第22話 ランクマッチ② 8位と6位
四肢に心臓と、全身を弾丸で貫かれた黒斗はすぐに光の塊となって消える。
魔王ルーデシアはその光景に興味を微塵ほどにも持たず、先ほどと同じ場所――マンション屋上の出入り口のある、一段と高い場所――から残る一人を見下ろしていた。
「さて……これで貴様を守る従者はいなくなった。なぁ、鉄の女王よ?」
対する白亜は、その問いに答えずに紅茶を口にしていた。カップの半分以下にまで減っていたそれを一口で飲み干してしまうとやや苛立ちの籠もった口調で答える。
「……先程、生兵法がどうのと仰られていましたが、その言葉そのままお返ししますわ」
依然として座ったままの彼女。その紅茶色の瞳が刺すような視線を魔王に向けて放つ。
「遠距離主体の立ち回りを得意とする貴女が何故近接武器を握るような真似をしているのかは知りませんが、余りにもわたくしとの相性が悪いとお気付きで?いえ、もしかして……」
白亜は空のティーカップを置き、自由になった手を顎へ当てて推理しているようなわざとらしい仕草を見せつける。そして、何かを閃いたかのように言い放つ。
「ああ!解りましたわ!聞けば貴女……噂の新入りとのプライベートマッチにて大敗を喫したとか。もしや、彼との対戦も考慮してのことですの?彼が私達、ナンバーズと渡り合えるようになるまで成長するとでも?」
そう口にする彼女の顔には『そんなことあるわけ無いだろう』という
「愚問だな。ハンデを負っていたとはいえ我を負かし、第4位とあわや刺し違える所だった。十分その域に達していると言えるだろう」
それを聞いた白亜は、浮かべていた嘲笑を消し、口を真一文字に結んでいた。魔王はそれを見て強調するように言い放つ。
「奴は必ず登ってくる。それは恐らく貴様、ひいては我よりも高みにな」
そこまで聞いて白亜は結んだ口を開く。その口調は先程よりも不機嫌で、やや語気も強まっている。
「まさか。『近接殺し』と呼ばれたわたくしが何処の馬の骨ともわからぬ一介のプレイヤーごときに負けるとでも?」
「実際、『剣聖』相手には手も足も出なかっただろうに。まぁ、貴様のクラスからして手足を使う必要は無さそうだが」
「あら、三強を引き合いに出すのは流石に苦しい言い草ですわよ。あいつら……コホン、あの方達は『規格外』ですから。わたくし達では絶対に敵いませんわ」
苦虫を噛み潰したような顔をしてそう語った白亜は、再びその表情を嘲笑へと変えて続ける。
「ですから、あの新入りがわたくしに勝つなどということは有りえませんの。貴方の判断は間違っておりますわ。そのアホ……失礼、奇っ怪な言葉遣いに脳細胞を使い過ぎて正常な判断も下せなくなってしまったのかしら?」
それを聞いた魔王は、自身が持つ紅い魔剣、その切っ先を白亜へと向け宣言した。
「なら、我が剣にて証明してやろう。貴様の『近接殺し』などという称号は虚実であったということを!」
「我は先の戦い、剣のみを用いた戦いで奴に負けた。即ち我が勝てば奴も当然勝てるというわけだ。違うか!?」
白亜の口からはその内容への同意、及び否定の意は飛び出さなかった。変わりに、陶器の割れる音だけが響く。
彼女の手元にあったティーカップの取手が粉々に砕かれていた。その原因は怒りのあまりわなわなと震える彼女の右手だろう。
「なるほど、単純明快でいい案ですわねぇ〜。達成不可能という
怒りの形相を浮かべた白亜が指を鳴らすと、縦に四つ並んだミニガンが彼女を挟むように2セット生成される。
「ナンバーズ唯一の
【
「御名答。この物量、流石に躱しきれないでしょう。というわけで
青筋を立てた白亜がそう言い切ると同時に、八門の内の一つが微かな駆動音を立てて
それを見てその場から飛び降りると、マンション内へと続く入り口へ転がりこむルーデシア。
その次の瞬間には背後のドアは
間一髪それを免れた彼女はそれを横目に捉えながら階段を駆け下りる。背後にはコンクリの壁があったが、それすらもブチ抜かれる可能性があったためだ。
「先程の威勢は何処へ行ったのかしら?そのままみっともなく逃げるおつもりですか
背後から投げかけられる煽りを無視し、階段を駆け下りながらルーデシアは対策を考えていた。
秒間5000発。200年前では一分経たないと吐き出せない物量を秒単位で射出する。それが白亜が用いるタレットのスペック。
弱点としては弾丸の多さゆえのリロード速度が挙げられる。50000発ある弾倉はわずか十秒掃射するだけで使い切り、リロードにはその七倍、七十秒かかる。
だからこそ、彼女はその弱点を無くす為にクラス特性で増やしたオプション枠を二つのパークで倍の倍にし、それら全てに同じタレットを積むことで八門用意する戦法を得意とする。
それが『
理論上、一門ずつ撃っていけばリロードにより弾幕が途切れることはなくなり、まさに暴風雨のような勢いで弾丸を叩き込み続ける事ができる。
たとえシールド関係のパークを全積みしても防ぎ切ることは到底不可能。それは先日対戦した拓人が持つ、常軌を逸した硬度を誇るシールドでも同じことだろう。
だから彼女への対策としては『撃たせる前に倒す』か『タレット自体をどうにか壊す』しか無い。それも、タレットの射線に入らないという前提で。
前者を取るなら弾速と射程に優れたスナイパーが、後者を取るなら弾道を曲げ、遮蔽物越しに攻撃できる誘導弾がそれぞれのキーになる。
もしも近接オンリーで挑むのであれば、『当たらなければどうということはない』という新人類でなければ出来ないような芸当が必須であるが、第三位の『剣聖』はそれをいともたやすくこなし勝利した。
とはいえ、速度に自信のある我でさえそのような芸当は不可能。
威勢よく啖呵を切ったは良いもののどうするべきか、と階段の踊り場で悩んでいたルーデシア。しばらく考えると妙案が浮かんだのか、彼女は下ってきた階段を引き返し登り始めた。
――――――――
一方、対戦相手の白亜は先程までの優雅な振る舞いから一変し、不愉快であることをその顔全体で表していた。
姿を見せない相手と、彼女が言った内容について腹を立てていた。その業腹度合いはリズミカルにティーテーブルを叩く右人差し指が物語っていた。
わたくしも舐められたものですわね。近接殺しと呼ばれたわたくしに剣だけで勝つとまで宣言されるとは。自分こそが『剣聖』の再来であるとでも言いたいのかしら。
そもそも、三強相手なんて唯の
人によってはマッチング完了時点で
そこまで思い出し、苦汁を嘗めさせられた記憶が蘇る。それはテーブルのタッピングの最後の一回を人差し指ではなく、右の握り拳がテーブルへと叩きつけるほどに彼女の機嫌を損ねさせ、砕けたティーカップの欠片がガシャン、と跳ねた。
あぁ、イライラしますわね。こんな時には相手を煽るに限りますわ。
彼女は階段に引っ込んだきり未だに姿を現さない対戦相手に業を煮やし、挑発の言葉を投げかけた。
「さぁ!何処から来るのかしら?まさか先程のような啖呵を切っておいて逃げ隠れるなどという醜態を見せるわけではないのでしょう?」
だが、相変わらず返事はない。本当に逃げてしまったのではないかと錯覚するほどに物音一つしなかった。
あれ程に堂に入った啖呵を切ったのですわ、突飛な奇策があることは確実。今はその準備をしているか、機を伺っているだけ。ただ、その全容が分かりませんわ。
考えられるのは先程黒斗との戦闘で使っていた
先程は油断していたとは言えその動きを目で追うことが出来ませんでしたし。とはいえ、あれにも弱点はありますわ。それは視線の先にしか移動できないという点。
そのためわたくしの近くに移動する場合は必ず視線を通す為に顔を出す必要が有りますわ。であればやることはたった一つ。
顔を出した瞬間に八門で斉射して遮蔽物ごとふっ飛ばしてやるだけでしてよ。
そんな事考えているうちにやっぱり顔を出しやがりましたね。下りたであろう階段から顔を出すだなんて、もしかして最初に顔を引っ込めてからずっとどうしようか悩んでいらしたのかしら。
「そこ…ですわ!」
彼女は威勢よく吠えるも、
それは恐るべき破壊力を以て出入り口付近の壁に風穴を空けるものの、既に魔王はそこに居なかった。
「ええい、ちょこまかと……!」
中々捉えられないもどかしさと、ぐだつき始めた試合展開に苛立ちを更に募らせる白亜。
またもテーブルを叩こうと力を籠めた直後、足元が崩れ突然の浮遊感と共に重力に引かれ落ちる。着地したのは一般的な室内だった。
「あいたた……こんのボロ屋!木材が腐り切って――ッ!」
逆らうことも出来ず尻から落ち、痛みのあまりそこを擦ろうと右手を伸ばすとした途端に鋭い痛みを感じた為振り返る。
「腐りきっているのは貴様の心の方だと思うがな」
目に飛び込んできたのは、紅い魔剣を手にして自分を見下ろす魔王と、彼女によって切られた右手が光の塊になる光景だった。
信じられない光景に、痛みで叫ぶのも忘れ絶句する白亜へ魔王は忠告する。
「前々から言及しようと思っていたが、感情が昂ぶると口調も釣られて荒くなる癖、治した方が良いぞ」
「なんで……ここに?」
「タレットが轟音で斉射している間に、貴様の真下につながる部屋の扉を斬り裂いた。そして足元が崩れるように天井も斬った。扉に関しては結構派手な音を立てて倒れたと思ったが、やはり聴こえてなかったようだな」
ワナワナと震える白亜。その表情は愕然としたものだったが、かろうじて言葉を話すことはできた。
「で、では先程顔を出したのは……」
「無論、貴様の正確な位置を知るためだ。接近するためにオプションを使うだろうという先入観が貴様の敗因だ。ではな」
そう言葉を結ぶと、魔王はうなだれた彼女の首めがけて魔剣を振り下ろした。
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