第23話 ランクマッチ③ 12位と新入り
ナンバーズの三人が苛烈な戦いを繰り広げている一方で、その事を露とも知らない拓人はとあるナンバーズと向かい合っていた。
「お初にお目にかかります。私、阿久根正義と申します」
試合が始まってから数分。八人の内半数以上を倒し、二人きりになった戦場で、目の前の男は突如として武器を納めると代わりに名刺を出してきた。
ワックスでぴっちりと固めた黒髪の七三分けに、細身のメタルフレームメガネ。第一ボタンまでしっかりと留めたワイシャツにプレーンノットで締められた赤ネクタイ。
俺とは異なり、きっちりとビジネススーツを着こなした男性が、かっちりとした動作で名刺を差し出していた。
相手は丸腰。そんな状態で武器を持って近づくのも失礼だと思い、納刀してそれを受け取った。
「あ、どうも……すみません。名刺入れ、持ってなくて」
「いえいえ。このようなご時世ですし、名刺入れを持っている方など私以外いないでしょうからお気になさらず」
申し訳無さそうに謝った俺に、にこやかな表情でフォローを入れてくれる阿久根さん。
ただ、名刺交換など初めての俺にとって、貰った名刺をどうすれば良いのか分からない。何処にしまおうかとあたふたしていると、またもやフォローを入れてくれる。
「なので、スマホの画面に載せていただければ収納できるように設計させていただきました」
言われた通りに名刺を画面に載せると沈み込むように、透明になって消えてゆく。そして、画面にはフレンド承認の通知が表示されていた。
【MWO: 阿久根正義からのフレンド申請を承認しました】
「おわ、こんな申請の方法もあるんですね」
「ふふ、やはり驚かれましたね。このような芸当が出来るのは技術屋の私位だと自負しております」
「え!?営業じゃないんですか?」
「ええ、技術屋上がりの営業でして。ですがまだまだこのような簡単な物ならすぐ設計出来ますよ……おっと失礼。それでは始めましょうか。試合の続きを」
「はい!」
威勢よくそう答えるが、俺は自分のスマホが、武器の
『武器の
「あ」
「おや、メモリが足りない時の警告なんて初めて聞きました。安心して下さい、ちゃんと待ちますから」
「……なんか本当に、色々とすみません……」
しょげながら、俺は内心感動していた。上位プレイヤーにこんなにもマナーの良い人がいるなんて。
対人ゲームをやってる奴なんて、十中八九性格が悪い。理由は単純、『勝負事とは相手の嫌がる事をしてナンボ』だからだ。
相手の嫌な事を探り、それをやりつつも自分のやりたい事や得意な事を押し付ける。これこそが勝負に勝つ基本。これはなにもFPSだけに言えることではなく、ほぼ全ての勝負事で言えることだ。
だから勝負を重ねた奴、特に上位陣はほぼ無意識的に人の嫌がる事や癖を探る。そして嬉々として煽りを入れて相手を萎縮させるか、怒らせるかでペースを乱してそこを突く。
何しろ『煽りは美学』と言い放ったランカーまで居る始末だ。もはや戦術の一つとして煽りが組み込まれている。
俺が居た時代では、やれeスポーツだのやれ競技化だの言っていたが、煽りが半ば正当化する環境ではそんなもの夢のまた夢だ。
いくら競技性が認められたとしても、サッカーや野球で相手を煽る行為なんざしたら退場や乱闘になること間違いなしなのだから。
――話は脱線したが、ともかくFPSなどの対人ゲームの上位勢は煽りを入れる事が多い。タイトルにも依るが大会出場者が死体撃ちや屈伸煽りをすることもチラホラある。
大会を見て、『そんな事してないじゃないか』と反論する奴も居るが、絶対に見ていないところでやっているはずなのだ。現に俺だって、ルーデシア相手に煽って有利な条件での試合を取り付けたことはよく覚えている。
そんな中、こんな品行方正な人が居て、しかも12番めに強いということはやはり喜ばしいことなのだ。煽ることも無く、ラフプレーをすること無くココまで上り詰められるという証拠なのだから。
そこまで思い返すと、やっとのことで武器の
俺はそれを左手で阿久根さんへと見せるように突き出し、準備が出来たことを示す。
「おや、準備出来ましたか。それでは気を取り直して、始めましょう!」
その言葉を受け、俺は突き出した刀を左手で腰だめに構えると共に親指で鍔を押し上げ鯉口を切る。
この人とならいいゲームができる。俺はそう予感しながら真っ黒な傘を構える阿久根さんに突っ込んでいった。
――――――――
予想通り『いい試合』が終わり、俺は久々に爽やかな気分で現実世界のベッドでくつろいでいた。
阿久根さんとの戦いは、俺が辛くも勝利を収める形で幕を閉じた。
彼は
なんといっても間合いの読み方が上手い。剣で打ち合っていたと思えば、次の瞬間には交代しながら遠距離攻撃を放ち、それの対処に追われていると逆に間合いを詰めて近接攻撃を繰り出してくる。
それのバランス配分が極めて上手い。こちらとしてはどうしても攻めあぐね、焦る気持ちが生まれる為、そこを突かれることもしばしばあったが、なんとか踏みとどまって対応できた。
彼は光となって消える最中、『
その言葉はいつも聞く、勝者が敗者を煽るような、もしくはチーム戦で味方陣営を責めるような意味合いではなく、言葉どおり『いい試合でした』としか受け取り様のない物だった。
そこまで振り返ると、通知音が静かな自室に響く。枕元に置いてあったスマホの画面を見ると、さっきまで対戦していた相手からのメッセージが届いていた。
阿久根: いい試合でした。またお会いした際はよろしくお願いします。
tact: 久々に煽りもバッドマナーも無い試合が出来て楽しかったです!ありがとうございました!
そう返すと、お辞儀のスタンプが速攻で送られてきて会話は終了した。
一息入れようとして、腹筋を使ってベッドから起き上がると熱中しすぎていたのか、またもや飯時の時間を逃したらしく、腹は頼りなく『ぐぅ』と鳴いた。
それを見て改めて時間を見ようとスマホを再び覗こうとするとバウゼルから指摘が入る。
『現在時刻は21:36です。前回の食事から13:16経過、迅速な栄養摂取を推奨します』
なるほど腹も痺れを切らすわけだと納得し、腹拵えの為に食堂へとワープする。
時間も時間で、飯時を過ぎた食堂には
その光景を余所目に食券機へ向かうと見知った顔に出くわした。
「あ……拓人……」
「ようフチカ。そっちも腹拵えか?」
こくりと頷く彼女の手には好物のきなこもちの券が何枚か握られていた。
「そればっかりで飽きないか?というか栄養面で心配になるんだが」
「好物は別腹……栄養面もばっちり……」
「そうか……まぁ、葵もカレーばっかり食ってるし大丈夫か」
理由になっていないが無理矢理納得し、食券機の前で何にするか悩む。というかレパートリーが多すぎるんだよココ。満漢全席とか本当に出せるのか?
「満漢全席……前に……お客さんが食べてたことあるよ……」
「マジかよ。注文する方も注文する方だが、出す方も出す方だな」
取り敢えず温かい天ぷらそばを頼み、食堂のおばちゃんにそれを出す。すると顔を覚えられていたらしく、以前の注文でからかわれた。
「あら、今日は『あれ』じゃなくていいの?」
「あれは手違いなんだって。一回食べれば十分だよ」
「ふふ、冗談よ冗談。はい天ぷらそばお待ち」
「相変わらず速いなー、ありがとう」
出されたそばを持って適当な席に座ると、フチカはその対面へ。二人揃っていただきますをした後は食事に忙しく言葉を交わす事もない。
先に切り出してきたのは彼女の方からだった。
「拓人……最近調子どう?」
「ナンバーズ二人獲った位だな。結構調子はいいと思う」
対面の彼女はそれに驚く事も無く、無表情に近い様子で餅をぐにぐにと噛んでいた。やっとのことでそれを飲み込むと、続けて質問を投げかけてきた。
「へぇ……誰と誰?」
「12位の阿久根さんと6位のルーデシア」
「阿久根は……相性よさそう。遠距離攻撃の物量無いし……。でもルーちゃんはかなり苦戦したでしょ……?」
疑問の目で俺を見るフチカ。俺はそれに答えると共に疑問を投げ返す。
「ああ。どうにかして近接戦に持ち込んで勝った。プライベートマッチとはいえ、バッテリー持ってかれたらひとたまりも無いからな。というか、ルーちゃんって……そんな呼び方本人が許さないだろ」
あの中二病患者がそんな可愛らしい呼び方を許すはずが無い。
「私にとって……妹みたいなものだから……向こうから懐いてきたし……。呼び方はどうでも良くて、あの子の本来のスタイルは遠距離中心……ランクマでは注意したほうがいいよ……」
そう言って、フチカはスマホをテーブルへと置き、俺へ何かを見せてきた。それは、今日俺がランクマに潜っていた際に行われたであろう試合だった。
――――――――
試合は9位と8位の二人が居たにも関わらず、ルーデシアの圧勝に終わった。彼女は足に数発食らったもののダメージを受けた素振りも見せず、策を弄して二人を討ち取った。
特に『近接殺し』と言われていた8位の八文字白亜、彼女の攻撃は俺のシールドをフルで活用しても倒すのが難しいだろう。
そんな相手を、俺と同じ近接縛りで悠々と倒すその姿は驚異としか言えない限りであり、
『魔王様マジ魔王』
コメント欄に書かれていた語句に、全くもってその通りだ、と共感するしかなかった。
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