第4話 未来の機械とスマホの差
眼の前で繰り広げられた変身に、俺は戸惑いを隠せずにいた。
「は?あ、え?」
典型的なオタクのシンボルとも言えるチェック柄のシャツと色落ちしたジーンズは研究者が着るような白衣へと変わり、黒髪の天パは金髪のストレートに変わっていた。
声色も粘ついたものから鈴のような声へと変わり、ついでに口調も女性が一般的に使うものへ。
その見事な変わり様に『Vtuberが顔バレした瞬間の逆再生かよ』と心のなかで突っ込みを入れていると、葵は何をしたのか説明を始める。
「今のはバウゼルの変身機能、
つまり、ゲームでよくある機能のアバターという物をそのまんま現実世界でも使えるようにしたということか。
SNSのプロフィール画像を変えるように自分の外見をも気軽に変えることが出来る時代というわけだ。
「スゲーなその……バウゼル?ってやつ。パッと見じゃそんな高性能な機械を身に着けている感じじゃないし……」
「そもそもVアバでバウゼルまで表示する人なんてほぼ居ないわ。だから耳にこういう形状をした機械がついていればリアアバだって事。覚えておいて損は無いわ」
葵が耳から取り外し、俺に差し出したそれは一見するとインカムのような物だった。言うまでもなく、俺は今そんなもの付けていない。
(バウゼル……ねぇ。どんな事が出来るんだか)
そう思ったときだった。不意に無機質な女性の声が聞こえてくる。
『お呼びでしょうかマスター。……脳波の形状から、本機についての説明が必要と判断。説明を行いますか?』
「うわぁ!!誰だ!?」
「あら、もしかして頭の中に声が響く?それが聞こえているってことはやっぱり貴方はバウゼルを持っているわ」
『……ご歓談の最中に申し訳ございませんが、説明させて頂けますでしょうか』
(ああ、悪い。ぜひ頼む)
この時代に来たばかりで、眼の前の機械を付けた覚えも無い。なのに何故その声が聞こえるのか。
疑問が渦巻く俺をよそに、女性の声は淡々と語る。
『本機はマスターである貴方を補佐するために作成され、脳波を測定し思考を補助する為に脳幹付近へ移植されております』
「はぁ!?頭の中に埋め込まれてるのか!?」
「噂には聞いたこと有るわ。バウゼルには今のインカム型よりも前に、体内に埋め込む型のプロトタイプがあるって」
『はい。本機は葵様が着けられているインカム型より旧式です。それでも機能は同等だと自負しております』
それにしたって何時埋め込まれたのか……考えられるとすればタイムスリップした時に意識を失った時位か……?
(一つ質問したい。お前はいつ俺に埋め込まれた?)
『申し訳ございません。守秘するように命令されております』
(誰にそう命令されている?)
『そちらも守秘する様にと仰せつかっております』
(そうか。なら質問を変えよう。お前は何が出来る?できるだけ詳細に頼む)
『畏まりました。本機の機能説明をさせて頂きます』
そう切り出して語りだした彼女?の口からは、半ば信じられないような内容ばかり飛び出してきた。
聞けばこれ一つでネットサーフィンなどの一般的な用途から3Dモデリングといった専門的な事まで出来るらしい。
俺のいた時代じゃモデリングなんてハイスペPCじゃないと出来なかったくらいに重い作業なのに。
それどころか空間にホログラムを投影したり網膜に映像を映す事まで出来るのだとか。しかも操作に手振りなどのアクションは要らず、全て脳波を読み取って行ってくれるらしい。
「つまり、前時代のスマホやパソコン以上のスペックを持ち、しかも脳波コントロールできる!って訳か……スマホなんていらない時代なんだな」
「そうでもないわ。スマホはスマホでバウゼルに替えられない役割があるのよ」
そういえば、オタク姿だった葵は俺のスマホを見て興奮していたな。何故かはわからないが。というか、そんな優れた機械があるのになぜスマホがまだあるのかが気になる。
「へぇ……どんな役割なんだ?」
「ゲーム機よ」
「…………は?」
「ゲームをするのに必須なの。馬鹿みたいな話だけど」
元の時代では、「これが無いと暮らしていけない」とも思ったスマホが、よくもまぁ落ちぶれたものだ。
バイト代を貯めて買った、当時最新の高性能なスマホでゲームしかしない同級生に、「お前のスマホはただのゲーム機だな」と冗談で言ったことはあるがそれが現実になってしまうとは。
「スマホで出来るゲーム……ねぇ。一応聞くが、ゲーム性もへったくれもないようなモンじゃないよな?」
ガチャで引いたキャラを並べてオートのバトルを眺めているだけ、そんなものをゲームとは呼びたくない。
ゲームっていうのは自分の
「中にはそういうゲームもあるわ。でも、今の主流はプレイヤースキルが直に反映される物が殆どね。MMOとか、さっき見たMWOとか」
「スマホでFPSねぇ……個人的にはマウスとキーボードじゃないとヤル気出ないんだが」
そうボヤく俺に対し、葵は微笑んで答えを返す。
「
「へぇ……どんな操作方法なんだ?」
「フルダイブ型よ」
「マジかよ!?さすが未来だ……」
「興味湧いたかしら?」
そんなこと決まっている。俺だってゲーマーとして活動してきた男の一人だ。新体験が出来るのであればそのチャンスを不意にすることなんて出来るはずがない。
「そりゃもちろん。俺のいた時代じゃ夢のまた夢だったからな」
「じゃあ、はい。スマホ貸して」
右手を差し出す葵。ゲームをプレイできるように設定でもしてくれるのだろうと思った俺は言う通りにスマホを渡すと、彼女はうっとりとした目つきで眺め、様々な箇所を撫で始めて口を開く。
「はぁ……この野暮ったい
「あ、はい」
この早口で捲し立てる感じ、間違いない。彼女はオタクの一種だろう。おそらくスマホオタクというあまり見ない生態の。
落ち着いた葵は一つ咳払いすると、とある提案をしてくる。
「ねぇ、一つ取引しない?貴方、行くところ無いでしょうしこの育成所で寝泊まりしない?」
「……その申し出はありがたいけども、対価は?」
そんな上手い話には必ず裏がある。そう思いつつ問いかけると、葵は俺のスマホに頬ずりしながら応える。
「このス・マ・ホ♪貴方は知らないでしょうけどこのスマホもう手に入らない型番なのよ〜」
「流石にそれは無理だ。俺だって拘りがあってそれを使ってるんだ」
それに、今渡したら元の時代に未来のスマホを持って帰ることになる。充電器の規格など絶対に変わっているだろうし使い物にならないのは目に見えてる。
「まあそんな簡単に手放すことは無いと思っていたわ。だから次が本命。貴方、ここで働いて見る気は無い?」
「プロゲーマーとしてってことか?それなら、喜んで従おう。ただ、俺がどれ位できるのかってのを示さないと働かせることもできないだろ?だから早くフルダイブ型FPSをだな……」
「ふふ、我慢の限界って感じね。じゃあプレイヤー登録して……っと」
待ち切れない俺を見て、葵は両手で持った俺のスマホへ目にも留まらぬ速さで何やら打ち込んでゆく。
「プレイスタイルはどんな感じかしら?芋る方?それとも凸る方?」
「案件でナイファーとして活動してた。だからガンガンに凸る方だ」
「なるほど、それじゃクラスはファイターにして……アバターはどうするの?」
「あー……なんでもいい。見た目には余り拘らないからな」
打ち込みながら質問する葵に、それを見ながら応える俺。そんなやり取りは十回を超えようかといった所で急に終わる。
「よし、データの入力完了したわ。あとは意識を転送するだけで遊べるわ」
「意識の転送ったって……どうやって?」
「説明するよりも体験してみるほうが早いわ。ベッドに横になって頂戴」
葵は腰掛けていたベッドから立ち上がり、代わりに俺を寝かせようとする。
その言葉に従って鮮やかな青のシーツに身を預けると、俺のスマホを手渡され説明を受ける。
「MWOっていうアイコンがあるでしょ?それを起動すれば転送されるわ」
画面に目を向けると見慣れないアイコンが一つ追加されていた。
白地に黒の角ばった文字でタイトルが描かれたシンプルなアイコンをタップすると、画面は『ログイン待機中……』というものに変わる。
それを目にしてから程なくして強烈な眠気が俺を襲い、たまらず眠り込んでしまった。
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