第21話 ランクマッチ① 9位と6位

 一方その頃、ランクマッチでは注目を浴びる一戦が始まっていた。


 12人いるナンバーズの内、3人が一堂に介したのだ。


 舞台は閑静な住宅街。一軒家が軒を連ねているなか、大型マンションが居心地悪そうに建っていた。


 その屋上にて、三人のプレイヤーが睨み合うようにして対峙する。


 一人は屋上の出入り口、一段と高くなっている箇所に陣取り、反対側に居る二人を見下みおろしていた。


「くっくっくっ……来たな!鉄の女王とその下僕よ!」


 漆黒のマントとローブを身に纏う、魔王を自称する少女。第6位のルーデシア。


 彼女に対峙する二人は、その口上に対してそれぞれの言葉で呆れている事を口にする。


「はぁ……何度いえばわたくしは女王じょおうではなくおじょうであることを理解して頂けるのかしら……」


 鉄の女王と呼ばれたのは第8位の八文字白亜。名前の通り、髪からドレスまで真っ白な彼女は唯一色の付いた紅茶色の目を閉じ、テーブルに置かれた紅茶を一口味わうとカップを置いてため息を吐く。


 まるでそれは『これから午後のお茶会でしてよ。部外者はお帰り頂けますかしら』と言わんばかりの態度で、どう考えても戦闘するとは思えない。


 フリルの付いたロングスカートも、長過ぎる裾をカーテシーをするかの様に持ち上げないと移動すらままならないだろう。


「無理も御座いません、白亜様。あちらの自称魔王は奇っ怪な言葉遣いを操るべく、唯でさえ少ない脳細胞を酷使しているのです。新しい事を覚えるのは到底不可能かと」


 丁寧な言葉ながらも棘のある物言いで魔王を見下みくだす老執事。彼がナンバーズの9位、八文字黒斗。


 男性にしては長く、腰まである髪は物の見事に白く染まり、首の根元で結び一つにまとめている。それは眉毛も同様でありその下に光る青き目光の鋭さも相まって年齢を感じさせない。


 それは背筋の通った立ち姿からも感じられ、執事服バトラースーツが引き締まった体によく似合っていた。


 二人にバカにされた態度を取られたルーデシアは当然怒りを露わにする。


「誰がバカですってぇ!?こんの腹黒執事!」


 勢い余って魔王の演技を忘れ、素の口調で反論するルーデシア。彼女に呆れた二人は互いに顔を見合わせる。


「だそうよ?黒斗。何か言い返してあげてはいかが?」

「いえ、それではこのゲームは私達の不戦勝になってしまいます。やはりここは……実力で叩きのめして黙らせて差し上げましょう」


 その言葉を発した途端だった。二人は先程とは段違いのプレッシャーに、僅かながら弛緩した気持ちを引き締めると共に見合わせていた顔を前方へと戻す。原因は勿論、対峙している第6位。


 彼女は元の調子を取り戻したのだろう。爬虫類を思わせる瞳孔は鋭く引き締まり、紅眼はその煌めきをわずかに増す。そして、口から出た言葉は先程のような外見相応の物とは異なり威圧感のある物へ変わっていた。


「……ほぉ?我の聞き間違いでなければ貴様こそ馬鹿げた物言いをしたように思えるがな。この我に、武力で勝ると聞こえたが?」


 三人の中で一番順位が高いのは言うまでもなく彼女だ。たかが2-3位の差ではあるが、されど2-3位。その実力差は明確だ。


 8人いるプレイヤーのうち、現在いる3人以外の5人は開始早々に彼女が葬った。それはもはや戦いと呼べる物ではなく、蹂躙じゅうりん、もしくは虐殺ぎゃくさつと呼ぶべき光景。


 それを思い返してか、それとも今尚受けているプレッシャーによるものか、執事とその主は小さく身震いして戦闘態勢に入る。だが、まだ武器は生成しない。


 それを見て一言、魔王は問う。


「抜かぬのか?一方的な戦いになるのは好かんのだが」

「いえ、貴方程度であれば後出しでも十分対応可能ですので。それに、負けた時の言い訳に使われては困りますからな」


 煽るような物言いに、青筋を立てて魔王は猛る。


其方そちらが言い出した提案だ。全てが終わった後によもや『卑怯だ』とは言うまいな?」


 瞬く間に白亜の背後を取るルーデシア。その手には彼女が魔剣と呼ぶ紅い両刃の片手剣が握られていた。武器を生成し、背後を取るまでには瞬き程度の時間しか必要としない。


 その速度に白亜は振り返ることも出来ず、口にしようと近づけていた紅茶をそっとテーブルへと戻す。その動作に抵抗の意思は見られず、獲ろうと思えば獲れる首だ。


 だがその直後、ルーデシアはその場から屋上中央へと移動していた。背後を執事に取られていたのだ。


 未発達な喉仏に走る微かな痛みと、ナイフを水平に動かし、喉をかき切ろうとする執事の動きからして、あそこで瞬間移動テレポートを使っていなければ首が飛んでいたのはこっちの方だったと彼女は理解する。


 らしくない。先程煽られたのが尾を引いているのだろう。


瞬間移動テレポート……ですか。フチカ様の後追いに拘り、弾道制御しか使わないかと思っておりましたが……貴方らしくないですね?」


瞬間移動テレポート その名の通り瞬間的に移動するオプション。目視した箇所限定かつクールタイムが存在する事が弱点】


「貴様らのプレースタイルを鑑みて遠距離攻撃を得意とする者から削った方が有利になると見込んだからだ。それに――複数を相手取る際、から取るのは定石だろう?」

「貴様……お嬢様を愚弄するか!」

「黒斗。落ち着きなさい。プレースタイルの相性上、私の方が御しやすい相手なのは事実よ。だからこそ、しっかりと仕留めてきなさい」


 先程までの落ち着き払った態度から一変、執事は噛み付かんばかりに怒りを露わにする。だがそこへ主から言葉が掛けられ一歩手前で踏みとどまった。


 自省のためか大きく息を吸って吐くと、僅かに残った怒りも平常心の裏に隠れたのか、先程通りの余裕のある表情に戻る。


 そして彼は主に一言だけ告げ、武器を生成した。

 

「お嬢様……ありがとうございます。では、お茶のお替りが必要になる前には戻って参ります」


 執事は左手にサイレンサー付きのハンドガンを、右手には鈍い光を放つナイフを順手に持ち、コツコツと音を立ててゆっくりと近付く。


「貴様こそ、遠近両取デュアルアームズなぞ慣れない事はしないほうが良いのではないか?元近接特化ファイターの執事殿よ?」


遠近両取デュアルアームズ 遠距離、近距離それぞれの武器を同時に生成及び使用することが可能。デメリットとしてそれぞれの武器性能が1/2に低下し、武器を出したままシールドを貼れなくなる】


 執事は、魔王の問いかけには反応せずこれが自身の答えだと言わんばかりに左手から十に満たない弾丸を放つ。それらはまっすぐルーデシアの方へと向かうと思いきや、1mほど直進するとその場に留まる。


 代わりに自分が、と言わんばかりに突っ込んでくる黒斗。その右手に握られたナイフはいつの間にか順手から逆手へと持ち替えられていた。


 目にも止まらない早業。近接特化ファイターでナンバーズに食い込む程に卓越した技術が為せる技だ。


 その突進を正面切って受ける魔王。必然的に刃は十字を描いて鍔迫り合いの形になる。右手一本でナイフを押し付ける黒斗、対して両手で剣を構え押し返そうとするルーデシア。


 彼女は黒斗の元のスタイル、近距離特化への対応はどうにも苦手だった。膂力りょりょくは無く、それでいて卓越した剣の腕も無い。


 だからこそ彼女は「近付けさせない」という対応を取ることが常だった。憧れの人を真似た誘導弾での包囲や時間差射撃等のバリエーション豊かな射撃こそが彼女の得意分野。


 その為、先の戦い――話題の新入りとの勝負では苦汁をめさせられた。遠距離禁止という彼女に取って不利なルールを受け入れて負けたのだ。それを思い出した彼女は苛立ちを目の前の相手にぶつけるが如く、両手に力をみなぎらせる。


 それを察知し、相手の剣圧が増したと判断した黒斗。遊んでいる左手に持っている拳銃から再度数発の弾丸を発射する。狙いは彼女の足。機動力を削ぎ後々の布石にしようとしていたが、読まれていたのか銃口付近に極小のシールドを展開され防がれる。


 そちらを防がれることは織り込み済み。先程放ち、空中に固定していた弾丸も同時に操作する。鍔迫り合いをしている自身の体で弾道を隠し、シールドの無い自身の右側から滑り込ませる。


 予想だにしない方向からの射撃に対応できず、痛みに顔を歪ませるルーデシア。左足に何発か被弾したものの、即座にライフが全て無くなるというわけではなかった。


 遠近両取デュアルアームズによるスペック低下の煽りを受け、威力が落ちていた事が幸いしたのだろう。


 このまま押し切れば行ける――そう黒斗が確信したときだった。魔王はその表情を痛みに歪んだ物から不敵な笑みへと変える。


「ふ……勝ちを目前とした時は誰でも油断しているものだな。今回、我が選択したオプションは瞬間移動テレポート。この状況から脱出することなど容易い。どれ、から狩るとしよう」


 そう言い残し、彼女は瞬間移動テレポートでその場を離脱する。


 それを受け、黒斗の脳裏には先程の光景、主の背後に立っている魔王の姿が在々ありありと浮かぶ。それを阻止するべく、勢いよく振り返るが――居ない。


 我が主は相も変わらず優雅にお茶を楽しんでおられた。では魔王は何処へ行ったのか。


 視界を奥――最初に魔王が立っていた場所へとやると、そこに立っていた。右手には剣を握っておらず、代わりに広げた指先一つ一つに紅い光が灯っていた。


 それに気付いた次の瞬間。その五つの光が煌めいたかと思えば左手に鋭い痛みが走る。とっさに庇おうとした右手も、両足も撃ち抜かれてその場にへたり込むしかなかった。


 そんな黒斗に、ルーデシアはさも当然という口調で語る。


「ふん……馬鹿め。元の戦法ならいざ知らず、生兵法を用いた貴様など取るに足りんわ。それに、順位からしてもが貴様の事を指すと理解していなかったのか?」


 彼女はそう言い終ると同時に手元に残った最後の弾丸で彼の胸を貫いた。

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