第16話 プライベートディール
ナンバーズの6、「魔王」の二つ名を持つプレイヤーからの招待を受諾した俺は、古めかしい城に備えられた庭園に転移していた。
ぐるりと辺りを見渡して見えた景色は、倒壊して横倒しになった円柱が至るところに放置されているものであり、この場所が戦闘を経て主の居なくなった古城を模して作られたステージであることを物語る。
その光景は非現実的なまでに巨大な紅い月によって照らされており、古城の後ろに陣取った月は中央にある尖塔と、その上に居る人物のシルエットを赤赤と照らしていた。
マントをはためかせ、こちらを見下ろしていると思われるここの主はそのまま口を開く。
「くっくっくっ……臆せず我が招待を受け入れたことは認めてやろう。凡人は臆してか我が招待を受け入れる為に神に祈る時間が必要らしい……」
そこまで口に出した彼女は口を閉じると共に俺の元へと飛び降りる。
間近に来たことで彼女の姿をきちんと見ることが出来たが、予想に反する事だらけで内心混乱していた。
俺の胸ほどしか無い身長、それと伴って幼さの残る顔立ち。二つ名にもあった紅い目は瞳孔が縦に裂けていることから爬虫類を想起させ、ややツリ目気味な事も相まって見るものを威圧する。
腰まであるストレートの金髪は金に輝く絹の様で、風にたなびく黒いマントとローブにコントラストを添えていた。
昨今の創作でよく出てくるロリババアな魔王、という言葉が似合う彼女は、ひとしきり俺の顔をジロジロと見た後に口を開く。
「んん?どうした?我の美貌に魅了されたか?」
「いや、ただ単に予想と違う奴がきたなと思っただけだ」
「そうかそうか、予想以上に可憐な我に見惚れておったのか」
ご満悦といった様子で頷くルーデシア。
「いや違うが」
それをきっぱりと否定する俺。
「……ほう?進んで我の怒りを買おうとは。もしや貴様被虐趣味でも持っておるのか?ならば我が剣にて二度とそのような口を叩け無いようにしてくれよう!」
彼女は右手に持ったスマホを頭上へ投げる。空中に放られたスマホは上昇と共に赤黒い光の塊へと変わっていき、重力に引っ張られる頃にはすでに形を変えていた。
現出したのは背景の赤い月よりも更に紅い、両刃の片手剣。それは掲げた右手に納まり、結果的にその切っ先は天へと向けられる。
「禍々しき我が魔剣を見よ!数多の戦経て尚、錆もせず傷一つ負った事の無い名剣を!」
「当たり前だろ。無傷の状態で武器は生成されるんだからよ」
「……う、うるさい!そういう設定なの!」
年相応の表情を見せ、ぷりぷりと怒るルーデシア右手の剣をぶんぶんと振る姿はただの駄々っ子にしか見えない。だがその表情は次の瞬間にまたも凛々しい、『魔王らしい』ものへと戻る。
「まあ良い。我に口出しする者にはすべからく死を与えてやろう!」
「須らくの意味が違う。後ろに〇〇べきをつけろ」
「うるさいうるさいうるさい!!こうなったらもう、我が剣の錆にしてくれる!」
「その魔剣、錆びるのか錆びないのかどっちかにしろよ……」
「むきーっ!その減らず口を聞けないまでにコテンパンにしてあげる!!後悔することね!」
またもや素の口調が出てしまうほどにむきになった彼女は、手にした剣の切っ先を俺へと向けて宣戦布告する。
こうしてツッコミの果てにプライベートマッチが始まった――ように思われたのだが。
「何だこの表示…?」
視界中央の上方には、『相手に要求する物を選択して下さい』というウィンドウが表示されており、その下には3つの選択肢が表示される。
それぞれ、『リアルアバターの開示』『得意戦法の開示』『好物の開示』と表示されたそれらは横一列に並んでいた。
「おいルーデシア。これ、どういうことか説明してくれ」
「え?まさか知らないの?プププ……」
馬鹿にした態度にカチンとした俺は彼女に対してそれ以上の追求を止める。それと同時にバウゼルから説明が入った。
『マスター。現在のゲームモードはプライベートマッチとなっております。ランクポイントの増減があるランクマッチとは異なり、プライベートマッチでは、プライベートディールという機能がございます。双方の同意があればポイント以外の物を
なるほど。この3つが俺からルーデシアへの要求で、それが決まったら相手からの要求が開示されるということか。
『そのとおりでございます。この3つの選択肢はそれぞれ重要度が異なるものであり、最初の選択肢が一番重要度が高いものとなります。双方のどちらかが選択するとディール画面は終了し、強制的に同程度の選択肢を賭けた戦闘が開始されます。勝者は相手が選択した物を取得することができ、敗者は何も得ません』
つまり
『はい。一つ補足ですが相手側に表示されている選択肢はあくまで『重要度が同じ』選択肢であり、中身が同一とは限りません。そのためマスターが『好物の開示』を選択した場合、相手の選択肢は『好きな本のジャンルの開示』であるという事も有り得ます』
ふと考え込む。負けてもこのディール以外で失うものは無いプライベートマッチで、相手の手の内を見ることが出来れば俺にとっては最上の成果であることは間違いない。
何しろ格上相手なのだ。敗北すらありえる。ならばハイリスクハイリターンよりもローリスクローリターンな選択肢を選ぶべきでは?
もし相手の一番最初の選択肢が『俺の戦法を全て明かす』という物だったりしたら。万が一ランクマで対峙することになったとしても接近戦対策を完璧にされてしまう、という恐れもある。ただでさえ格上の相手に対策されたらひとたまりもない。
ならば念には念を入れて、負けた時の損害が少ない『好物の開示』を選択――しようとした時、そのウィンドウに大きなバツ印が付き、灰色に反転する。
真ん中の『得意戦法の開示』も同様に反転し、点灯しているのは一番目の選択肢『リアルアバターの開示』だけとなった。
突然の事態に困惑していると、ルーデシアが目を閉じながら語りかけてきた。
「くっくっくっ……。愚鈍だなぁ?敗北の末に待つ悲惨な末路に
しまった。先に向こうが選択し終えたらしい。否が応でもハイリスクハイリターンな闘いを向こうは所望している。
向こうの要求は何なのか考えているうちにディールウィンドウは縦に2つ並ぶ形に形を変える。そしてそれら2つに表示された文言を見て俺は思わず言葉を漏らした。
「嘘だろ……?」
【ディール成立】
『自身の要求:リアルアバターの開示』
『相手の要求:スマートフォンの任意パーツを譲渡』
「くっくっくっ……」
くわっ、という音が似合いそうな勢いで、彼女は両目を見開いて俺へと言葉を投げかけてきた。
「貴様の強さ、というよりもシールドの分厚さ、その秘訣はスマホのバッテリーにあるのだろう?バッテリーレスモデルにてシールド強化系パークを全て積んだとしてもそれまでの強度にはなるまいし、何より身体能力強化に回す余力も無くなるからなぁ」
ニヤニヤと、こちらの表情を伺うようにして情報を引き出そうとするルーデシア。
そこまでお見通しかよ。伊達に6位を務めてないってことか。
「んん?だんまりとはもしや図星か?『なぜそこまで分かるのか』とでも言いたそうな顔をしているな?フチカお姉さま―では無く我が永遠のライバルとの闘い、見させてもらったぞ。その上で対策を講じ、こうして戦略の要を
今まで自身の眼の前に表示されていたディール内容が書かれたウィンドウを無視して俺へと語りかけてきたルーデシアは、初めてそれに目を通す。
「貴様の長所を奪う為に我が負うかもしれない代償は……え?リアアバ見せろって!?ちょっとまってこんなのきいてない!キャンセルよキャンセル!」
『魔王様、如何に魔界を統べる貴方様でも上位存在の決めたルールには逆らえません』
渋い、落ち着いた口調の男の声が聞こえてきた。おそらくルーデシアのバウゼルだろう。よく分からないが、「運営の決めたルールだからキャンセルは出来ない」と言っているらしい。
占めたもんだ。ならそれを利用して揺さぶってやろうじゃないか。
「おやおや〜?
出方を見るのはまた今度だ。というよりも検索すれば過去の試合は見れるはず。ルーデシアがしたように、他人との試合を見てそこから戦法を推測するしかない。
それよりもこの試合で優先することはとにかく負けないこと。だからこそ劣勢に立たされるであろう遠距離武器を封じ、俺の得意な近接戦へと持ち込むためには手段は選ばない。それこそ煽ってでも俺の得意分野で勝負してもらう。
「ぐぬぬぅ〜ええ!そこまで言うなら私――じゃない……我!我はこの勝負、魔剣と我が剣技のみで貴様を圧倒してやろう!『対応が難しい遠距離攻撃のせいで負けた』と言い訳が立たぬようにな!」
チョロいもんだぜ。まんまと俺の思惑通りに事が進み思わずニヤける。ルーデシアはそれを自分が言い淀んだことをけなされたと勘違いし、なおさら目を吊り上げる。
「何笑ってるのよ!あ~もう!さっさと!我が剣に!ひれ伏しなさい!」
ルーデシアは半ば叫ぶようにしてこちらへと突進を始め、それが闘いの合図となった。
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