第19話 この二百年間で世界に何が起きたのか?

 俺はバウゼルから発せられる温度の感じない言葉に絶句していた。


 生まれ故郷である星、地球は当の昔に死に絶えた。


 今俺がいる所は地球の代わりに住める星を探す船団のうち一隻に過ぎないのだという。


 何でそうなったのか?理由が知りたい。俺はベッドに仰向けになったまま、バウゼルにそれを聞いてみた。


「バウゼル、どうして地球がそんなことになったのか、今まであったことをざっとで良いから紹介してくれ」


『畏まりました。年代順に紹介させて頂きます』


『2050年、某国首相暗殺未遂に伴いリチウムイオンバッテリーを含む複数種のバッテリーに規制が掛けられます』

「まて、何で首相の暗殺が規制に繋がるんだ?」

『バッテリーを搭載し、自爆することで殺傷することを目的とした兵器が使用された為です』


『2030年前後には、ドローン技術が発達し各地の戦場で猛威を振るっておりました。戦略爆撃機よりも安価な上小型な為目視も難しく、滑走路も必要無い為場所を選ばず発射することができた為です。そして何よりパイロットになれる素質のある人間よりもドローンを操縦出来る人間の方が遥かに多かったためです』


 確かに、俺がいた2020年の時点でドローンを兵器として運用する案は出ていた。というよりも、ドローンを開発するに至った経緯はそもそもの話軍用だったという説もある。


「だが、広範囲を爆撃出来る戦略爆撃機がそんなに簡単に廃れるとは思わない。ドローン一機に積める武装の多さなんてタカが知れてる。いくら未来のドローンが高性能だからってそんなに積めないだろ?」


『はい、マスターの仰る通りです。戦略爆撃機の代わりに軍用ドローンが配備されたのではなく、併用される形で運用され始めました。戦略爆撃機にて広域を一掃し、生き残りを軍用ドローンにて処理する、という戦術が取られていました』


『ただ、その時はまだAIによる画像処理は完璧とは言えず、民間人を誤って殺傷するケースが多発しました。そのため2034年には軍用ドローンを兵器として使用する事を禁ずるを世界条例が締結されました。まさに第二次世界大戦後、クラスター爆弾の使用が禁止されたケースと同様です』


「つまり、軍用ドローンでも荷物の運搬とかなら使用は認められたってことか?」


『はい。ですがその条約締結からおよそ6年後、2040年の事です。当時各国相手に戦闘を仕掛け、自国民には圧政を強いる、まさに暴君と言える某国の首相がドローンにより暗殺未遂に逢いました。この時使われたのは自爆型ドローンというもので、自身を稼働させる為に必要なバッテリーを意図的にショートさせ爆発、ないしは発火することで死傷させるというものでした』


『当然、バッテリーの容量が大きければ大きいほど殺傷能力は上がります。そこで使用されたのがスマートフォンのバッテリーでした。ドローンを兵器として運用するには様々な物が必要でした』


『周囲を撮影するためのカメラ、現在地を知らせるためのGPS、情報をやり取りするための通信機能。それらはなるべく軽量化されていることが望ましく、そして手軽に数を揃えられると尚良い』


『……まさに、スマートフォンは理想的でした』


『スマートフォンを括り付ける事ができ、飛んで標的の元へ辿り着けばそれでいい。ドローンに求められるスペックはそれほど高水準では無くなっていきました』


『それこそ、軍が兵器として開発していた軍用ドローンではなく、民間の会社がただ飛ばすだけに作った民生のドローンでもその要求を満たせる程に。必然的に、民生ドローンに安価なスマートフォンを括り付けた自爆ドローンが量産されていきました。それらは安価なことから【貧者の武器】と呼ばれました』


『戦場でそのような武器が使用されている事を報道で知り、これなら自身でも作れるのではないかと模倣する者も現れました。彼らが攻撃する対象は敵国ではなく、自国の重要人物達でした』


『結果として暗殺未遂に逢った暴君はなんとか一命をとりとめたものの、反乱の恐れを抱いた為自国の領土に向かって核を発射するという暴挙に出ました』


『その時運悪く外国を巻き込み、そこから連鎖的に核戦争、第三次世界大戦の火蓋が切って落とされたのです。これが2040年の秋のことです。開戦から一月もせずに戦火は世界中へと広がり、核の応酬により瞬く間に国が一つ、また一つと消えていきました』


『一年も経たずに第三次大戦は終結を迎えます。戦勝国はおらず、核を用いたことにより母なる地球を取り返しのつかない程にまで壊してしまったことを全員が悔いるだけの結末でした』


『未来の進んだ技術でも放射能汚染は完全に除去することは出来ず、人類は火星テラフォーミングにシフトしようとしましたが結果として失敗、代替惑星探査船団「エクスプローラーズ」の結成に至ったのです』


『人類が居住できるほどのスペース、大気循環システム、発電システム……その他諸々を構築するのにおよそ十年の歳月を要し、ついに2050年に完成しました』


『その間にも放射能による死者は多発し、地球を離れる時には全人類を数えるのに億の単位が必要ないほどに少なくなっていました。エクスプローラーズはそれら全員を乗せ宇宙へと進出しました』


『この時はまだ、スマートフォンは通信端末として機能しておりました。しかし、大戦の引き金を引いた様に、爆弾への転用を防ぐ為、新規製造するスマートフォンはバッテリーの容量はごくわずか、またはバッテリーを搭載しないタイプのものしか認められず、充電しながらで無いと使えない欠点がありました』


『そのためエクスプローラーズの船内には、超長距離給電機構が運用できるように配電管が至るところに伸ばされ、次第にバッテリーを搭載した機器は駆逐されていくことになりました』


『ただ、バッテリーを必要としなくなったこの革命は、同時にスマートフォンを通信端末の座から引き摺り落とす結果にも繋がりました。かねてより開発が進んでいたもののバッテリーの小型化が懸念として残り、頓挫していたプロジェクト【バウゼル】が再始動したからです』


『この時のバウゼルは当機の様に頭部への埋め込みが必要な物であり、あまり普及しなかったというデータが残っています。その為スマートフォンを引き続き使用する者が大半でした』


『ですが、それでもバウゼルが必要になる場面は幾度となくありました。両手を塞がずに高度な計算が求められる場面です。一番その有用性が認められたのは、宇宙船外での活動です』


『宇宙を航行すれば、自ずとデブリとの衝突や摩耗が生じ、船外でのメンテナンスを余儀なくされます。その際に両手が使えるということは大きなアドバンテージになるのです』


『そのため、バウゼルの高機能化が優先されるのは当然のことでした。何分メンテナンスを怠れば人類の生き残りが全滅するのですから』


『その過程で、葵様が装着されているような第二世代のバウゼルが誕生しました。インカムやイヤホンの様に耳に装着するだけで当時のスマートフォン以上の演算機能やホログラム投影機能が使えるというのは当時衝撃的であり、手術が必要だからと旧式バウゼルを断念した人々も次々と導入していったのです』


『こうして、スマートフォンは通信端末の座から下りました。ですが、そのままお役御免とはなりませんでした』


『バウゼルの高機能化により、労働能率は飛躍的に上がりました。一部の職業を除き、ほぼ全ての労働に於いてAIが台頭し、労働者は暇を持て余す様になりました』


『娯楽を求め、今まで無かったフルダイブ型のゲームが開発される様になりました。それをプレイする端末として選ばれたのがスマートフォンです』


『バッテリー規制の影響で規格はほぼ統一されており、ほぼ全ての人間が所有している。下手なゲーム機よりもシェアを占有している端末として、スマートフォンはゲーム機になりました』


『もちろんバウゼルでのゲームも開発はされました。ですがそれらは搭載されたAIが優秀すぎるが為にプレイヤーの影響力が限りなく少なく、すぐに廃れて行きました』


『こうして様々なタイトルが制作されたのです。|MMOマッシブリーマルチプレイヤーオンライン、シミュレーション、FPSファーストパーソンシューティング、アドベンチャー……ジャンルも多種多様でしたが、やはり一番人口の多かったものはMMOでした』


『第二の人生を歩めることを夢見たプレイヤーの多くが現実へと帰ってきませんでした。その事態を重く受け止めた政府が連続接続時間を規制する法律、通称【タカハシ法】を制定すると、今までの勢いは嘘のように失速していきます』


『代わりに一回のプレー時間が短いFPSが主流となり、次々に同ジャンルのタイトルが開発されては消えていきました。その中でもひときわ人気のあるタイトルが、マスターもプレーしているモバイルウォーオンラインです』


『以上で簡易的な説明を終えますが、ご不明な点はございますでしょうか?』


「いや、大丈夫だ。サンキュな」


 長い長い昔話を聞き終わり、俺は寝転がった体を起こし伸びをした。


 それと同時に、葵が音もなく部屋へとワープしてきた。


「おや、拓人氏。起きてて大丈夫なのですかな?」

「ああ、葵か。二人は?」

「取り敢えず帰って頂きましたぞ。何分拓人氏の世話が必要かと思いましてな」


 心底心配している、といった様子で俺の顔を覗き込む葵。俺はそんな彼女にとある質問を投げかけた。


「なぁ、自分があと30年生きたら戦争で死ぬかも知れないって分かったとき、どうすりゃいいんだろうな」


 俺は怖かった。元の時代に戻れば後三十年で高確率で死ぬということが。


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