室に戻っていた。


「さて、コンセントに突っ込んで充電しねーとな…………」


 そうぼやきながら壁を見渡すが、辺り一面ツルツルとした、SFに出てくるような壁で構成されておりコンセントは見当たらない。


「……まさか」


 嫌な予感がする。今手にしているこの充電ケーブルだって百年前に新規製造を打ち切った物だ。ならそれを使うためのコンセントもとうの昔に廃止されたのでは無いか?


「どうかした?」


 そう後ろから声をかけてきたのは、外行きオタクではなく部屋着少女の格好をした葵だった。


 その顔はニヤけを隠せておらず、いかにも「してやったり」と言いたそうな表情である。


「いやな、この部屋コンセント無くないか?って思ってたところでさ」

「コンセント開設してあげようか?」

「どれ位かかる?」


 葵はニヤケ顔を止め、急に神妙な顔になって答える。


「900万」

「絶対ボってるだろそれ!?」

「やだなあ、相場はこの5倍以上だよ?」


 その答えに思わず閉口してしまう。たかがコンセントを増やすだけで5000万。新築一戸建てが余裕で買える金額であり通常であれば払わない一択だ。


 だが、俺の場合はそうもいかない。


 スマホが充電できないということはMWOに参加出来ず、親父に会えない可能性が高い。


 つまりは元の時代に戻れなくなるわけだ。


 流石にそれだけは避けたい。そのことは葵も分かっており、俺をおちょくる為にこんな事をしているのだ。


「まぁ、MWOの上位ランカーには賞金出るからそれで払えるよ。だからほら、開設しよ?」

「詐欺っぽい言い方だな……」


 要は勝てなきゃ借金地獄、背水の陣を敷くわけだ。考える余地すら無い。俺にはこの方法しか取れないのだから。


 はぁ、とため息をついて葵が期待する答えをそのまま返す。


「わかった。コンセント頼むわ。ただ、こんなに吹っ掛けたんだからさっさとやってくれよ?」

「はいはい。工事用のロボット呼んでくるから外で待ってて。あ、ちゃんと充電できるかスマホを――」

「渡すわけ無いだろ!?確認の際は俺も同席する。お前にスマホを渡したら何されるか分からん!」


 そう言い残してエントランスへ行くと、工事自体はものの数分で終わったらしくすぐに呼び戻された。


「終るまでどこで時間を潰そうか」なんて考えていた自分が恥ずかしくなるくらいあっさりと終わり、正直この数分に900万も払ったと考えるとやはりボってるとしか思えない。


 念の為バウゼルに調べさせた所、葵の言う通り相場は5000万からだった。


 なんとも言えない感情を抱えつつも、こうして俺は初日から1000万の借金をすることになった。


 どうぶつしか住まない森に店を構える商魂逞しいタヌキでさえ初日からこんな高額な借金は吹っ掛けないだろう。


「はぁ……この年で借金1000万とか冗談じゃねぇっての」


 葵とロボットが去った自室で、一人ベッドに寝転んで居た俺は、そのすぐ右の壁に取り付けられたコンセントから給電しているスマホをいじっていた。


 結局、充電するまで放置していたSNSは炎上に炎上を重ね、通知は優に千を越えるかという具合で一つ一つ読むなんてとてもじゃないが出来なかった。


 それらの中身を見ずに全て消し、改めてSNSの返信を見返すと誹謗中傷のありがたい言葉まで貰っている始末だ。


『こういう奴程下手くそ』だとか『結局負けてるwww』だとかの言葉は特に響かない。むしろ200年経っても草生やすスラングが生きていたところにビックリする。


 ただ、『ミリタリーな服装に日本刀www』『ファッションセンス無さ過ぎだろ』などの言葉は妙にぐさりと刺さる。


 フチカや葵の服装を思い出してみると、どれもコンセプトが纏まっているというか、全体的に統一感がある。


 おそらく、上位ランカーは身なりもきっちりとしているのだろう。あくまで想像だが。もし、俺がこのままの格好で彼女らの中に混じったとしたら。


『ドレスコード理解してない田舎者かよ』とか言われることこの上ないだろう。


 そして、止めがこの言葉だった。


『ろくに弄ってない服装で無双とかスマーフ乙』


 よりにもよって俺がスマーフしてるだぁ?冗談じゃねぇ。というか服装で人の行いを判断するな。ファッションセンス無いやつが泣くぞ。


 いいだろう。そこまで言うにはアバクリでてめぇらを黙らせるようなアバター作ってやらぁ。


 勢いに任せアバクリを起動するようにバウゼルへと命じる。


(バウゼル、アバクリの起動を頼む)

『畏まりました。意識が転送されますのでご注意下さい。5…4…3…2…1』


 スマホを取り落とさないように枕元へと置き、仰向けになってカウントダウンの終わりを待つ。


 眠りに落ちる感覚を覚え、瞼が急激に重くなる。その感覚に抗わず、脱力した状態でいるとガクリ、と負荷がかかる。


 まだ慣れない仮想空間への突入を終えた俺は閉じていた瞼を開くと眼の前の光景に目を疑った。


 まず目に入ったのは体全体を映せるほどの大きさの姿見。金で縁取られたそれは真っ白な背景にポツンと置いてあった。


 真っ白な部屋の中にあるのは姿見と、その横にあるクローゼットだけ。それ以外は何もなく、殺風景極まりない世界だった。精神と時の部屋かよ。


(なぁバウゼル、背景変えることはできないのか?白一色じゃ日常生活での色味とか分からない様な気がするんだが)

『命じていただければ背景やライティングの調整は致します』

(わかった、サンキュな)


 仄かな疑問を解決したところで、俺はここに来た目的を遂げるために気合を入れる。


 んじゃ、始めるとしますか。見るもの全てを黙らせることの出来る見た目への変身をな!


 六時間後。


「出来ねぇー!!」


 俺は頭を抱え、膝から崩れ落ちていた。


 その理由は勿論、納得の出来るキャラクリが出来ていないからであり、その原因はなんとなく分かっている。それは自由度が高すぎることだ。


 俺がいた時代でのキャラクリといえば、大体が顔と体型を数パターンから選択し、そこから目や口などの部位をまたもやパターン分けされたパーツから選択するというのが主流だった。


 キャラクリに力を入れているゲームや、MODを導入出来るゲームはそれよりも細かく、部位ごとの大きさをいじることができた。


 目の大きさから腕や脚の長さ、胴体の周囲まで。多種多様な調整範囲を揃えているゲームはあったが、今俺が行っているアバクリはそのどれをも上回ると断言できる。


 なにせ顔を自分で引っ張って細かい調整まで出来るのだ。マ○オ64のスタート画面かよ。Rボタンが無いから引っ張っても戻るじゃねぇか。


 そんなツッコミを入れつつ、自分の顔をあーでもないこーでもないとこね繰り回していくも、結局顔を含めた体全体は変えずに服装だけ変えることにした。


 理由は単純。葵とフチカにいじられたくなかったからだ。


 例えば、Vアバの身長を少し伸ばして作ったとしよう。リアアバを知っている二人はこう思うだろう。


『ああ、もう少し身長欲しかったんだな』と。


 キャラクリをしたことがある人なら分かると思うが、自分が作るとなるとどうしても理想を盛り込みたくなる。


 そしてそれは逆説的にコンプレックスの裏返しである。だからこそあのときフチカは『リアアバは裸みたいな物』と喩えたのだ。


 見せたくないところも見せてしまう、等身大の自分という意味で。


 というわけで顔や体型などはいじらず、服装だけを変えることにした。それで、肝心の服装なのだが…一度袖を通してみたい衣装があったのでそれをクローゼットから探す。


 日本刀に合う格好。そう言われて思い浮かぶのは一つしか無い。


 そう、スーツだ!


 え?和服?そんな物安直過ぎるしSFっぽいこの時代には些か時代錯誤じゃないだろうか。


 ともかく、プロゲーマーとして活動するとなると着る機会がなかったのだ。だからこそ、好きな格好を出来るこの時代では着てみたい。


 特に着てみたいのがジャケットの中にベストが入っている、あのタイプだ。ログインしていない時はベストだけで少しラフに、戦闘時にはジャケットも羽織り正装で挑む。


 結構サマになるはずだ。よし、早速試着と行こうじゃないか。


 そう意気込んだ俺は、クローゼットの中からジャケットとパンツのセット、適当に選んだソックスを取り出そうとするが、そこに待ったが掛かる。


【所有ポイントが足りません】


 視界のど真ん中に、赤字でこの様なメッセージが表示されていた。取り出そうとしていた品物たちもいくら引っ張ろうとも微動だにせず、止む無く離すしかなかった。


 手から離れた品物たちはまるで自我を持ったかのようにクローゼットの中へと戻ると、ご丁寧に扉まで閉めていった。


 俺はその光景を見終わると、バウゼルに説明を求めた。


(ポイントって何のポイントだ?)

『マスター、本機からご説明させて頂きます。アバタークリエイトで使用できる機能や服装の内、一部の人気が高いものはゲーム中の戦績で獲得できるポイントで購入が可能です。今回はそのポイントが足りなかったが故に購入できませんでした』


 なるほど。アバクリで作ったVアバは現実世界でも投影が可能だ。現実でおしゃれをしたい人達にもゲームをやるきっかけとして実装されているのだろう。


(で、何が引っかかったんだ?)

『ソックスです。コチラは有名ブランドが手掛けた――』

(あー、そういうのは良いや。ブランドには興味ないし。同じ黒のソックスを適当に選ぶわ)


 またもやクローゼットの扉を開け、適当な黒のソックスをひっつかんで外へ出そうとする。またもやポイント不足の警告が表示されるかとヒヤヒヤしたが、杞憂に終わった。


 その調子でジャケット、ベスト、パンツ、ワイシャツ、ベルトに革靴とスーツ一式を取り揃えていく。


 それらを身に着けていき、革靴まで履き終わると姿見で確認する。


「よし、どっからどう見ても通勤途中のサラリーマンだな……ふぁ」


 納得した俺は思わず独り言で自画自賛するも、欠伸でそれを遮った。アバクリを始めてから六時間。スマホの画面を確認すると夕飯の時刻さえ過ぎ、もう寝る時間に差し掛かっている。


 今日はここまでにしよう。そう思った俺はアバクリを終了し現実世界のベッドで床に就くのだった。

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