第18話 天使のような悪魔の笑顔

 リアルアバターの開示とバッテリーを賭けたプライベートマッチの翌日の事だった。


 足元にはふわふわとした雲が敷き詰められ、その上には古代ギリシャを思わせる意匠の石畳と白亜の神殿――そんな神話の世界と言われても納得してしまうような光景に、影と見紛う程に黒い者と対照的に白い光を放つ者が二人、テーブルを挟んで座っていた。


「というわけで、フチカお姉さまが言及していたあの無名の新人の腕を確かめに行ったのだが――」

「ボッコボコにされて帰ってきたってわけか。るーちゃんが負けるなんてなかなかやるね〜その新人」

「笑い事じゃないよゆーちゃん…」


 漆黒のローブを纏い幼気の残る顔立ちをした魔王は、肩を落として対面に座る人物へと語る。


「ごめんごめん。ボクならそんなヘマしないのになって思ってさ」


 そこにはここの雰囲気に相応しい存在がいた。


 金髪を伸ばしっぱなしにしている魔王とは異なり、同じ色の髪を肩に触れるか触れないか、という長さで切りそろえたそれを揺らして笑う。


 そのたびに頭頂部付近から生えている白い猫耳も揺れ、その上にある天使の輪も頭を追従するように空中を移動する。


 天使の名前は†天使白猫姫†。勿論本名ではなくゲーム内での名前だ。


 長ったらしいその名前をそのまま呼ぶ者はおらず、親交のある者、それこそ今話している魔王などは頭の一文字をとって『ゆーちゃん』と渾名で呼ぶ。


 すると当然魔王も頭の一文字をとって『るーちゃん』と呼ばれ、二人は互いに渾名で呼び合う仲になった。


 にこやかな笑みを崩した天使は、水色の瞳で魔王を一瞥した後に自身のスマホへと目線を落とす。先程まで纏っていた朗らかな空気は一転して冷たいそれに変わる。


「…ボクとは遊んでくれないのに……」


 彼女が見ていたのはフレンド申請の画面。つい最近送った物は先程の話に出ていた無名の新人に向けた物だったが、一昨日拒否された事を告げられていた。


 彼女は情報収集の為、ランクの近い者たちの呟きに対して通知設定をしている。その為一昨日のフチカの呟き、孫方拓人の初試合のログが乗った呟きを見て真っ先にフレンド申請をしたのだ。


 それは自身より高いランクを誇るフチカというプレイヤーが一目置いている事もあり、今後自分と当たるだろうという直感が働いた為だった。


 だが結果は拒否された。なのに目の前にいる魔王ルーデシアは結果的に彼とフレンドになっており、そのくせやたら彼の事を話すようになった。


「一度、ボクも会ってみたいな。どんな感じの人だった?」

「ん、うーん……。煽りに煽ってくる人かな」

「よーし分かった。殴り込みに行こう」


 ボクのフレンド登録を蹴った上に親友のるーちゃんを煽るとは。どうやらボッコボコにさないとダメらしい。


「プライベートマッチで行こうかな?るーちゃんはどう思う?」

「プラベは絶対に受けないって言ってたよ」

「んー、じゃあリアル凸するしかないか。先にで待ってるよ」


 そう言い残すと、天使はその場からログアウトする。その後を追う様に、魔王も次いでログアウトした。


 ――――――――


「というわけで」

「来ちゃった♪盛大にもてなして?」


 プロゲーマー育成所『セラフ』、エントランスホールにて。


 先日プライベートマッチで戦った『魔王』ルーデシアと、その隣に『そうです私が天使です』と言いたげな格好をした奴がいた。


「いやー……お二人が来られますと……その、ですな……」


 俺の横にいる葵は珍しく歯切れの悪い返答を返すが、その戸惑いの裏に『帰れ』という意思が見え隠れしているものだった。何かしら苦い思い出があるのだろうか。


「大丈夫だよ葵さん。ボク達の用は……そこの新人さんだからさ」


 天使が俺に向けて目線をやったときだった。背筋に冷たいものが這い上がる。


 そんな俺に、葵が耳打ちをしてきた。


「気をつけてくだされ……あの天使は『天使のような悪魔の笑顔』という二つ名通り、見た目以上に悪どいですぞ……要求には素直に従ったほうが賢明ですからな」


 そのアドバイスに頷くと、天使はねちっこい口調で詰ってくる。


「人のフレンド申請蹴ったくせにるーちゃんとは軽々しくフレンドになるなんて……ほんとに許せないよねぇ〜」

「すまん、そもそもフレンド申請されてることすら気づかなかったんだ。気分を害したなら謝る。あのときは千を越える申請があったから全部一掃したんだ」


 フレンド申請を全て蹴った経緯を話しながら、立ち話も何だし、ということで四人で食堂へ向かう。だが、ワープした直後に食堂の至る所から歓声が湧き上がる。


「天使様だあぁあぁああ!!」

「可愛いぃいい!!」


 どうやら、ルーデシアに付いてきた天使が彼らの目当てなのだろう。対してすぐそばにいる俺には陰口が叩かれる。


「は?またアイツかよ……マジリア充爆発しろ……」

「マッチングであったら今度こそ殺るわ……」


 フチカの時もこんな感じだったな、と気にもとめずに注文を済ませ、四人揃って席へと座る。


「で、話を戻そう。申請自体されてることに気が付かなかったんだ。本当にすまない」


 あらかた説明し終えた俺はそう締めくくると天使に向かって頭を下げる。葵の態度といい、先程の寒気といい、コイツにダル絡みされたら厄介なことになりそうだ。


「なら、今フレンド登録してください」

「ん、お安い御用だ」


 傍から見れば、会ってすぐフレンド登録した様に見えるだろう。ギャラリーにはそれが羨ましいのか、ギリギリと歯噛みする音がココまで聞こえてくるが気にしないでおこう。


「そうだ、訊きたかったんだがシーズンの予選を通過するにはどれくらいのポイントが必要なんだ?」

「くっくっくっ……我が叡智をすぐさま授けることは出来るが貴様にその資格があるのか見せてもらおうか…」


 相変わらず無駄にカッコつけたポーズで、無駄に中二めいた言い回しにてルーデシアは俺に問いかける。


「何いってんだコイツ」

「教えてもいいけど現状のポイントを知りたいだってさ」


 天使が翻訳したことで要領を得た俺は飾らず今のランクポイントを告げる。


「今の所だと……4000弱ってところか」

「んー……。まだまだだね。ボク達ナンバーズに追いつくならそれの25倍位は無いと」

「十万も!?」

「いや、予選を通過するだけならその半分で大丈夫ですぞ。拓人氏の腕ならそこから這い上がることは十分出来ますしな」

「え……あの、私――じゃなくて我が説明しようと――」


 予選突破のボーダーは約50000ポイントといったところか。一戦に付き順位ごとにポイントが加算され、一位なら約400ポイント、つまりは少なくとも後百戦以上、一位を取らなきゃならない。


「あと百戦以上か……」

「まあ、昨日今日で4000弱も稼げる拓人氏であればものの数日で到達できますぞ!」


 4000弱でふと思い出す。数字で使う〇〇弱、強と似た表現で、震度にも使う震度5弱、5強と数字の後に強弱を付けるのになぜ意味は正反対なのか。


 数字で4000弱と表現すれば3900程度、つまり4000に満たない事を言うが、震度5弱は大体5.3程――5よりも大きい事を示す。


 ある日、ゲーム実況中に4050程度の数字を見て『4000弱』だと言ったことがある。勿論コメント欄ではそれを突っ込まれ、以来俺の配信では4000程度の数字が出るとコメントには『4000弱www』が飛び交うようになった。


 そんな事をふと思い出した。今では懐かしいその出来事を彼女たちに話そうと切り出す。


「にしても、数字の後に付ける〇〇強弱と震度に付ける強弱が反対とかマジで意味わからないよな。普通に混乱するわ」


 なんとなくそう切り出したつもりだった。だが、その場にいた全員は頭にクエスチョンマークを浮かべ首を傾げる。しまいにはルーデシアからこんな質問が飛び出してきた。


「ねぇ、震度って……何?」


 その質問に絶句した。少々バカ…いや言い直そう。知識に偏りがあるな主に中二的な言い回しが殆どとは思ったがまさか震度を知らないとは。


 他の二人なら知ってるだろう――そう期待を込めて二人の表情を伺うが、二人の頭の上にも未だに「?」が見えるようだった。


「しんど……シンド……進んだ度合いのことですかな?」

「いや、新しい土のことでしょ?」


「進度」について言及する葵と、「新土」ではないかと推測する天使。それに葵は反論する。


「それ……単位ではありませんのでは?強弱を付けるなら単位であるはず……。拓人氏、それでシンドとは何を指してるのですかな?」


「……いや、何でも無い。ちょっと疲れた。自室で休んでもいいか?」

「おわ、顔色が悪いですぞ。自室で横になっててくだされ」

「ああ、そうする……。二人共折角来てもらったのに悪いな。……それじゃ」


 3人に別れを告げ、食堂から自室へと移動するとふらついた足取りでベッドへと倒れ込む。


 おかしい。なんで3人とも震度を知らないんだ?地震がある日本に住んでるなら知ってて当然だろ……?


 いや……まさか。


 うつ伏せの状態から体を回転させて天井を仰ぐ。

 そして頼れる相棒に一つの質問を投げかけた。先程の予感が当たっていないことを願いながら。


「バウゼル。……できるだけ詳しく現在地を教えてくれ」

『はい。……現在地は天の川銀河系内、中心部から約27000光年離れた場所です』


 幼い頃、親父に教えてもらった『地球は銀河系の何処にあるの?』という疑問の答えと一致している。バウゼルはそのまま続ける。


『天の川銀河系の中心から同心円を描く様に、銀河の回転に逆らうように移動中』


 どんどんと期待していた答えから離れていく。


『……脳波検出。現在地の詳細情報提供を中止し、結論から申し上げます』


『我々が立っているこの地面は地球のものでは無く、惑星を探す船団「エクスプローラーズ」の物です』


 悪い予感は当たっていた。


『追加で申し上げますと、地球はおよそ百年前に勃発した核戦争にて死の星となりました。百年前のデータですが、地表に生存している生命体はおりません』


 地球は当の昔に滅び、自分を揺らす事も無くなっていたのだ。


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