第3話 2242年

「2242年って……スマホの故障だよな?今見てるこの景色も、それっぽいアトラクションだろ?そうだよな?」

「そう思いたいのもやまやまでござろうな……ですがそうも行ってられないのが現実。試しにスマホで元いた時代のことを調べてみては如何かな?」


 それを受けて、俺は周囲の風景はなんのその、スマホの画面に目線を落とす。


 調べるのは俺自身の事だ。昨日エゴサした時は俺を紹介するページは数こそ少ないもののあった。


 もし、俺が本当に2020年から2242年にタイムスリップしたら、突如消えたことになる。そこに関して少なからず言及されているはずだ。


 ――――――――


 5分後。俺は調べた結果を信じられずにいた。

 配信で使っているtactと言うニックネームはありきたり過ぎたのか見つからなかった。


 だから本名で調べた結果、捜索願いが出されていたことが分かった。それも20年そこらで打ち切られていた。


 それは十分に、俺がタイムスリップしたことを示していた。それを受けて、俺はいろいろな事を考える。


 来週やりますと言った配信は?スポンサーとの契約は?


 そして何より、


 あの病状だ、一人で働くことは愚か、ベッドから起き上がって家事をすることすら難しい母さんが、突如置いていかれたとしたら。


 最悪の場合、孤独死だって有り得る状況だ。いや待て、枕元にはもしもの時用に携帯を置いていたはず。異変に気づいて親戚に連絡を取ってくれている事を願うしか無い。


「ともかく、俺は何が何でも2020年に戻んなくちゃなんねぇ。こんなに技術が発達してんだ、タイムスリップの一つや二つは余裕で出来るだろ?」


 その問いに、いつの間にか並走し、右に付けていたオタクは頭をポリポリと掻きながら申し訳無さげに応える。


「それがですなぁ……まだタイムスリップは実現していないのが現状でしてな」

「は?嘘だろ?車が空を飛んで、ワープすら出来んのにタイムスリップだけ無理なのか!?んじゃ何で俺はこの時代に飛ばされたんだよ!?」


 それは……と黙ってしまう彼を見て、怒鳴り散らしてしまったことに気づく。


「いや、悪い。あまりにも信じられなかったから混乱しててな……」

「そう言われてみれば不可解ですな……今も実現できないタイムスリップを出来るとすれば、現代2242年よりも先の時代でしょうな。しかし、だとすれば何故その時代にではなく今に送られてきたのか。その意図が読めませんぞ……」


 そのことに二人して頭を悩ませるも、答えは出るはずも無く。


「ごちゃごちゃ考えても答えが分かるわけじゃないしな、それは置いといて帰る手段が無いか――」


 探すしか無いな。そう言おうとしたはずの言葉は 突如として起こった現象によって消えてしまう。


 前触れもなく、至る所にホログラム広告が表示されたかと思えば、ゲームのPVが流れ始めた。ゲームジャンルはFPSなのか、銃や剣で戦うシーンばかりだった。


「そういえば、明日からMWOの新シーズンでしたな。お宅も是非参加してみては如何か?」


 右にいるオタクはそう言うが、その言葉は俺の頭を右から左へと抜けてゆく。その原因は広告のPVの続き、四十代くらいの男がこちらに語りかけてくる映像にあった。


「モバイルウォーオンライン、新シーズンは今日から開始だ。『我こそは』と思うゲーマー諸君にはぜひとも参加して欲しい。今回もチャンピオンにはディレクターの私が直接対面してその願いを聞き入れよう」


 そこに映っていたのは、現代で姿を消したはずの親父だった。


 最後に見たときには伸ばしていた無精ひげはきれいに剃られ、伸ばしっぱなしだった髪型はオールバックに変わっている。


 そんな些細な変化よりも、何故この時代にいるのか、そして何故ゲームの広告で喋っているのか。疑問が尽きない俺は思わず呟いた。


「……親父だ」

「おおお、親父殿!?お宅、孫方氏と血縁関係に有ると!?」

「ああ、自己紹介してなかったな。俺の名前は孫方拓人、親父は数年前に行方不明になってそれきり会ってないんだが……何でこっちにいるんだ?」


 俺の独り言じみた疑問を受け流し、オタクは一人興奮していた。


「これで拓人氏がやることは決まりましたな!まさに通りかかった船!」

「それを言うなら渡りに船だろ……というか話がぜんぜん見えないんだが」

「拓人氏は親父殿に事情を聞きたい、そしてあわよくば元の時代に帰りたい。ならばやることは一つしか有りますまい!」


 オタクは興奮のあまり立ち上がり、右手で天を指して叫ぶ。


「モバイルウォーオンラインのシーズンチャンピオンになって、親父殿と対面するのです!そこで事情を聞いて、元の時代に帰る方法を探させる!一石二鳥の名案ですなぁ!!」


 はっはっはっ、と両手を腰に当てて笑う彼を後目に俺は頭を抱えるも、それ以外に良い案は余り思いつかなかった。


 先程のゲームはなかなかの規模の会社が開発しているのだろうし、アイツはそのディレクターと言っていた。そんな状態で会わせてほしいだなんて言っても突き返されるのがオチだ。


「それが一番かもな。とはいえ、そのゲームのこと何も知らない俺が優勝出来るかどうかなんて分からないが」

「拙者が手取り足取り教えて差し上げましょう。大船に乗った気でいてくだされ。となれば善は急げ、飛ばしますぞ〜」


 再び着座したオタクは、意気込んでいるのか先程よりも遥かに高速で車を飛ばす。この乗り物に不慣れな俺のことなどお構いなしに。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


 ――――――――


 高速で、しかも慣れない動作で飛ぶ車に揺られた俺は吐き気を催しながらとある場所に降り立った。


 優に全長1kmはあろうかという高層ビルの中間あたりから突き出すようにして敷設されていたヘリポート……というよりもカーポートと言うべきだろうか。


 俺は眼の前にそびえ立つビルを見上げる。


 俺が居た時代では、コレほどまでに高い所に暮らす奴は言わずもがな金持ちしか居なかった。あの時代のタワーマンションも東京タワーと同じくらいの高さがあったが、目の前の建物はそれ以上だ。


 となると、そこに住むコイツもかなりの金持ちなのだろうか。


「すげー所に住んでるんだな……で、どこがお前の部屋なんだ?」

「ああ、この建物全部拙者の物ですぞ」

「はぁ!?全部!?」


 この滅茶苦茶高い建物全部がこいつの物!?想像以上の言葉を受けて若干フリーズしかけた意識をなんとか取り戻すと、歩き出していたオタクの背中を追う。


 追いつくと同時にガラスの自動ドアをくぐる。どうやらここはエントランスホールのようで、見回してみると殆どが金属質な内装の、やはりSFに出てくるような感じだった。


 左手前方にはスーツ姿の女性――恐らくコンシェルジュだろう――が居て恭しくこちらに一礼してから口を開く。


「お帰りなさいませ、あおい様」

「403のEで頼みますぞ」

「畏まりました。……調整完了です。テレポーターへお進み下さい」


 彼女が左手で指し示す先、エントランスの中央には見慣れない物があった。


 床に備え付けられた円状の機械は乗用車程度はすっぽりと包めるほどに大きく、その縁は中と外を分けるように水色の光を放っていた。


 コンシェルジュが先程言っていたテレポーターがコレなのだろう。そう考えながら葵に次いで光の中に入る。


「そのまま動かずにいてくだされ。間違っても転送途中に出ようとしてはなりませんぞ」


 葵のその言葉と同時に一際光が強くなったと思ったら、次の瞬間にはエントランスでは無く広々とした個室に移動していた。


 内装は近未来らしく銀色を主とした様子で、ベッドや椅子に使われている明るい青と相まって少し涼し気である。


 はめ込み式の窓は角が丸い長方形で、鍵が見当たらないことから開けることは出来ないのだろう。外の風景は見事な物で、周りには同じくらいの建物が無いことから遠くまで見渡す事が出来た。


 俺が外の風景に気を取られている間にベッドへ腰掛けていた葵は語る。


「とまあ、この様にワープが出来ますゆえ、動かないようにと伝えたのですな。ちなみに転送途中に出るとどうなるか興味は……」

「ねーよ!どうせはみ出たところだけ転送されずに切断されるとかだろ?」


 彼に対面するようにして置かれた椅子に座ってそう答えると、彼は拍手する。


「御名答!……とふざけるのはここまでにしてですな、これからの事を説明していきますぞ。やることは一つ、MWOでチャンピオンになることですな。その為にここ、拙者が経営するプロゲーマー育成所『セラフ』に連れてきたという次第」

「育成所、ねぇ。この時代じゃそんなにゲーマー志望の奴が多いのか?」


 2020年では、プロゲーマーやyoutuberは先のない職業として槍玉に挙げられる事が多かった。当事者としてその将来がどうなったのかを知りたい。


「恐らく、拓人氏の居た時代よりも人口は多く、メジャーな職業になったと断言出来ますぞ。なぜなら……」


 言葉を切った葵が突如光に包まれる。その眩しさに思わず目を閉じるが、彼はお構いなしに俺に語りかけてきた。


「この私、芹沢葵がここの稼ぎでいい暮らしが出来ているのだから」


 やがて光はおさまり、俺は恐る恐る目を開けるが目の前の光景に言葉が出なかった。


 なぜなら葵の姿は典型的なオタク男子から金髪の美少女へと変わっており、声色もその外見に相応しいものへとなっていたからだ。

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