第2話 隔地移動法違反で通報しました

 周囲がざわめく声で気が付いた。


 閉じていた目を開けると、ドームのように緩やかなアーチを網目状に描く天井が遙か彼方にあるのが見えた。


 その見知らぬ天井に驚きつつ上半身を起こすと、周囲を大勢の人に囲まれていることに気づき、思わず声を上げてしまう。


「うおぁ!!」


 俺の周囲を取り囲む人々はそれぞれが違った服装をしていた。


 木こり風の優男、上半身裸の戦士めいた厳つい坊主頭、大きな三角帽子を被った魔女といったのRPGに出てきそうな格好。


 片やパワードスーツや人サイズのロボットなどのSFじみた格好、セーラー服に日本刀やマシンガン……全体的に統一感が無い。


 彼らはまるでコスプレイヤーの集まりのようで、

『冬コミは3ヶ月前に終わりましたよ?』とつい口から出そうになる。

 そんな彼らは俺を見て口々に聞き慣れない言葉を話し始めた。


「あ、起きたぞ」

「ワープしてきたのか?」

「どっかの船からの脱走じゃねぇか?」

「それよりもこの子、バウゼル付けてないようですが……」

「通報いっとく?」

隔地移動ワープ法違反でもうしてある」


 ワープ?バウゼル?それに、通報!?冗談じゃない、俺は何もしてないし起こす気も無いってのに。


「ちょ、ちょっと待った!俺は怪しい者じゃ……」


 立ち上がってそう言おうとしたが、結果的に立ち上がるだけで黙ってしまった。


 地面に座っていたときには人混みで分からなかったが、俺の居る場所が現代の日本では有り得ない世界だったからだ。




 一言で言えば「SF映画に出てくる宇宙船や、コロニーの中」そのまんまの世界だった。




 地面はやや光沢のある白っぽい金属質な物で出来ており、至る所に立ち並ぶ高層ビル――もちろん現代とは比べ物にならないほど高い――の間を縫うようにして通っていた。


 恐らく今いるのは歩行者用の道路だろう。周囲を見回しても車どころか自転車すら通らない。


 交通の便はどうしているのだろうか?というふとした疑問が湧いた瞬間、その答えが返ってきた。


 頭上が急に暗くなり、上を見ると車のようなものが空を飛んでいた。車輪のある場所には噴出孔らしきものが備わっていた。


 どういう原理で飛んでいるのか気になるが、それよりも先程の通報という言葉が気になり目線をコスプレ集団に戻す。


 彼らは俺を取り囲みながら、どっから来たヤツだ?だの、逃げられない様に拘束したほうがいいんじゃない?だの不穏な話をしていた。


 そんな中、背後から特徴的な声がする。


「失敬、失敬!通していただけますかな!?」


 何事かと振り返ると、どうやら人混みをかき分けて誰かが中心へ向かってきているようだった。


 ソイツは最前列に陣取ると、息切れしたのかわざとらしく膝に手を付いて呼吸を繰り返した。


 落ち着いたのか顔を上げた彼は周りに居る美男美女とは異なり、天パに脂ぎった顔、そして分厚い眼鏡をかけたザ・オタクといった顔だった。


「ややっ、どうやら見るものすべてが物珍しいような顔をしておりますな」


 彼の格好は凄く見覚えのあるものだった。赤のチェックシャツを洗濯落ちした薄水色のジーンズにインしており、背負ったリュックにはビームサーベル丸めたポスターが斜めに備えられていた。


 見るからにステレオタイプのオタクと言った格好で、直に見れたことに感動さえ覚える程だ。そんな彼は俺が持っているスマホを見て突如興奮する。


「……!それはもしや、初代X-phoneカイフォン限定リミテッドモデル!?百台しか生産されなかった幻の逸品!しかもこんな美品……見たこと有りませんぞ!是非!是非見せて頂けますかな!?」


 彼は俺の持っているスマホを見せてほしいそうだ。丁度良い、代わりに今置かれている状況を説明してもらおう。


「んなもん後でいくらでも見せてやるから今の状況を説明してくれ。まるで意味がわからんぞ!」

「いいですとも!……とはいえ、今のままでは非常にマズイですぞ。ともかく拙者に着いてきて下され!」


 彼は俺たちを取り囲んでいるコスプレ集団のうち、俺の正面に陣取っている奴らに体当たりを仕掛けて強引に突破する。


 俺もその後に続いてどうにか包囲を抜け出すと、背中に怒号を受けながらも必死に走る。


「待てや!」


 後ろを振り向くとコスプレ集団の内、戦士然の男やパワードスーツを着込んだ男、ホバー移動するロボットに白い軍服に帯刀した男……etcetcなどなど


 大勢の男に追われながら、俺は前方に居るオタクに声を掛ける。


「おい、すぐ追いつかれそうだぞ!?」

「ヲタクに……身体能力を……求められても、ハァハァ、ちょっと休憩……」

「休んでる場合か!」


 息を切らしたオタクに喝を入れ、再度走り始めるも追手との距離はあれよあれよと縮まり、ついには行き止まりを背を追いつめられてしまった。


 背後には道が無く、下を覗くと遥か先に地面があるだけだ。


「観念しな、今ならぶん殴られずに済むぜ?」


 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには追手の男達が居た。彼らの先頭に立っている坊主頭の戦士は両手で拳を固めながらこちらに近づいてくる。


「…拙者に続いて飛び降りて下され」


 俺を盾にするかのように後ろに隠れたオタクは小声で俺に退路を示すが、そこにはなにもなく飛び降りるなんて自殺以外の何物でもない。


 だが、彼はまるでこなれたバンジージャンプをするかのように背中から体を投げ出した。


 思わず地面に這いつくばるようにして身を乗り出すが、そこには予想外の光景があった。


 彼が飛び降りた丁度その時、先程見た空飛ぶ車のような物が下を通り優しくキャッチする。二人がけの座席にすっぽりと収まった彼は言う。


「さぁ早く乗り込んで下され!」

「分かった!」


 彼の指示通りに隣の座席へ飛び込むと、オタクの駆る車は急発進した。


 慌てて座席に並ぶ数々のボタンを見ると、赤く光るボタンには「自動運転オートパイロット」の文字。


「ちょちょちょ、タンマタンマ!落ちるだろうが!」

「む、コレは失敬。まぁここまでくれば追っては来れないでしょうからな……少し鈍行にしますぞ」


 オタクが速度を落とすと先程の急発進から一転、常識的な速度時速40キロ程度で高層ビルの間を縫って移動する。


 ようやく落ち着いた為、俺は流れる景色を見回していた。


 細い支柱で支えられ、中空に浮かぶように建っている楕円形のドーム、時折捻れるデザインで建てられた超高層ビル、全体的に白っぽく、緑の無い街並み。


 空中にホログラム投影されている広告、それらを横目に行き交う空飛ぶ車。


 2000年代では到底実現出来ない光景を見て、先程から感じていた妙な既視感の正体が分かった。


「ミラ○ズエッジのパッケージっぽいなここ……本当、SFっぽいというか2000年代の日本じゃない感じがするぜ」


 俺のボヤきを聞いて、前を走っていたオタクは上半身を捩らせてこちらに向き直り、鼻息荒く早口で説明した。


「ややっ、2000年代の名作がパッと口から飛び出すとは中々のゲーマーとお見受けしますぞ。ともかくその予想は実に当たっておりましてな、拙者の口からよりも実際にその眼で見てみたほうが良いでしょう。時に…現在時刻を知りたい場合、どうされますかな?」


 そうだ、今までコスプレ集団に追われていてスマホを見る時間すら無かったんだ。


 赤ジャージのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、時間を確認しようと画面を表示させる。そこに映っていたのは……


「は?」


 見慣れたロック画面、相も変わらずなにも来ていない通知欄。ただ一つ変わっていたものは、大きく表示されていた現在時刻だけ。


 2242年4月14日 8:36


「はぁあああ!?」


 表示されている200年以上先の未来を見て、俺は驚くことしか出来なかった。

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