第12話 未来の食事

 俺は一人、グリッドで仕切られた見渡す限り灰色の空間に立っていた。


 この殺風景な場所を俺は知っている。この時代に来る前にやっていたVRゲームのロビーだ。


 きょろきょろと辺りを見回す俺に、背後から声がかけられる。


「あなたが拓人さんですか?よろろで〜す」


 その声はとても澄んでおり、否が応でも声の主が美人であることを思わせる。その期待感に従って振り向いたその先に居たのは、端的に言えば化物だった。


 マッチ棒の様にガリガリな手足をしているが胸部には脂肪を蓄えた、ロリ巨乳を勘違いして作られたかのような体型の上に乗っている顔には、その面積の内約半分を占めるほどに肥大化した目が見開かれており、対照的に口や鼻は小さく、顎は尖っていた。


 それらの顔パーツは身長と同じくらいの異常に長い金髪によって覆われており、キャピキャピとしたモーションに引っ張られてそれを振り乱す姿は金髪の貞子を想起させる。


 総合すると、およそ人とは呼べない何かだった。


「うおあああああ!!!!!」


 ガバリ、と上半身を勢いよく起こす。慌てて周囲を見渡すと金属質な内装が広がる自室だった。


 あれは夢だったんだ。そう実感して胸を撫で下ろす。


「しっかし、キャラクリという単語だけであのゲームやってたときの悪夢まで見るとか、本当にトラウマになってたんだな」


 俺が居た2020年は、ようやくVR世界で自分の作ったアバターを通じてコミュニケーションが取れるゲームが開発された頃で、俺は意気揚々とプレイするも、あることをきっかけに止めた。


 あまりにもその…人知を超えたキャラクリ精一杯オブラートに包んだ表現をする奴らが多く、中途半端にリアルさが混じった彼らのアバターは見ただけでSAN値をごっそりと削られるような代物にまで変容していたのだ。


 さっき見た夢がその記憶。


 友人から『可愛い子がいっぱいいるぜ!』なんて誘われてあんな怪物が出てきたら誰だって逃げ出したくなる。


 当の友人の様に可愛さの基準がぶっ壊れていなければあんな所、地獄にしか思えない。


「どうしたの?なんか叫んでたようだけど」

「おま……!ノック位しろ!」


 突然掛けられた声に驚き、振り向きながら葵へ返事をするが、当の彼女は首を傾げて問いかける。


「ノックって言っても、どうやって?」

「……たしかに」


 ここはドア自体が無く、部屋から部屋へワープして移動をする。必然的にノックをしようがないのだ。


「んじゃあれだ、ワープを俺の許可なしにできない様にする機能位あるだろ。それ有効化してくれ」

「いいよ?まぁ所長権限で私には効かないけど」

「本末転倒じゃねーか!……で?何の用だ?」


 俺はそう言いながらベッドから立ち上がり、伸びをしながら答えを待つ。


「一緒に朝食でもどうかなって」

「まともな返答が帰ってきてビックリだ。ちょっと待ってろ。アバター変えるから」


 そう答えてリアアバジャージからVアバスーツへと切り替える。


「へぇ〜。スーツにしたんだ。いいじゃん似合ってるよ」

「元の時代じゃ着る機会なかったしな。折角の機会だと思ってさ」

「あーわかる。プロとして活動するとなるとスポンサーが提供するシャツとか着ないといけないもんね。それで腕組みするんでしょ?」

「それはこの時代でもあるのかよ……」


 何故ラーメン屋の店主とプロゲーマーは写真を撮るときに腕組みをするのか。それは長年の謎である。


「まぁ、そんなどうでもいい話は置いといてメシ行こうぜ。腹減ったわ」


 思えば、この時代に来てから夕飯すら食べておらず、空腹は限界に達していた。新作ゲームをしている時は空腹も忘れて没頭し、終わったときにこの様な状態になっていることは二度三度では無い。


「そうでござるな。では参ろうか」


 いつの間にか外行きオタクの格好に変わっていた葵の先導で、何処かへワープする。


 食事をする所、といえば食堂を思い浮かべるがこの時代にそんな場所はあるのだろうか。


 そんな心配はワープした先の光景を見た途端に吹き飛んだ。数十人を越える人々がごった返すその空間には出来たての料理のいい香りが立ち込め、ワイワイと料理を囲む人々の活気が満ちていた。


 部屋の造りは高校時代に毎日通っていた食堂と全く同じで、四人がけのテーブルが立ち並ぶ箇所に加え、互いに対面する形式の二人がけの席もチラホラあった。


 そして食券機ももちろんあり、食券を出して料理を待つ所正式名称何て言うんですかねココもある。


 ワープしてきた地点から動かず、きょろきょろと周囲を見回していると不意に葵のいる右方向から声を掛けられた。


「所長、おはざっす。……誰すかそいつ?」

「おはざっす、所長!新入りッスか?」


 入り口付近、二人がけの席に座っていた金髪の男二人が箸を置いて挨拶をしてきた。見た目はヤンキーっぽいが礼儀正しいギャップに驚く。


「おはようございますですなぁ二人共。こちらにいる拓人氏はいかにも新入りではありますがただの新入りではなくいわば期待の新星というものですぞ」

「「へぇ〜」」


 二人は気の抜けた返事をしたかと思えば俺の事を一瞥し、すぐに食事に戻った。


 それから二、三度同じ様なやり取りをしていた所、不意に後ろから袖を摘まれる。誰かと思い振り返るとフチカだった。彼女は眠たげな眼を右手で擦りながら、いつも以上に少ない口数で挨拶をする。


「……拓人……おはよう……」

「ん、ああ。おはよう」


 それに返事をしたその時だった。背中に夥しいほどの殺気を感じ取る。たやすく振り返ることもできないためイマイチ状況は掴みきれないが、聞こえてくる声でなんとなく判断できた。


「おい、誰だよアイツ……所長はともかく白縫衣さんと一緒にメシとか羨ましい」

「俺なんて声すら掛けられた事無いのによ……」

「マッチングしたら瞬殺してやる……覚えとけよ……」


 先程までの和やかさが一転、なんとも居づらい場所になってしまった。だが、隣に居た葵は能天気に話を進める。


「おお、フチカ氏。おはようございますですなぁ。一緒に朝食など如何かな?」

「……元から……そのつもり……」


 こうして俺は二人に連れられて嫉妬と殺意が渦巻く地獄へと案内される。


 威圧感と共に刺々しい視線を一向に集めながら、食券機へと足を運び朝飯を決める。俺としては「何でも良いから早く食べ終わりたい」が第一優先事項だった。


 レパートリー豊富なボタンを半ば無視するようにして適当に押し、出てきた食券をさっさと取って食堂のおばちゃんの元へ駆け寄った。


「お願いします」

「あら珍しい、このメニューが出るのは久々ねー」


 おばちゃんの返事に、手元の食券に書かれた言葉を確認する。そこには見慣れない単語が書いてあった。


【ディストピア飯】


 何だこれは。単語からはどんな物が出てくるのか想像がつかない。戸惑っている俺をよそに、追いついた葵とフチカがそれぞれ食券を渡す。


「カツカレー大盛りでお願いしますぞ」

「きなこ餅……5個……」

「はーい二人共いつものねー。それと、ディストピア飯お待ちどうさん」

「早!一分も経って無くないか!?」


 驚きつつも受け取ったそれは、長方形を仕切りで4つに分けたプレートに乗っかっている、色とりどりのペーストだった。


 見た感じはエヴァンゲリ○ンでシ○ジ君が食ってたアレそのまんま。


「あ、あー……。これはまさにディストピア飯だな、うん」

「珍しいですなぁ。それを好んで食べる人は居ないと思ってたんですが」

「じゃあメニューから下げろよ!ハァ……席取っとくわ……」


 お願いしましたぞー、と葵の返事を背中に受けて、俺は空いている四人がけの席を見つけて窓際に座る。


 ふと外を見ると、近未来的な光景が広がっている。元の時代らしさを持つ内装から広がるその光景に少し違和感を覚えつつも、手持ち無沙汰な俺はぼぅっとその光景を眺めていた。


「チッ……リア充がよ…」

「絶対殺す……絶対にだ……」


 俺の背後には男が四人座っており、ギリギリ聞こえるくらいの声量で呪詛を吐いていた。だが、それも葵とフチカの二人が座った途端に止んだ。


 三人揃ったところで手を合わせ、いただきますをすると早速食事を進める。


「餅は癒し……」

「ハムッハフハフッ、ハフッ!!」


 んふー、と至福の表情できなこ餅を頬張るフチカ。そしてカツカレーにがっつく葵。二人共幸せそうに食べている。


 それに比べて俺はどうだろうか。これはただ単に栄養を補給するためだけの物であり、食事とは言い難い内容である。


 味がそれほど悪くないことだけが唯一の救いか。


 ペースト状の物体をスプーンで掬って口に運ぶ。その単調な味付けは、俺の思考を目の前の食事よりも今後どうするか、という方向に持ってゆく。


 元の時代に帰るにはMWOのチャンピオンになることはほぼ必須。だが、俺の今の実力じゃ眼の前にいる二人2位と4位に歯が立たない状態だ。


 ぼうっと二人の事を見つめていると、葵が俺の視線に気づいたのか頬張っていたカツを飲み込んでから言った。


「どうかしましたかな?拓人氏。あ、そんなに見つめられてもカツカレーは渡しませんぞ」

「食事のことじゃねぇ!まぁ適当に選んだのは後悔してるが……じゃなくてな、これからどうしようかって悩んでたんだよ」

「……どういうこと?」


 2つ目の餅を飲み込んだフチカが加わってきた。俺は率直に今やりたいことを伝える。


「強くなりたいんだが……どうやって腕前を上げようかと考えてたんだ」

「なら、拙者に妙案がありますぞ」


 カレールゥを口の端に付けた葵が、ニヤリと悪巧みをする顔でそう答えた。俺はその内容に嫌な予感を覚えながらも、ひとまず内容を聞くことにした。

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