第26話 三人の因縁

 圧倒、という試合を目の当たりにした俺はしばらく何も言えなかった。


 激戦を期待していた俺は葵の実力に驚きながらも、斑鳩の剣術の程度が分からなかったことにすっかり拍子抜けしていた。


 だが、フチカとルーデシアはというとまるで当然だと言わんばかりにいつもどおりの調子で先程の戦いの感想を述べあっていた。


「……まぁ、当然。葵が勝つよね……」

「そうですね!私とお姉様の師匠である葵さんが猪突猛進でツッコむしか脳にない、ワンパターンで剣術だけで食ってきた無神経な斑鳩バカに負ける訳ないですよ!」


 散々な言われようである。斑鳩に内心同情していると葵から会議室に集まって欲しいとの連絡が入った為、俺達は3人揃って移動する。


 転移した先には既に葵と斑鳩が向かい合って座っていたが、二人の顔からは先程戦場で合わせていたような殺気めいた圧は感じられず、和気藹々と笑顔でなにやら話していた。


 葵は俺たちに気づき斑鳩との会話を止めて俺たちへと向き直る。


「おお、拓人氏。貴殿はウチに残留、ということになりましたぞ。拙者に感謝して頂きたいですなぁ」

「あぁ、ありがとう。流石に毎食ペースト飯食わされる環境には身を置きたくない」

「では拙者の要求に応えて――――」

「スマホはやらん」

「ぐぬぅ……何故分かるのですかな」


 俺と葵のやり取りを目にした斑鳩は大口を開けて笑う。


「はっはっは!葵はやはり変わっていないな!未だにスマホに目が無いとは!にしてもココは楽しいな!大体の奴がうつむいて何かしら呟いているレッコラとは大違いだ!」

「客観的な視点では悲惨としか言えないな。我らが所属している所は……」


 魔王いつもの調子に戻ったルーデシアが斑鳩の言い分にため息交じりに同意する。先程ルーデシアから聞いた話をまとめると、彼女らが所属するレッドコラプションは完全実力主義のグループだ。


 その環境においてはナンバーズで有る彼らは楽を出来るものの、どうあがいても上へと行けない弱者はどうしようもない。


『まだ本気出してないだけ』『今日は調子が悪かった』なんて言い訳は、過度とも言える程に管理された生活によって意味を為さなくなる。


 睡眠、食事時間を削って全てゲームのトレーニングに注ぎ込め。コレは言ってしまえば所属しているメンバー全てを同条件に当てはめて、個々人の潜在能力ポテンシャルだけを図ろうとしているようなものだ。


 実力とは、大体の場合方程式に当てはめる事が出来る。


 ×


 コレこそが個人がどれ位の実力を発揮できるかの方程式だ。全とかいう奴は自分の配下にいる奴の、生まれ持った才能がどれほどか測ろうとしたのだろう。


 だからこそ徹底的な生活管理を強いた。食事、睡眠といった本来であれば生活に必要不可欠なものさえ、生存に最低限必要な程に削った生活をさせ、努力の量をほぼ一定にした。


 それから見出されるのは個々人の才能の差。努力の量を一定にすることで、すべてとか言ういけ好かないクソヤローは才能にxという引数を当てはめることに成功した。


 そして導かれる答えの大きい奴らから優遇するようにし、自室のレイアウトを、ゲームをプレイする才能という答えを導き出す時間の削減を許す。もう既に才能の有る奴ら彼らの才能は測り終えているから。


 つまりは才能があれば楽な生活が送れる。眼の前にいるナンバーズ二人の様に。逆に才能がなければ一生搾取されるだけの奴隷染みた生活。一生上の奴らに食われるだけの餌として生きるだけ。


 こんな物、才能の有る一握りナンバーズ以外にはディストピアとして扱われてもいいほどのグループだ。


 だから葵はあのペースト飯に『ディストピア飯』という名前を付けて、食べる奴も居なくなったにも関わらずメニューに残していたのだろう。


 俺がそんなことを思い浮かべていると、葵は斑鳩の『変わっていない』という発言をそのまま彼に返していた。


「拙者が変わっていないという斑鳩氏も殆ど変わっておりませぬな。細かいことはどーでも良くて、楽しければルールなど無関係で成し遂げようとする」


 そこで言葉を切ると、葵は俺の方をチラリと見て斑鳩に何を言いたいか察させようとした。十中八九俺を引き抜こうとした時の事を言っているのだろう。


「ふむ!それに付いては済まなかった!拓人と言ったか。君にも謝らなければならない!すまなかった!」


 そう言って彼は俺と葵に頭を下げ、一向に上げようとしない。それを見たルーデシアは『それみたことか』という表情をしていた。


「まあまあ、結局は無くなったことですしいつまでも謝られてもむしろこちらがなにかしたような気がして気が気でないですぞ」

「いや、それでも――」

「俺からも賛成だ。もう終わったんだし顔を上げてくれ」


 俺と葵の説得あってか、斑鳩はやっとのことで頭を上げる。その顔は申し訳無さで一杯で、これ以上なにか言うのも憚られるものだった。


 それを悟ってか、葵は話題を変えようとかつての仲間の近況を訊く。


「というわけで引き抜きの件はこれにて終わり。それよりも、拙者はすべてがどうしているか気になるのですが、話して頂けますかな?」


 それを受け、斑鳩は先程の笑顔に戻り話し始める。


「そんなこと、決まっているだろう。アイツは今もゲームしかしていない!」

すべてに言っておいてくだされ。『まだ勝たないと楽しくないのか』と」

「はっはっは!アイツのことだ、『負けて楽しいと思えるのは負け犬根性の染み付いた奴だけだ』とでも言うのだろうな!」


 斑鳩は笑顔を崩し、仏頂面で真似をして答える。


「全くもってそうですな。はぁ、以前の様に三人で楽しくバトれる日がまた来ると良いのですが」


 葵はため息交じりにぼやくが、俺はその内容に疑問を感じ、それをそのまま聞いてみる。


「三人ってことは、以前は結構仲良かったのになんで今はこうなってるんだ?」

「なに、ありふれた話ですぞ。以前は三人で楽しく殺ったり殺られたりしていたんですがな、そのうち一人がヤケにガチり始めてグループが分かれたんですぞ」


「で、比較的エンジョイ勢が我らセラフに、生活削るほどガチになるのがレッコラに、という具合で分かれて行った訳であり、拙者ら三人が袂を分かった理由でもある訳ですなぁ」

「ちなみに!葵が抜けたせいで戦力低下を恐れたすべては自身に勝たないと脱退を許さない様になったぞ!だから俺はまだ全の側にいる!」


 まあ問題は無いがな!と大笑いしながら言った斑鳩。


 なるほど。音楽性の違いならぬゲームに対する姿勢の違いで分かれたということか。


「拙者もゲーマーの端くれ。『闘うのが好きなのではなく、勝つのが好きなのだ』という思想も理解は出来ますぞ。ですがな、いつだって最終的に勝つのは楽しんだ者であることは必定ひつじょう。勝ちしか嬉しくない者と負けてもモチベを維持できる者、どっちが有利かなど一目瞭然ですぞ」


「勝たないと楽しくない」者では無く「負けても楽しいと感じられる」者が勝つ。前者は負ければモチベーションとパフォーマンスが下がるものの、後者はそれが無いどころか、むしろ上がることさえ有り得る。


 それはかなりの強みであり、後天的に得ることが出来ない大きなメリットなのだ。


「そう!そしてその素質を持つのが拓人氏なのですぞ!つまり、すべてを倒せるポテンシャルを秘めているわけで――」

「は?いやそんな事無いが」


 一瞬の沈黙。


「――え"?」

「負ければモチベ下がるのなんて当たり前だろ。というか何故俺がそうじゃないって思ったし」

「えーっと……勘?」

「お前な……元の時代の俺の口癖、教えてやろうか?『二度とやるかこんなクソゲー!』だ」


 その根拠のない決めつけに、言い慣れたセリフを吐くと、葵はしどろもどろになりながらなんとか締めくくろうとした。


「というわけで、拓人氏には今回の引き抜き阻止の対価として、あることに挑戦して貰いますぞ」

「何だ?といってもある程度は察しが付く。どうせ一位のすべてを倒してほしいとかだろう?」

「流石に察しが良いようで。まぁ、本当にお願いしたいのは彼の運営する養成所、レッドコラプションの壊滅ですがな」


 本当にそんな事して良いのだろうか。それとなく斑鳩とルーデシア、二人の表情を探ってみるが二人共頷いており、否定の言葉一つ出てこなかった。


「拙者は『ゲームは勝ち負けよりも楽しく』がモットーのエンジョイ勢でござる。負けこんでいる相手には接待してでも勝って欲しい気性でして。あそこで上位勢に踏みつけられ、日々負け続けている大勢の人達に、勝ち負けに拘らずゲームをプレイして欲しい、というのが拙者の願いなのですよ」


 悔しさを滲ませた口調で葵は続ける。


「それに、そんな環境でプレイするゲームなんて嫌いになるか、それこそ本当に『二度とやるかこんなクソゲー!』と言い辞めてしまうかのどちらかに転ぶだけ。それだけは絶対にさせたくないのです」


「どのゲームにも言えますがな、ベテランプレーヤーの義務は初心者を楽しませることにあると考えているのですよ。そういう点では、拙者とすべては相容れないのは必然」

「だから俺に倒してほしいってことか?俺よりも葵の方が実力は上だし、自分でやればいいんじゃないか?」


 俺はついこの間プレーを始めた初心者なのだし、と至極真っ当な指摘を飛ばすが葵はそれに反論する。


「いえ、拙者には勝てないのです。拙者の戦歴を見たことが有れば分かると思いますが、ココ数年はずっと二位。レッコラに居た時も一度も勝つことは出来ず仕舞いというわけでして」

「なおさら無理じゃねーか。さっきの試合見た時、俺はお前に勝つビジョンが見えなかった。そんなお前すら勝てない一位にどう勝てって言うんだよ」


 葵は俺のスマホを指差す。


「そのスマホ、この時代ではあり得ないスペックをしていますな?それが突破口になると踏んでいるのです。ピーキーではありますが使いこなせばチート級。それを持つ拓人氏にしか、この荒唐無稽なお願いは出来ませんなぁ」


 出会ったときの「チャンピオンになれ」という提案といい、俺(とスマホ)を過大評価しすぎだろう。だが、アイツを倒せないということはチャンピオンにもなれず、親父をブン殴るという事も出来はしない。


「……とんだ無茶振りだぜ。まったく。出来なくても文句言うなよ?」


 俺はそう答えると、早速自室に戻って三強のバトルログを見ることにした。

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