第13話 新入り討伐戦

 朝食から一時間後。俺は早くもMWOへとログインし、激闘を繰り広げていた。


 舞台は元の時代の閑静な住宅街といったところで、丁字路のど真ん中に俺は釘付けにされている。


 前方から後方に抜ける道と、右手に伸びる道。それらの両方にはすでに七人のプレイヤーが陣取っている。右手と後方にはそれぞれ二人、前方には三人といった陣形で道を塞ぐ。


「死ぃぃいねぇええええ!!」


 前方の三人の内の一人、白いスーツを着た男は飛び上がるように俺との距離を詰め、奇声と共にドスを振り下ろす。俺はそれを頭上に両手で構えた日本刀で受け止めると、距離を取るため力任せに押しのけた。


 次の瞬間、右方から光弾の群れが襲い来る。それらをシールド一枚で防ぐと、先程とは別の男が背後から距離を詰めてくる。


 俺はソイツの足元に握り拳大のシールドを生成し、足を引っ掛けて転ばせる。勢い余って俺の右足のそばへと差し出された背中へ右手に持った得物を垂直に突き立てた。


 右手の感触だけを頼りに、彼が消えるのを見届ける間もなく視線を前へと戻しつつ胴体から抜き取った刀を両手で構え直す。


 前方からもサブマシンガンを構えた敵が右方のやつと連携して十字砲火を仕掛けようとしていた。


 その前にどちらかを切り捨てないとジリ貧になる。そう判断した俺は前へ駆け出そうとするも右足は何故か動かない。


 視線をそちらへやると、死に損ないが左手で俺の右足をつかんでいた。


「ヘッヘッヘ……くたばりやがれ…」

「チィッ!」


 舌打ちをしつつ、その左腕を切り飛ばして射線を切るように左手の塀を乗り越え、それを壁にして寄りかかる。


「…ッゲホ!ハッハッ……」


 息を整えるついでに、今までの経緯を思い出す。


 何故彼らは俺だけを狙い、互いに助け合っているのか。それは一時間前に聞いた葵の妙案にあった。


 ――――――――


「今から第131回、非公式セラフカップを開催しますぞ!」

「非公式セラフカップ?」


 食堂で食事をしていた葵は突如、そう叫んで席を立った。いきなりの事態に驚き、理解が追いつかない俺へフチカが説明してくれた。


「……日頃の鍛錬を欠かさないように唐突に開催されるトーナメント……優勝者には賞品が出る……」

「131回って、相当な回数やってんだな……で、今回の賞品は何なんだ?」


 立ち上がった葵を見上げて俺はそう問いかけると、意外な答えが帰ってきた。


「我がセラフのアイドル、フチカ氏との一日デート権!」


 その瞬間、食堂の空気が変わる。あるものは雄叫びを上げ、またあるものは周りの者を敵を見るような眼で見渡した。


 だが、それも葵の次の言葉で一旦は落ち着く。


「今回はいつもとは違うルールにしますぞ。詳細はスマホに送るので確認されたし」


 そう言って葵は着席し、何事も無かったかのように食事を再開した。俺はルールが気になったのでペーストをかきこむようにして平らげ、スマホを確認する。


 そこに書かれていた文字は、眼を疑うものだった。


【新入り討伐戦】七人のチームを組み、一チームずつ新入りの孫方拓人と戦う。ゲーム終了時チームメイトが一人でも残っていれば勝者として扱われ、チーム全員が賞品を手に入れることが出来る。


「おい葵、何だよこのルール!俺にとって滅茶苦茶不利……」


 文句を最後まで言い終わる前に、食堂全体から先程以上の殺気を向けられていることを感じ取り押し黙る。


 ああ、妙案ってそういうことかよ……。これで戦闘経験積めってか。やってやろうじゃねぇか。


 ニコニコとカツカレーを頬張る葵を半ば睨みながら、俺は最後まで勝ち抜く決意を固めた。


 ――――――――


 時間を現在に戻そう。


 こうして、1対7という圧倒的不利な状況で俺は本日5戦目を迎えていた。


 戦況はコチラは無傷、相手方は七人から六人へと減った状態。その六人は近接タイプファイター遠距離タイプガンナーが一対一の割合で、それぞれ三人。


「よし…休憩終わり」


 居場所がバレた今、一つの場所に長く居座るのはデメリットでしか無い。俺は寄りかかっていた塀から距離を取り、強引に突破してこないか振り返って確かめる。


 それと同時にコンクリで出来た背後の塀からドスの刃先が飛び出した。それは縦横無尽に移動したかと思えば、塀はいくつかの欠片に加工され、蹴り散らされて辺りに散乱した。


 塀だった物はもう膝下辺りの高さしかなく、遮蔽物としては役に立たなくなっていた。それを跨いで来るプレイヤーは二人。向かって左の奴は白の、右は黒のスーツを身にまとい、いずれも右手にドスの様な得物を持っていた。


「ちょこまかと隠れてんじゃねぇよ!」

「さっさと死に晒せやぁ!!」


 二人は自身の発言を実現しようと早速こちらへ向かってきた。


 馬鹿かコイツら。二人いるという数の有利を充分に活かしきれてない。一人を数で囲んで力任せに潰せるのは囲まれた側の腕前が優れていないときだけだ。


 連携するなりして相手の退路を断つ、動きづらい場所へと押し込む等の工夫なしに、力押しで獲れる首だと思ってんのか?この俺を?


 下に見られていることに苛立ちながら、我を忘れないように努めて冷静を保つ。


 突進してきた二人のうち、向かって左側は先程と同じく早くも得物を振り上げていた。射程内に捉えたらすぐさま振り下ろすつもりだろう。


 最速で攻撃を繰り出せる良い手ではあるが、今の場では悪手だぜ、それは。


 俺は右前方へ躍り出て、振りかぶっている白スーツとの間に黒スーツを挟むように立ち回る。


 こうすることで白は黒が邪魔で攻撃出来ず、数の有利なんてものは無くなった。


「あ……?」


 突然のことに驚いた黒スーツは一瞬反応が遅れ、格好の的だった。その首を横薙ぎに振るった一撃で切り飛ばす。


 その光景に気を取られた白スーツの胴へと日本刀を突き刺し、胸を蹴って強引に引き抜くと同時に仰向けに倒す。


 痛みにもがく白スーツの首めがけて刀を振り上げ、一言だけ詫びを入れてから振り下ろした。


「悪いな。こっちも必死なんだ」


 先程の様に、仕留め損ねた奴に妨害されることを考えて必ず一撃で仕留めるように動くしか無い。そうしないと負ける。


 光の塊となって消える相手を見送りつつ、振り返って状況を再度確認する。


 切り崩された塀からはまっすぐ伸びる道があるが、そこには誰も居ない。つい先程まではガンナーが一人いたはずだが、先程の襲撃に乗じて射線を通しやすい場所へ移動したのだろう。


 塀に開けられた穴の両脇に、道へはみ出すようにシールドを展開し、顔を出して確認する。それと同時に左右のシールドに弾幕が浴びせられた。


 着弾してからすぐに顔を引っ込めたが、残り四人の位置は分かった。


 左側にガンナー二人、右にはファイターとガンナーが一人ずつ。丁度俺を挟み撃ちにする形だ。


 位置を変えられる前に奇襲に入る。狙うはガンナーしか居ない左側。俺のプレイスタイルからして一番厄介なのは遠距離からも攻撃できるガンナーであることは明白だ。


 左の家との境目にある、身の丈以上の生け垣を強化した身体能力で軽々と飛び越えてお隣へ。それを二回繰り返すと、道に面するコンクリ塀から話し声が聞こえてきた。


「おい、これからどうするんだよ。アイツ移動するんじゃないのか?」

「つっても、指示なしに移動出来るかよ」


 ビンゴだ。にしても、連携が取れてない急造チームらしい会話だな。そんなことはさて置いて、どうやって奇襲をかけるか……。


 数秒考え込むと一つ案が浮かんだので早速実行に映す。二階建ての屋根へ道から見えない所から登り、そして上から奇襲をかけた。


 落下の勢いを乗せた太刀筋で一人を袈裟懸けに斬り裂く。二人目に取り掛かろうと視線をやると、応戦しようとサブマシンガンを構える最中だった。


 良い反応だ。だが手を伸ばせば届くこの距離では銃器よりも刃物のほうが速い。


 射撃される前に首を飛ばす。二人の傷口からは勢いよく光の粒子が吹き出し、それは致命傷であることを物語っていた。


 突如右から弾幕が襲い、俺の脚を掠めた。チリッとした痛みが熱と共に生じ、反射的にその方向へシールドを張る。


 それと同時に弾幕は密度を増し、シールドには暴風雨の様な苛烈さで光弾の雨が叩きつけられる。体の半分程度しか覆えない大きさのシールドをニ枚縦に展開することによって本降りの弾幕をなんとか凌ぐ。


 光弾の雨で視界が遮られたが、直線的な弾道だからこのまま張っていれば安心――そう思った直後だった。突如、シールドの右手から誰かが飛び出してきた。


 反射的にそちらへ刀を振るうと、ナイフで弾かれた。視界に飛び込んできたのは忍者のような格好をした男で、口元を隠した黒装束を身にまとっていた。


 弾幕によって俺をシールドの裏へ釘付けにすると共に光弾で視界を奪う。そのスキにファイターが接近して不意打ちを仕掛ける……といったところか。


 ちゃんとした連携カマしてくるじゃねーの。


 感心している間に、忍者は俺の間合いよりも内側に入って来ては右手のナイフを首めがけて振るう。


 俺はそれを首の左側に展開した小さめのシールドでなんとか防ぐと、左脇腹へ右脚の蹴りを入れて弾幕へと押し込んだ。


 結果的に奴は連携していたガンナーの弾幕によって倒され、光となって消える。


 残るは一人、その弾幕を展開していたガンナーだけだ。早速距離を詰めるべく、俺は前方にシールドをニ枚縦に展開したまま、直線距離で駆け抜ける。


 その最中も、弾幕は以前に増して勢い付いて俺を襲うが、シールドはその全てを受け止めて尚健在だった。


 傷一つ無い、半透明のシールド越しに映るガンナーは、わなわなと歯を食いしばりながら恨み言を吐き捨てた。


「そのシールド、反則だろ……」

「そういう機種なんでな。まぁ、運が悪かったと思って諦めてくれ」


 恨み言それにそう答え、心臓を一突きして黙らせると、確実に獲る為その刃先を右へと滑らせ傷口を押し広げた。そこから勢いよく光の粒子が流れ出るのを確認すると、俺は立ったまま目を閉じ、一つだけ深呼吸をした。


 こうして第三戦目を終えた俺は、現実世界へ戻ると連戦による疲弊でため息を吐くのだった。

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