第17話 ナンバー6
こうして互いに譲れないものを賭けた闘いは、ルーデシアが突進してきた所から始まった。
俺はそれを真正面から受け止め、自然と鍔迫り合いの形になった。ルーデシアは力勝負では不利だと判断したのか、数秒組み合った後に自発的に離れる。
その調子で何度か付いて離れてを繰り返す。それが五回を超えると、鍔迫り合いはほぼなくなり互いがそれぞれの剣を乱そうと打ち合いに発展した。
ルーデシアは突如後退したかと思いきや、羽織っていた黒いマントをこちらに投げつけてきた。風に煽られぶわりと広がるそれは目隠しとしての機能を十分に果たす。
小柄な彼女の姿をすっぽりと覆い隠したそれを切り払うが、再び姿を現したルーデシアは既に姿勢を低くし斬り上げの体勢に入っていた。
剣を戻して弾くには間に合わない――
そう判断し、斬り上げを背後につんのめることでなんとか躱す。顎を少し切ったが、お返しとばかりに蹴りを繰り出す。彼女の腹めがけて蹴り出したものの既に彼女は後退しており空振った。
斬り上げの勢いを利用して空いた片手を使いバク転を繰り出したのだろう。中々の身体能力だ。
またも二人の間は10m程度の距離があり、双方ともどう切り出そうかとにらみ合う。
そんな中、先に動いたのはルーデシアの方だったが、蹴り出すと同時に俺が足元に設置した小さいシールドに足を取られ――
「へぶっ!」
ビターンという擬音がよく似合う形で、ものの見事にすっ転ぶ。
がら空きの背中めがけて刃を突き立てようとすると、横に転がって避けられる。彼女はそのままゴロゴロと転がって行き、十分距離が離れたところで起き上がった。
黒いローブに着いた汚れを手で払いながら、怒り心頭といった様子で吐き捨てる。
「ああ、もう!やり辛い!」
「そりゃそうだろ。勝負なんてもんは相手のイヤがることやった者勝ちなんだからよ」
「そもそも!人一人の行動を遮る強度を持つシールドなんてチートみたいなものよ!普通の強度ならこんな使い方出来ないわ!」
「そんなことよりも口調、素に戻ってるぞ」
「どうでもいいのよ!そんなこと!」
彼女は再度、マントを出現させると勢いよく俺へと突っ込んできた。
再度マントを使っての目晦ましを仕掛けるつもりだろう。空いた左手はマントの右肩をガッチリと掴んでおり、今にも投げてきそうな仕草だ。
警戒しつつ待ち受けると、やはり彼女は前進しつつマントを投げて俺の視界を奪ってきた。先程と同様に切り上げからの離脱を図るのだろう。
そう判断した俺は再度それを左から右へと切り払い、彼女の斬り上げに対応すべく返す刀で右上から袈裟懸けにする。
大小それぞれ4つに切り分けられたマントは風に流され、はらはらと目晦ましとしては機能しなくなるが、それでもルーデシアの姿は無い。
視界の上に何かが映る。それが何なのか判断するよりも早く、姿勢を低くしながら頭を守るように得物を掲げて防ぐ。
それと同時に耳元で剣戟の音が響く。頭上で俺とルーデシアの剣がかち合った音だ。その次に聞こえてきたのは彼女の声。
「やば……思った以上に浅い!」
頭上というよりも、後方と呼ぶべき場所から発せられた声に慌てて振り向くと彼女はこちらに背を向けて着地するところだった。
ただそれも一瞬のことで、すぐさま彼女も振り返る。距離は先程と変わらず、立ち位置だけ反対になって仕切り直し。
とはいえ何もかも変わっていないとは言えず、俺の左肩からは光の粒子が細い筋となって立ち上っていた。少々切られたらしい。
「初回のマントは今の布石か?」
「さぁね?次は上か下か――どっちでしょう?」
「どっちにしろさせねぇ……よ!」
掛け声とともに今度はこちらから仕掛ける。勢いよく地を蹴ってまっすぐ突進するが、力で劣る彼女は距離を詰められたくないのか後退しようとする。
背後にシールドを展開してそれを阻む。すると、打って変わって前進しようとしてきたのでそれも前方に貼ったシールドで阻む。
突然の事態に困惑したのか、彼女の動きが一旦止まる。俺はその隙を逃さず、もう一手打つ。
「せぇ…の!」
俺と彼女の間に存在するシールドにタックルを繰り出し、突進の勢いそのままに体全体で押す。
「わわっ!」
前方から迫る壁を押し返そうと彼女は両手を伸ばすが、どちらの方が勝つかは一目瞭然。
勢いを付けた俺の突進を真正面から受け止める事など出来ず、結果的に彼女は前後のシールドでサンドイッチされ身動きが取れなくなった。
バンバン、と出来の悪いパントマイムの様にシールドを叩く彼女。俺はそんな事お構いなしに彼女の右肩から左腰にかけてシールドごと袈裟懸けにぶった切った。
―――――――
「み〜と〜め〜な〜い〜!認めないったら認めない〜!」
戦闘が終わって数分後。シールドのサンドイッチから開放されたルーデシアは魔王を演じることを止めたのか、外見相応の反応をしていた。
もっと詳しく言うと汚れる事も厭わずに床に仰向けになり、手足をじたばたと動かしていた。よくもまぁ、恥も外聞もなく出来るものだ。
そんなところを見せられたら俺だって一つや二つ言いたくなる。
「お前な……お目当てのお菓子買ってもらえないで駄々こねてる子供かよ……」
「駄々をこねてるのは事実だもん」
「そこは否定しろよみっともない、ほれ」
流石に見ていられないため、右手を差し出す。ルーデシアは渋々といった様子でそれに掴まり立ち上がると、むすっとした表情でローブに着いた汚れを払っていた。
「さて、結果的に俺が勝ったわけだが……」
彼女に向かってそういうと、ビクリと肩を震わせて涙目になる。負けの代償、『リアルアバターの開示』に怯えているのだろう。
俺の視界にも、ディールウィンドウが表示されており、それを受け取る権利があることを示していた。
だが、俺はそんな物必要ない。代わりにあることを要求する。
「お前のリアアバなんて興味ない。だから代わりに俺が知りたいことについて知ってる事を教えてくれ」
「え……?」
予想外の答えに戸惑ったのか、しばしフリーズするルーデシア。だがすぐに調子を取り戻したのかギャンギャンと喚き散らす。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!こんな可愛くて人気のある、それでいて強くて可愛い私の
「確かにアバターは可愛らしいし性格も子供っぽいが愛嬌はある。だがそれよりも優先しなきゃ行けない事があるってことだ」
「え……?え!?かかか、可愛い!?」
「なんだよ、自分で言ったんだろうが。それも2回。それほど気合入れてアバクリしたんだろ?」
「そ、そうね。そうよね!で、貴方が聞きたいことって何かしら?」
表情豊かな彼女は、怒っては照れ、嬉しそうになったかと思えばいつも通りに戻ったりと中々忙しなく表情を変えてゆく。
取り敢えず、切り出すなら今だろうと判断した俺は訊きたいことについて話し始めた。
「まずは俺がなんでこんな規格外のバッテリーを持ったスマホを持っているかについて説明しよう――」
古いスマホを持っている理由の流れで、俺はタイムスリップしたため元の時代に帰りたいこと、そのためにはシーズンチャンピオンになってクソ親父に会わなきゃいけないことを話した。
「うーん……色々と常識を超えたことばかりで何とも言えないわね。特にタイムスリップに関しては専門外だし……」
「いや、ダメ元で頼んだだけだしな。変なこと聞いて悪かった。そんじゃ、試合も終わったし帰るとするか……」
そうして俺は伸びをし終えると紅い月が彩る古城から去ったのだった。
――――――――
先程まで戦闘が繰り広げられていた我が古城の庭園は、打って変わって風の音がやけに耳に残るほどの静寂に包まれていた。
そのような環境に身を置けば、誰しも自身の鼓動が早まっていることは分かる。
ただ、それが『一歩間違えれば自分のコンプレックスを曝け出す所まで追い詰められた』からなのか、それとも別の要因からなのかは分からない。
ただひたすらに我が心臓は力強く、それでいて早鐘を鳴らすように拍動を続けていた。
そんな中、心拍の音以外が古城に響く。通知があったことを知らせる音だった。何の用だろうとスマホを覗く。
『MWO: tactからフレンド申請が届きました。メッセージを表示しますか?』
彼からのフレンド申請だ。何が書かれてるのだろうかとドキドキしながらメッセージを表示する。
『念の為フレンド登録しておく。何か分かったら連絡してくれ』
やった。これを口実にプライベートマッチに誘おう――『ちなみにさっきみたいにプライベートマッチに招待しようが全力で拒否するからな。じゃそういうことで』
……………。
ま、まぁ彼からフレンド申請が来たってことは私が勝ったって訳よね。
そんな意味の分からない理論を振りかざしながら、私もログアウトして現実世界へと戻っていった。
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