200年後の世界にようこそ

第1話 ゴースティングで通報すんぞ

 マンションの一室で、七色に光るLEDが内蔵されたキーボードと多ボタンマウスを前にして、赤ジャージに袖を通した青年がレーシングカーの座席めいた椅子に座っていた。


 彼はマイクが内蔵されたヘッドフォンを着けており、そのマイクに向かって何やら語りかけている。


「第196回!ナイファーが征く!始まりまーす!えー、それでは今日もいつも通りにFPSをプレイしていきましょう。タイトル通り使うのは近接武器であるナイフのみ、銃とグレネードは禁止というルールでやっていきます」


 彼の名前は孫方拓人そんかたたくと。FPSを専門とするプロゲーマーである18歳だ。今はどうやらプレイを動画サイトに配信しているようだ。


「パークは鉄板構成の俊足と早業を軸にした速攻スタイルで行きます」


 パークというのはスキルのようなもので、このゲームではパークポイントが許す限りいくらでも取得出来る。当然強いスキルはポイントが多く必要な為それでパーク間のバランスを取っている。


 ナイフ縛りということで、銃やグレネード関係のものをバッサリと切る事が出来るため、特化した構成は組みやすいのだが、相手からすればどんなパークをとっているのか予想が付きやすいという弱点もある。


「さて……敵チームには…あー最悪だわ。敵にヒカリさんいますね。今回は十中八九負け戦ですわコレ」


 俺の弱気な発言に、『草』『終わった……』『ダメそうだから帰るわ』といったコメントが溢れかえる。


 それもそのはず、ヒカリとは現トッププレイヤーであり、各国の強豪を抑えて一位に君臨し続ける日本人プレイヤーなのだ。


 キルデス比――1度死ぬまでにどれほどキルを取れるか――に至っては7を超えており、チーターではないかとまことしやかに囁かれていた。


 そのため全身を映しての配信(ちなみに、初配信である)を行い、コンバーターなどのハードウェアチートも使ってない事が分かり掲示板では驚愕の声が上がったが、それよりも話題になったのは中の人、つまりはプレイヤーがマスクをしていても分かる美少女だったことだ。


 艶のある黒髪ロングは前髪を切りそろえており俗に言う姫カットのような髪型にしており、遠目からでも分かる長いまつ毛、ぱっちりとした目も相まって非の打ち所がないような美少女だった。


 そんな、リアルでもバーチャルでも格上の相手に縛りプレイで挑んで勝てるはずも無いが、決まってしまったものは仕方がない。そのままマッチングは終了し、ゲームが始まった。


「定石通り裏を取って撹乱していきまーす」


 その言葉通り序盤こそ裏を取ってサクサクとキル数を稼ぐものの、中盤からは手を読まれ始めたのか迎撃されることが多くなり、終盤には近づくことすらできなくなった。


 YOU LOSEと表示された画面のまま、愚痴を程々(言い過ぎるとスポンサーから注意されるため)に零す。


「まぁ無理ですよねー。そもそもトップ層にナイフ一本だけで挑めっていうのが間違ってると思うんですよね。この企画考えた奴誰だよ全く……」


 何故文句を言いつつナイフだけで銃を持った奴らに挑むという荒唐無稽な挑戦をしているのかというと、俺にとってこのゲームは遊びではなく仕事だからであり、スポンサーから「注目集めるためにナイフ縛りでやってよ」と無茶な注文をつけられたからだ。


 それを断ることも出来ず、俺は日々ストレスを感じながら渋々ナイファーとしてマッチングを繰り返していた。


「では今回もあのセリフ言ってから終わります。『二度とやるかこんなクソゲー!』ではまた来週!」


 矛盾しまくりの語句を怒りに任せて言い切り、配信停止のボタンをクリックすると、同時に机の上に置いてあったスマホに通知が入る。


 さっきの文句……もとい意見に対してスポンサーからありがた〜いお言葉が貰えるのか、とゲンナリしながら開くがその予想は裏切られた。


 メッセージの主は、先程まで戦っていた相手だった。


hikari: やっほ^^最悪の相手ヒカリちゃんきたよ

tact: 貴様!見ているなッ!ゴースティングで通報すんぞ

hikari: やだなー私はそんなことしなくても勝てるって。それにプロとして違法行為なんてするわけないじゃん。そう、プロとして――――

tact: 正体隠した伝説の殺し屋かよ。ってかお前はプロじゃないだろ!


 コイツと知り合ったのは約半年前、俺が高校を卒業しプロとして活動し始めてから半年たった頃で、丁度hikariが先程言及した初配信をした頃だった。


 突然メッセージが届いたかと思えば『今話題のhikariです』とか言い出すし証拠を出せと言ったらキルデス比7超えといった戦績の画像が送られてきた。そのときの衝撃は忘れられない。


 それからマッチングの招待が送られてきたので参加したところボコボコにされたことは深く記憶に残っている。ナイフ縛りを止めて本気でかかったにも関わらず、完膚なきまでに叩きのめされた俺のプライドはバッキバキにブチ折れたのだ。


 それほどまでの強さを持ちながら、彼女はプロとしては活動していない。その理由を聞いたら「お金には困ってないから」とだけ返された。羨ましい話である。こっちは金に困ってプロとして活動しているというのに。


 漫画やアニメのパロディを織り交ぜた他愛もないやり取りをしていると、こほこほと乾いた咳が隣の部屋から聞こえてくる。


 それを聞いて俺はスマホをジャージのポケットに突っ込み、急いで隣の部屋へと向かう。そこには布団の上で上半身を起こした母さんが居た。


 右手で口を抑えて咳をしているが、指の間から漏れた鮮血が布団を赤く染める。背中を擦ってあげるものの、その咳はしばらく続いた。まだ呼吸の荒い母さんを布団に寝かせると、か細い声で俺に声を掛けてきた。


「ごめんね……拓人に迷惑掛けて……」

「心配すんな。親父の分まで稼ぐからさ」


 うちには父親が居ない。というよりも、という表現の方が正しいだろう。小さいスマホ会社の社長だったクソ親父は二年前俺と母さんを置いて行方をくらませた。


 それからというものの、母さんは原因不明の病に倒れ、俺は高校卒業後直ぐに働きに出なければ行けないほどに追い詰められた。卒業までは親戚に頼り、高校卒業と同時に俺は得意だったゲームを生業にした。


 大きな病院に母さんを診てもらう為には金が足りず、かといって稼ぎを増やすために学校に行くには時間が足りない。ギリギリ平均的な生活が行える状態でどうにか暮らしてきたのが現状だ。


 こんな状況では、スマホやら家電やらを買い替えることも出来ず、俺は数年前にクソ親父が会社で開発した試作機を仕方なく使っている。もっとも、バッテリー持ちを追求した機種らしくまあまあ使えるのだが。


 ともかく、出来るならあのクソ親父をぶん殴ってでも連れ戻して働きに出させたいが、そんな事は夢のまた夢。母さんの看病の為に遠出すら出来ない俺に出来ることはこうやって悪態を吐くくらいだ。


 ピーンポーン


 呼び鈴の音で我に返ると、対応の為に部屋を離れる。


「ごめん、ちょっと離れる。はーい、今いきまーす」

「孫方拓人さんですね?お荷物届いてますので印鑑お願いしますー」


 差出人が空欄の荷物はまるで漫画本を一冊だけ送るときに使うような小ぶりのダンボールに入っており、それで居て中身は本よりも少し重いという奇妙なものだった。


 好奇心のままにそれを開封すると、一個のスマホが顔をのぞかせる。全体が虹色という趣味の悪いデザインをしたそれは興味を引くのに十分で、写真を取ってhikariへ送ってやろうと右手を俺のスマホへ伸ばす。


 そして俺のスマホを引っ掴んだその時、


「はぐぁ!?!?」


 左手に収まっていた虹色のスマホは電流を発して俺の意識を刈り取っていった。

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