予選に向けて

第10話 ケーブル一本がこのお値段!

 一足先に所長室から出た俺とフチカは、エントランスホールの一角に座って変態……もとい葵が出てくるのを待っていた。


 初対面な上、もともと口数の少ないフチカ。並んで座っているだけでこれと言った会話は無い。


 流石に沈黙が気まずくなってきた頃合いであり、俺は堪らず切り出した。


「そういや、フチカのその姿はリアルアバターなのか?」

「……違う。リアアバは裸みたいなもの。他人に見せるなんて……よっぽどの事じゃないとしない……」

「えっ」

「そういえば拓人……ゲームの時と違う……リアアバ?………………露出狂……?」

「違うわ!」


 ミリタリー風Vアバではなく、ジャージ姿リアアバの俺を見て、首を傾げて問いかけるフチカにツッコミを入れると彼女はくすりと笑ってみせる。


「ふふ……冗談……」

「そ、そうか。ただ、葵はフツーに見せてくれたが?」


 俺の答えに、フチカは少し眉をひそめて予想を口にする。


「…………大体予想できる。リアアバ見せる代わりにスマホ頂戴って要求した……?」

「あー大体合ってる」


 俺がそう答えると、彼女は苦笑してから再度口を開く。


「葵は古いスマホには病的なこだわりがある……。にしても、葵のリアアバ…………気になる」

「さっきの話を聞くと、流石に本人に許可取らないと話すのは気が引けるから我慢してくれ」

「……分かった。ちゃんと本人から聞く……」


 リアアバが裸に例えられるなら、それがどの様な見た目だったのかを話すのは、さながら裸の写真を本人に許可を取らずに見せびらかしている様なものだ。


 いくらなんでも俺だってそれくらいの常識は持ち合わせているつもりだ。


「そういや二人は知り合ってどれ位なんだ?」

「……私がフリーで活動してた頃からだから、ざっと4、5年……?」

「結構長いんだな。その頃から葵はココの所長だったのか?」

「うん……あの年の準優勝で得た賞金でココを設立して、所長になってスカウトしてたから……」


 ん…?準優勝?どの大会のだ……?

 そう疑問に思った俺はそれをそのまま口にする。


「初耳だな、その話。ちなみにその準優勝ってどのゲームタイトルだ?」

「聞いてない……?MWOモバウォのシーズン4……5年前に開催された大会からずっと準優勝……」

「はぁ!?アイツがニ位!?」


 その言葉を信じられない俺はスマホを弄くりフレンドリストを表示させる。


 リストには現在のクラスと攻撃力などのパラメータの他、過去の戦績が表示されるのだ。


 フチカと葵、二人しか載っていないリストにはたしかに四位と二位の表記があった。


『白縫衣フチカ スタンダードカップNo4』

『芹沢葵 スタンダードカップNo2』


 しかも、フチカの方は最近5シーズンの結果が4位から8位まで順位が安定していないものの、葵はずっと2位をキープしていた。それはフチカとの差が歴然としていることを示していた。


 ……マジかよ。


「いやーお恥ずかしいですなぁ」

「うぉあああ?!どっから湧いて出た!?」


 いつの間にか俺たちの前に居た葵に驚き立ち上がると、葵は頭をぽりぽりと掻く。


「いやはや、お待たせして申し訳ありませんなぁ。では参るとしますかな」


 そう言って出口へと向かう彼女の背中を追って、俺とフチカも外へ出る。ビルの中腹からせり出すようにして伸びているカーポートまで移動しつつ、俺はふと湧いた疑問を口にする。


「そういえばなんでワープ技術が確立されてるのに車で行く必要があるんだ?そっちのワープしたほうが手っ取り早くないか?」


 先をゆく葵は顔だけこちらに向けてその答えを返す。


「それはですなぁ、一言で言ってしまえば不可能だからという答えになりますな」

「不可能?」

「……法律でワープ出来る範囲が決まってる……同じ建物内だけ……」

「もちろん運送業者等は特例で、会社の倉庫から顧客の家とかに送る事が認められてますがな」


 そういうものなのか。


 まあ確かに、人の家にワープしたら家主が入浴中で「の○太さんのエッチ!」みたいなことになることも考えられる。


 ああ、だから俺がここに来た際もワープで来たのか疑われ、通報されたってたわけだ。


「細かいところはともかく、ワープで移動できないことだけは分かったし、車で行くしかないな……」

「よし、では拙者の運転で……」

「待った!フチカ、頼めるか!?」

「拓人氏、それは……」


 さっきみたいにゲロ吐く寸前まで酔いたくない。その一心で葵を止めてフチカに振る。


「……任せて」


 彼女はんふー、とドヤ顔をすると止めてあった四人乗りの車――オープンカーの様に座面の上が空いているタイプ――にひらり、と飛び乗る。


 次いで俺が助手席、葵がその後ろに乗り込むと、


「……飛ばすから掴まって」

「えっ」


 そう呟くと同時にアクセルを全開にした。


「お"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」


 その急な加速は葵の運転よりも激しいもので、ジェットコースターのほうが百倍マシだった。


 ――――――――


「オロロロロロ………」


 十分後。俺は盛大に吐き散らかしていた。


 目的地に着き停車した瞬間、ドアを蹴破るようにして飛び出し、カーポートの端から顔だけ出している形で胃の内容物を吐き出していた。


「ハァハァ……ハァ………フチカお前……殺す気か!」

「何事も……速い方がいい……」

「だからって……限度ってモンがあるだろ……うぇっ……」

「だから拙者は止めたんですがな……」


 そうぼやく葵の言葉を背中に受けながら、またもやせり上がってくる胃液混じりの物体を外へと追いやる。


「あ"ー……なんとか落ち着いてきた……帰る際は絶対俺が運転するからな!お前らに任せたらまた吐きそうだ!!」


 そう喚く俺を、二人はやれやれといった様子で見つめると、踵を返して目的地へと進む。


 俺たちが来ていたのはドームを模した建物である。葵が言うにはココにはスマホの部品が揃っており、ケーブル類も買うことが出来るらしい。


 その入口に向かいながら、俺は葵とフチカに疑問をぶつける。


「にしてもなんで部品だけ取り扱ってるんだ?もしかして修理は自分でやらなきゃいけないとかか?」

「……それもある、けど……違う」

「さっき拙者の戦績を確認したとき、何かに気付きませんでしたかな?」


 そう言われて、歩きながらスマホを弄ってもう一度フレンドリストを開く。


 そこに書いてあったのは葵とフチカの戦績だが、二人して『スタンダードカップNo○』という表記だった。


「スタンダードカップ?もしかして他にもクラスがあるのか?」

「御名答!スタンダードともう一つありましてな、モディフィケーションカップ、通常MODモッドカップというものですなぁ」

「……ふたつの違いとしては……スマホが正規品かそうでないか……」


 正規じゃないスマホって何だ?違法な香りがプンプンするぜ。


「そもそも非正規のスマホってなんだよ。技適マーク付いてないとかか?」

「……ココにあるパーツ群を組み合わせて作ったスマホの事……」

「はぁ!?自作スマホだぁ?」


 友達のスマホが壊れたときに、修理代をケチろうと一度分解してみたことがある。


 結論から言うと、超の付く精密機械を素人がどうこう出来るはずもなく、却って高くついたのだ。そんな代物を、この時代では自作できるのだという。


「つまりメーカーが出しているスマホはスタンダード、自作スマホはMODカップ、といった感じに住み分けてるんだな」

「流石理解が早くて助かりますな。スタンダードに参加出来るスマホはスペックにばらつきはあれど合計値は大体画一化されておりましてな……つまり全部Sとかのチート染みた物は無いということですぞ」

「……対してMODカップは全部S以上がほぼ前提……個人的にはクソゲーの部類……」


 相手がどの様なスペックの機種を使っているのかを読むのも戦略の一つに入る。それが無いということはたしかに少し味気ない気はする。


 そんな会話を交わしながら建物の中へ入る。


 内装は金属質な壁と天井ではあるが、所狭しと並べられた基盤などのパーツが元の時代にあるPCパーツを取り扱ってる店のような雰囲気を醸し出していた。


 それらを眺めていると、突如として声をかけられた。


「葵さんがご友人連れて来店するなんて珍しい!こりゃあ明日は雨ですかね!?」


 そう言いながらカウンターから顔を出したのは鍛冶屋にいそうな風貌をした大男。浅黒い肌に分厚い胸板と丸太のような腕は些か、というよりも大分この場には似合わない。


「ココでは雨など降らないことは店主氏もお分かりでしょうに」

「比喩ってもんでさぁ。で、本日は何用で?」

「前々から欲しがっていたUSBtypeCのケーブル、あれがついに必要になりましてな。持ってきて頂けますかな?」


 あいよー、と言いながら店主はバックヤードに姿を消し、数分も立たないうちに梱包されたケーブルを持って戻ってきた。


 なんの変哲もない、至ってスタンダードな充電ケーブルだ。コンセントのアダプタからUSBtypeCが伸びている、お馴染みのあのタイプ。


「で、店主さん。これいくらだ?」


 俺が値段を聞くと、快活な声で答えが返ってきた。


「百万円だね!」


 いくらなんでもただのケーブルが百万も掛かるはずがない。大阪でよくある百円のことをふざけて百万円ねって言うアレか。


 俺はそう理解して赤ジャージの右ポケットを探り、出てきた百円玉で精算を済ませようとするが……


「おいおい、冗談よしてくれ兄ちゃんよ。それ旧時代の百円じゃねーか。ちょっとは値の張るモンだが流石にそれだけで百万のシロモノを譲るのは出来ねぇ相談よ」

「マジで百万なのか!?たかがケーブル一本で!?」


 ピュアオーディオ界かよ!?いや、金メッキすらされてねーのにこの値段はそれよりも酷い!物売るってレベルじゃねーぞ!


「たりめぇよ!このケーブルはもう百年前に新規製造を打ち切ったモデルでな、喉から手が出るほど欲しいってやつが何人もいるわけよ」

「えぇ……俺のいた時代じゃ高くて千円くらいだったぜ……」


 予想外の展開に戸惑う俺を見かねてか、葵が助け舟を出してくれた。


「なに、問題は有りませぬ。そのケーブル、拙者が買わせていただこう」

「葵……ありがとな」

「出世払いで構いませんぞ」

「金取んのかよ!」


 くそったれ!と言いかけたのを我慢して、渋々したがった。結果として、俺は葵に百万の借金をすることになったのだった。

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