第14話 二つ名
結局、俺は討伐戦の対象になって全50戦に及ぶ連戦をなんとか切り抜けた。結果は勿論一人にも殺られることは無かったものの、数回危うい場面もあった。
もちろん50戦もすれば一戦が短いこのゲームといえどかなりの時間が経ち、ベッドから起き上がる際に折り曲げた腹は頼りなさげに「ぐぅ」と鳴く。
二人へ報告がてら食堂にでも向かうか、そう考えた俺は
昼時ともあって、食堂は朝同様賑わっていた。空席もあまり目立たなく、一人座るだけでもどこかのグループと相席しなければならない状況だ。
朝まではココにいる全員から殺意を向けられていた俺に、快く席を譲る奴も居ないだろう――そう判断した俺は踵を返して出直そうとしたが、そんな俺に声が掛けられた。
「拓人……さん!?」
背中から飛んできたその声に振り返ると、見覚えのある金髪に黒ジャージのヤンキー二人組が俺をまじまじと見ていた。その視線には憧れの色が垣間見える。
「あ…っとその……良ければメシ一緒にどっスか?」
「強さの秘訣聞きたいっス!」
「え、あー……、サンキュな」
四人がけの席を向かい合うようにして陣取っていた二人は、ソフトモヒカンの一人が移動することで席を空ける。
空いたそこへ俺が座ると、二人はそれぞれ自己紹介を始めた。まずソフトモヒカンの方が席を移動するために立った後、そのまま口を開く。
「俺、神威って言います。んでこっちのロン毛が隼人です。」
ソフトモヒカンの自己紹介ついでに、隼人と紹介されたロン毛の方は座ったまま頭を下げる。
「どもッス。隼人です。これからよろしくお願いします。拓人さんのことは所長から聞いてます。フチカさんみたいに今までフリーで活動していた所を引き抜かれたとか」
「あ?ああ、そうなんだよ」
葵はどうやら俺の事情を隠してくれたらしい。実際タイムスリップだの何だの、公になったら騒がしくなること間違いなしだ。
ならその心遣いにあやかってそれっぽい反応で返すのが筋だろう。
「プレイし始めた途端にスカウトされたもんだから二人よりかは経験は少ないけど……よろしくな」
「「よろしくッス」」
二人がハモってそう返すと、立っているソフトモヒカンの神威がそういえば、と前置いてある提案をしてきた。
「あ、俺これから券売機行ってきますんで!拓人さん何がいっスか?」
「いや、自分で――」
「ダメっスよ!本日の主役に席立ってもらうことなんて出来ないっス!!」
少し良心が痛みながら、じゃあ……とお願いする。
「カレー普通盛りで頼む」
「ウス!ガンダでイッチキヤス!」
「そんな急がなくても……行っちまった……」
引き留めようとしたものの神威は軽快な足取りで券売機に並ぶ。振り返った神威は俺と目が合うと「心配しないでくださいよ」と言わんばかりにサムズアップを繰り出した。それに手を上げて答えると、対面に座る隼人が話しかけてきた。
「にしても、マジパなかったっす。俺たちMOD専門なんスけど、あんなバリカタなシールドなんて見たことないスね」
「あーまぁ、そうだろうな。バッテリー積んでる機種だし」
「マジスか!?見せてもらっていいスか?」
「ん、壊さないでくれよ?」
そう言ってテーブルにスマホを置くと彼はまじまじと見つめた後、恐る恐るといった様子で持ち上げる。
「おい…手震えてるけど大丈夫か?」
「この型、バッテリー付いてる奴ん中でも古めの奴っスよね……?マジ高そうで……」
「タダで貰ったものだがな」
「まじスか!?」
驚く彼を見ながら、俺も内心驚いていた。
なんなの?なんで見ただけでそんなに分かるの?君も葵と同じくスマホヲタなの?USB接続で興奮する変態なの?
様々な疑問が飛び出しかけるが、それらの大半を押し留めて一つだけ冷静に問いかける。
「何で見ただけで分かったんだ?」
「え?そりゃあ……厚みが違うじゃないっスか。普通の奴と」
そういって彼が取り出したスマホは
これでは尻ポケットに突っこむなんて到底出来ない。板チョコのようにパキッと折れてしまうからだ。
「こいつはカスタムしてあるんで普通の奴とは言えないっスけど、外っ面はいじってないっス」
「マジで薄いな……MOD専門ってことはこれ自作したってことだよな?」
「つってもバッテリーレスモデルなんでメチャ簡単ですけどね。パーツを組み合わせてツッコむだけなんで」
出たよ自作勢の「簡単」って言葉。大抵専門知識はいらないけどズブの素人が手を出すにはハードルの高い作業が必要になるんだよなこういう場合。
「ほぉー。前から気になっていたんだけどどうやって組み立てるか教えてくれないか?」
「あ、いいスよ。バラすのも簡単なんで今やりますよ」
そう言って隼人はスマホの上端をぐい、と下へ押し込む。すると緑色の基盤が反対の下端から顔をのぞかせた。それはまるでスリーブからカードを取り出すような感じで、予想外の光景に俺は目を丸くする。
「なんかアレみたいだな。えーっと、スリーブ?だっけか。カード保護するやつ」
「そうっすね。コイツがスリーブで中身の基盤を保護してるようなもんスね」
隼人は下端からはみ出した基盤を人差し指と親指でつかむと、そのままスリーブから引きずり出した。
そして裸になった基盤をこちらへ差し出して来たので両手を受け皿のようにして恐る恐る受け取ると、今度は隼人が先程俺が言ったことをそのまま返してきた。
「手ェ震えてますけど大丈夫っスか?」
「なんか手の脂とか付きそうでアレじゃないか?」
「大丈夫っスよそんなもん。そんで、その基盤に色々付いてると思うんですけどそれらをショップで買ってきてプラモみたいにくっつければほぼ完成っス」
そう言われて基盤をまじまじと見るが、色々とパーツがくっついていてどれを手作業で付けたのか分からない位のものだった。
「うーん。見せてもらって悪いが何処を手作業で付けたのか全くわからん!スゲー器用なのだけ分かったわ」
「あざっす!」
「スゲーよマジで。俺には到底出来そうにない」
そう言って基盤をそのまま戻そうと両手を隼人へと突き出すと、早くも聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おやおや、これまた珍しい組み合わせですなぁ」
「あ、所長。チッス」
「席譲って貰ったんだよ。食堂はこの有様だしご好意に預かろうと思ってな」
「なるほどなるほど。では拙者も……よっこらせ」
有無を言わさず、俺を奥へと押しやってから隣へ座る葵。それと共に神威がカレーを二皿トレイに乗せて帰ってきた。
「拓人さんお待たせしまし――ってあれ、所長。チッス」
「おや、神威氏。拙者の分のカレーをすでに用意しているとは、ゲームの腕前もさながらですがやりますなぁ」
「え、あの、これ俺のなんスけど」
目に見えてうろたえる神威。そんな彼に、葵から無情な一言が浴びせられる。
「助かりますなぁ」
その声色は「逆らったら所長権限を濫用するぞ」という脅しが乗っていて中々に圧があった。おお、怖い怖い。
権力には逆らうことが出来ず、神威は泣く泣く再び券売機へと足を運んだ。そうさせた当の本人は満面の笑みでカレーを頬張り始める。
塩鮭をおかずに白米を口に運ぶ隼人は、それらを飲み込んでから俺に疑問を投げかけてきた。
「そういえば、拓人さんってまだ名無しなんスね。その強さならすでに二つ名あるかと思ってたんスけど」
「二つ名?そういやそんな表示もあったな」
MWOの画面左下には自身のいろいろな情報が表示される。ステータスの他に二つ名という表示もあったが、そのときは気にならなかった。
「二つ名はそのプレイヤーを表す代名詞みたいなもんスね。ナンバーズは全員持ってますけど、それ以外でも強い人なら持ってます」
「ふーん。二つ名ねぇ。ナンバーズなら持ってるってことは葵も?」
「持っておりますが今そんな事はどうでも良いではござらんか?実は拓人氏の二つ名をついさっき決めたのでそれを発表したいと思いますぞ」
「マジっスか所長!?」
期待に満ちる目で葵を見つめる隼人とは対照に、俺は嫌な予感を抱きつつ葵を見る。だがそんなことお構いなしに葵は続けた。
「遠距離攻撃なんぞくだらねぇ、単身特攻かけるのが漢ってもんよと言わんばかりのプレイスタイル!それから付けられる二つ名は……!」
そこまで言って溜めに溜める葵。
「
この時代の殆どが知らねーだろそのネタ。なんでお前は知ってるし。そんな二つ名付けられたら登場するシーン全てに「!?」が付きそうだ。こちとら単車乗り回すツッパリでもなけりゃじっちゃんの名にかける高校生探偵でもねーんだよ。
「まぁまぁ、そう言わずに。こちらを差し上げますから」
葵は俺の心中を察したのか、スマホを操作してプレゼントを送ってきたので確認する為に自身の画面をタップする。
『コスチューム:改造長ランを手に入れました』
『ヘアスタイル:リーゼントを手に入れました』
『アクセサリー:単車を手に入れました』
「誰が着るかこんなもん!」
俺のツッコミも空しく、結局二つ名は「
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