第24話 剣聖からの勧誘

 ナンバーズ三人の戦闘から一夜明けた朝。魔王ルーデシアは全体的に赤いゴシック調の自室、厚手のカーテンに阻まれ朝日がほぼ入らない室内にて自身のスマホを覗いていた。


 その顔は先日ナンバーズの二人を葬った時のような凛々しい物ではなく、ニヤニヤとだらしなく口角が上がっている物だった。


 それを見て、対面に座る天使はスマホから目を離さずに苦言を呈する。


「ねー、ルーちゃん。はっきり言って気色悪い顔してるよ」

「んなっ!そんなことは……ない!」


 キリリ、と表情を引き締める魔王だが、スマホへ目を落とすと一緒に目尻も下がってしまい、先程と全く一緒の顔へと戻る。


 それを見た天使ははぁ、と吐いたため息と共に疑問もその口から放る。


「で、何見てるの?この前戦った愛しの彼くんの写真?」

「いや!アイツとはまだそこまで行ってない!」

「へぇ〜、否定しないってことは絶賛片思い中なんだ。メモっておこ」


 その目と同じくらいに顔を赤らめて否定する魔王は、誘導尋問をされた事を理解しその顔を赤から青へと変える。


 一方それを仕掛けた天使はにんまりと笑顔を浮かべて、手元のスマホへ特ダネをしたためていた。


「ゆーちゃん!それだけは勘弁して!」

「仕方ないなぁ。じゃあ、何見てたのか教えてよ」


 魔王の演技を忘れ、年相応の反応を見せ泣きつくルーデシアに、天使はやれやれとスマホを置いて疑問をぶつける。


「何って、普通に昨日の試合のリプレイだけど?」

「え……つまり、『この時の私魔王っぽくてカッコいいなー!憧れちゃうなー!』って思ってニヤニヤしてたの?」

「ちがーう!」


 二人が座る赤いテーブルを両手で叩きながら立ち上がるルーデシア。その様子に天使は驚きのあまり目を見開いていた。


 それを見てルーデシアは我に返り、しおらしく座り直す。


「あ、ごめん……つい」

「いやいいよ。ボクもからかいすぎたって反省したし。まあ、想定していた動きがキチッと相手にハマるとめちゃくちゃ嬉しいのは分かる」


 ボクもたまにそんな試合あるしね、と言い残し天使は席を立つ。


「ゆーちゃん?どこ行くの?」

「なんか苦手な相手が来そうだから自分の部屋に戻るね」

「んー分かったー」


 そうして天使がルーデシアの自室から姿を消すと、それと入れ替わりで通信が入ってきた。


『魔王様。斑鳩様からの通信要請が届いておりますが……』

「断ってくれるかしら」

『畏まりました。……再度要請が来たのですが』

「何があっても断って」

『………善処します』


 数分後。


『魔王様、申し訳ございません。斑鳩様からの通信を断り続けて居た所、にのまえ様の所で自室にいらっしゃる事を聞きつけたらしく、今向かっているとのことです』

「はぁ!?ふざけないでよあの冷血漢!転移遮断は出来る?」

『強制転移の権限もにのまえ様から一時的に付与されている模様です。まもなく入室されます』


 その言葉を聞いて、ガックリと肩を落としため息を零すルーデシア。顔を上げた彼女の表情は諦め一色だった。


 それを知らずに、赤い室内の一角に光が灯る。転移の前兆であるそれは、先程天使が出ていった際の大きさよりも二周り程大きい。


 それが収まると同時に、耳をふさぎそうになる大声と共に大柄な男が入ってきた。


「俺が来た!来てやったぞ!にしてもルーデシア、居留守を使うなんて酷いじゃないか!」


 そうして現れたのは、一言で表せば時代劇に出てくるような侍そのものだった。


 青の甚平を羽織り、脇には大小二本の刀が挿されている。長い黒髪は髷にされており、黒い目と同色の眉は弓なりで形の良い物だった。


 がっしりとした体型の上、2mはあろうかという身長から放たれる声は、彼自身の豪快な性格も相まって少し離れないとうるさく感じるほどの声量がある。


 実際、魔王ルーデシアはその小さな両手で耳を塞ぎ、彼に負けじと大声で答えるほどだ。


「ランクマで!疲れてんの!アンタの大声で!起こされたじゃないの!」

「む?そうなのか。それはすまなかった!俺のことは気にせずゆっくり休んでいてくれ!!」

「アンタがいると休むどころじゃないのよ!とりあえずちっさく喋れこの無神経男!」

「む……そうか。では耳を拝借して……」


 斑鳩は屈んで身長差を無くすと、両手を口に当て、ルーデシアの耳元でひそひそと話し始める。


「いや普通に話しなさいよ!」


 彼へ振り向き大声でツッコミを入れるルーデシア。


「無理だな!すまん!」


 それにつられて先程の声量で話す斑鳩。

 当然至近距離でそんな大声を聞いたルーデシアは耳をやられてまたもや両手で塞ぐ。


「うぬあぁあ!ちょっとは加減しなさいよ馬鹿!」

「無理だな!すまん!」

「それはさっき聞いたのよ!」


 それからしばらく漫才のようなやり取りがあってから、ようやく斑鳩は比較的常識的な声量で、魔王ルーデシアの元を訪ねた理由を話し始めた。


「とまぁ、場も温まってきたことだ!俺が来た理由を話すとしよう」

「ふむ、早う話せ。そしてとっととね」

「いやな?先程のランクマッチ、苦手な近接戦闘で8位を葬っただろう?」


 斑鳩は興奮のあまり、ルーデシアの両手をガッシリと掴んで続ける。


「俺は!その心意気に!感動した!!」


 至近距離からの大声。防ぐための両手は馬鹿力で握られていて動かせない。結果、ルーデシアは再度耳元で彼の大声を聞くハメになった。


 顔を左にそむけてももう遅い。より近い右耳はまるでスタングレネードが耳元で炸裂したかのように酷い耳鳴りがして使い物にならなかった。


「世間一般じゃやれ誘導弾だやれ効率の良い射撃方法だ……銃を用いて遠距離から撃つだけ!それが侍の戦い方と呼べるか!?否!!」


 この時ルーデシアはひどく耳鳴りのする耳でその言葉を聞いては居たものの、「侍キャラはあんただけでしょ」というツッコミはしなかった。


「刀で!近接戦闘で斬り合ってこそ侍だ!ルーデシア、君は侍魂に目覚め、あの時近接戦闘だけで戦ったんだろう?そうだろう!?」

「いや違うわよ!ただ単に苦手を克服しようとしただけよ!それに侍魂って何!?」

「つまり、苦手な近接戦闘を繰り広げる予定が今後あるということだな!?」


 お願いだから話を聞いて欲しい。私はただ単に今度こそtactを負かして――


 ルーデシアはそこまで思い浮かべると、スケープゴートにできそうな人物の顔も一緒に思い出した。


 ただ、彼はこの前会った時具合が悪いと言って休んでいたはずだ。今行って問題ないのだろうか。


 脳波でバウゼルに指示を飛ばす。


(tactが直近で行った試合がいつか調べて頂戴)

『昨日の21時前後です。時刻からして、あの後休まれて回復されたのかと』

(そう、ありがとう)


 回復したのならスケープゴートにしても心は傷まない。それよりも、『剣聖』と会えるのだから彼にとって好都合なはず。


「あ、そうだ。私より真っ先に勧誘すべき奴が居るわ!初心者なんだけど近接オンリーでやっていきたいって言ってて、『剣聖』斑鳩に指導されたいって常日頃から言っていたわ(嘘)」


 それを聞き、斑鳩の顔は喜びに満ち溢れる。


「何……それは本当か!ルーデシア、今からソイツと会えないか!?」

「ええ、会えると思うわ。この前リア凸した時もなんだかんだで入れてくれたし」

「そうか!ならば善は急げだ!出発しよう!」


 そういって、二人は自室から姿を消した。


 ―――――――


「理由は後で話すが、tact、貴様に会いたいという者を連れてきたぞ!」

「そう!俺だ!」

「そうかがんばれよじゃあな」


 セラフ内エントランスホールにて。『来客がある』とコンシェルジュさんからの通信を受け取った俺を待ち受けていたのは腰に手を当て、仁王立ちする魔王……とそれを真似する見慣れない大男だった。


 二人を見て、機械的に言葉を発してすぐさま振り返り自室へ戻ろうとする俺。だが、背後からルーデシアの声が飛んでくる。


「いやだいや〜だ〜フチカお姉様に会うまで帰らない〜」

「ど、どうしたルーデシア!お前そんなキャラだったのか!?」

「良いから私を真似なさい斑鳩!」


 斑鳩…?もしかして3位の『剣聖』斑鳩か?


「む、郷に入っては郷に従えと言うしな!では俺も存分に真似するとしよう!会わせろ〜!近接戦闘だけで戦おうとする男気溢れる奴に会わせろ〜!」


 いや……こんなアホが剣聖であるわけない。というかあってほしくない……。


 俺はその光景に呆れていたが、セラフ内から出ようとする一団が運悪くテレポーターから出てきてしまった。当然彼らは目の前のカオスな光景に言葉を失っている。


「おま…っ!こんな人目のつくとこで駄々を捏ねるな!コンシェルジュさん困ってるだろ」


 地べたに寝そべりジタバタと手足を振り回すルーデシアと斑鳩、それをなんとか抑えようとする俺。その光景を何とも言えない顔でみているコンシェルジュさん。


「じゃあ入らせろ〜」

「そうだそうだ、会わせろ〜」


 起き上がらせようと伸ばした右腕をルーデシアに、左腕は斑鳩に掴まれ、危うくすっ転びそうになる。


 なんとか彼らを引っ張って立たせ、カオスな空間をどうにか納めると、剣聖を連れてきた訳をルーデシアに問う。


「で、ルーデシアはフチカに会いに来たことは分かった。だが、あんた……斑鳩って言ったか?あんたがココにきた目的が分からない」

「ふん、まだ分からぬか。教えてやらぬ事も無いが、それなりの対価を要求するぞ?フチカお姉様をココに呼べ!」


 斑鳩に聞いたつもりだったが、何故かルーデシアが偉そうに、というよりも魔王いつもの調子を取り戻して対価を要求する。


 相手するのも面倒なので仕方なくフチカに通信を繋いだ。


「……もしもし、フチカ?お前の妹分が駄々こねて困ってる。エントランスまで来てくれないか?」

『…………分かった。すぐ行く』

「すぐ来るってよ。ほら、早く話せ。そんで帰れ」

「ふむ、大儀であった。斑鳩、此奴が先程話していた奴だ。話してやれ」

「いやお前が話すんじゃないんか――」

「君が!ルーデシアに近接戦闘で勝ったという凄腕の初心者か!」


 ツッコミを遮られたかと思った次の瞬間、俺は両手を半ば強引に斑鳩の両手に握られ、不格好な握手を交わしていた。


 突然のことに言葉が出ない俺を差し置いて、斑鳩は大声で続けた。


「俺は!君を!気に入った!是非とも俺と共に剣の腕を磨かないか!?」


 ちょうど、フチカがテレポーターから出てきては俺たちの握手に目線をやる。そして一言だけ呟いた。


「……………………何この状況……?」


 彼女はその表情を、ひどく困惑したものに変えた。

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