第25話 二つの陣営

 その後、立ち話もなんだしということで斑鳩とルーデシアの二人を食堂へと通す。俺たち4人は昼時も近いことがあってかほぼ満員の食堂へ転移した。


 人がごった返しているにも関わらず、俺たちの周りは人が居ない。というよりも避けられていた。


 ナンバーズの上位陣が三人、それも三強の一人が含まれているのだ、並大抵のプレイヤーは並ぶのもおこがましいと感じているのだろう。


 彼らは遠巻きに、一人場違いな俺をいつものように非難する。


「またアイツかよ……剣聖と一緒に並ぶとか……」

「いいよな才能があるやつは……トントン拍子で駆け上がれてよ……」


 それを聞き流し、食券機に並ぶ俺たち。並び順としては、フチカが先頭に、ルーデシア、俺、斑鳩の順。


 いつものきなこ餅を頼んだフチカの次に、彼女への憧れから同じものを頼んだルーデシア。俺はなんとなく豚骨ラーメンを頼む。


 すると、後ろに居た斑鳩が俺の注文に難癖をつけてきた。


「おい拓人、お前一杯だけでいいのか?食わなきゃ強くなれんぞ!?」


 バンバンと俺の背中を叩きながら問いかけてくる斑鳩。俺は背中の痛みに我慢しながらなんとかその問いに答えを返す。


「いや、これくらいで十分だって」

「なに、遠慮すんな!俺の奢りだ!」


 なんなのこの人。久々に遊びに言ったじいちゃんばあちゃん家ばりに食え食えって勧めてくるんだけど。


「ていうか、お前が満漢全席頼んだ奴かよ!」


 彼の手に握られていた、「満漢全席」の文字が刻まれた食券を見てツッコみ、流れを変える。


「俺が居るところじゃ食えないからな!ココに来たときは毎回食うと決めているのだ!」

「……前回は二回目頼もうとして止められてた……」


 マジかよ……規格外ってレベルじゃねーぞ。アレはたしか複数人で2〜3日掛けて食う物じゃなかったか?


 疑問のあまり立ち止まる俺を追い抜かし、食堂のおばちゃんに食券を渡す斑鳩。するとすぐにおばちゃんは元気よく答える。


「あいよー!10分程で出来るから座って待ってて〜」

「そうか!じゃあ待ってるぜ!」


 ……もうツッコむのは止めておこう。満漢全席10分で作るとかナンバーズ以上に凄腕……というか物理的に不可能じゃねーの?


 半ば混乱しながら食券をおばちゃんに渡す。秒で返された一杯の豚骨ラーメンを持って、三人が談笑しているテーブルへと着席する。


「……私達の注文は少し掛かりそうだから先に食べてて……」

「お姉様がそう言うのだ!感謝を噛み締めながら食べると良いぞ!」

「感謝は出してくれたおばちゃんの方にするわ!いただきます!」


 流れるようにツッコみをこなしてラーメンをすする。コレだよこれこれ。ジャンクみのある味が元の時代を思い起こす。


 それからしばらくして、斑鳩以外の全員が食べ終わり、満漢全席がずらずらとテーブルを埋め尽くした頃合いの事だった。


 葵が俺たちの方へ来て、斑鳩に挨拶をする。彼はそれに快く答えた。


「おや、皆さんお集まりのようで。にしても……ココでは珍しい方もいらっしゃるとは」

「おお!葵じゃないか!久しいな!」


 二人が言葉を交わしただけで場の雰囲気がやや硬くなる。先程まで和気藹々としていた食堂は静まり返り、固唾を飲んで二人のやり取りを見守っていた。


 2位斑鳩3位。二人はココに居る何十人の内最も頂点に近い者同士。自ずと注目が集まるのは当然だった。


「いやはや、斑鳩殿もまあご健勝のようで何より。にしても大胆ですなぁ……。まさか拙者の目を盗んで未来のエースを引き抜こうとするとは」


 そこまで言って言葉を区切る葵。当然その内容に周囲はざわめく。


「引き抜き!?あのレッコラにか!?誰がされたんだ…?」

「そりゃ未来のエースっていってるしフチカさんだろうよ」

「いやそれはない。フチカさんは前に一度断ってる」

「だからまた勧誘しに来たんじゃないのか?」


 根も葉もない憶測が飛び交う中、斑鳩は葵の顔を暫し眺めた後、豪快に笑いながら話し始める。


「だとよ拓人!お前中々舐められてんなぁ。『俺はフチカよりも強い』ってココで宣言してみぃ。俺がそこまで鍛えてやる!」


 斑鳩の言葉でざわめきは更に大きくなる。十中八九俺への嫌みやら妬みだろうし聞き流していると突如としてまた静まり返る。


 静かだが、息の詰まるような圧を感じてその原因へと目線をやるとその当人はゆっくりと口を開いた。


「いくらそちらの養成所、レッドコラプションが実力主義とは言え、他陣営からの引き抜きが許されるとでも?」


 葵が発する口調も態度も柔らかい。だが彼女が放つ圧はその場にいた全員を竦ませるには十分だった。


「どうしても、というのなら――」

決闘プラベで決める、だろう?!」


 斑鳩は葵が放つ圧を物ともせずに、まっすぐと彼女を見て威勢よく答える。


「いいだろう!その誘い、受けて立つ!……と言いたい所だが、俺には!まだやるべき事がある!」

「拙者からの挑戦よりも重要な事ですかな?」

「ああ!真っ先に終えなければいけないこと……それは!」


「腹拵えだっ!」


 斑鳩の予想外の答えに開いた口が塞がらない俺たちをよそに、彼は目の前の皿に齧り付いた。


 ――――――――


 二人の準備が終わるまで、邪魔しては行けないと俺とフチカ、あとルーデシアは何故か俺の自室に集まっていた。


「なあルーデシア。葵が言っていたレッドコラプションってどんな所なんだ?」

「どんな所か問われればゲーマー育成所としか言いようがないだろうが。まあ、セラフこことの違いなら説明出来る」

「実力主義だとはさっきの話で分かったが、それ以外が全く分からん。説明してくれないか?」


「端的に言えば、全ての時間はゲームの腕前を磨くために有る、という理念に基づいている。食事、睡眠、風呂などの本来人が必要とする事の時間を限りなく削り、余暇さえもゲームに捧げるのだ」


 話だけ訊くと、一昔前のネトゲ廃人めいた生活が思い浮かぶ。そのうち「ゲームに専念するので仕事辞めろ」とか言われそうである。


「食事は集中力を高める為、必要十分な栄養素に加えて糖分やカフェインが丁度良い塩梅に配合された合成ペースト、3時間以上の睡眠は禁止、風呂は洗浄ポッドに入って1分もかからず済ませる……実に味気ない生活だ」


 洗浄ポッドってなんだ……七つの宝玉を集めて願いを叶える某漫画に出てきた、野菜王子が入っていたアレだろうか。


 ちなみにセラフでは自室に風呂が備え付けられている他、共有スペースではあるが大浴場もある。バウゼルで景色を変えることも出来るため、露天風呂を楽しむ者も多いとか。


 食事ももちろん自由だ。レパートリーの多すぎる食堂は出ない料理を探す方が速いだろう。


「だが、コレはあまり実力の奮わない者達が過ごす場合の事だ。我や斑鳩などの強者はまあまあ融通が利く。自室のレイアウトを自由に変えたり、先程の規則を守らなくて済む等だ。だからこそ下の者も死に物狂いで登ってくる」


 まるで無課金では不便を強いて、課金すれば快適に遊べますよと欲を煽るスマホゲームのようだ。それらの運営が基本嫌われる様に、二人が所属する養成所の所長も同じく嫌われているのだろう。


「なんか、ディストピア味があるな。どんな奴が運営してるんだそこ……」

「我らの所長か?名は『にのまえ すべて』ナンバーズ、ひいてはMWOプレイヤーの頂点に立つ男だ」

全一ぜんいちか……。さぞ腕が立つんだろうな」

「ああ、どうにか勝ってルールを変える、もしくは味気ない生活から抜け出そうと脱退を掛けて戦った者は全員敗れて二度と挑戦することは無かった。それほどまでに奴と我々の実力は乖離しているのだ」


 半ば諦めた様な表情で語るルーデシア。その言い草だと彼女もその一人なのだろう。


 度々こちらへ遊びに来るのもセラフの自由な生活に憧れていたからなのかも知れない。


 ――――――――


 それから暫くして。二人のプライベートマッチは始まったが、結果的にワンサイドゲームに終わった。


 圧巻だった。指一本どころか、剣先すら届かせることなく葵は勝利したのだ。


 彼女はただ単に誘導弾で斑鳩を追い詰め、逃げ場を無くした上で四方八方から弾幕を貼って削りきった。


 これだけ聞けばフチカでも出来そうな芸当だが、特筆すべきはその精度と量。


 誘導弾はまるで熱探知かなにかで自動的に斑鳩を追っているかと錯覚するほど正確にその背中を捉え、蛇の様に曲線を描いてその弾道を変幻自在に変える。


 弾道を制御するにもその都度思考による修正が必要であり、誘導弾の使い手とされているフチカでさえ直角に軌道を変えることが精一杯だ。


 そんな弾丸が、優に百を越えるほど発射され、それらは十重二十重に重なり合い腕の形となって相手を追う。


 それはただの弾幕ではなく、さながら化け物が相手の生命を奪おうと腕を伸ばしたかのように見える光景だった。


「フチカ、お前アレできるか?」

「……出来て10発。あんな精度の誘導をする弾丸をそれ以上出したら弾道計算の処理が追いつかなくなる……」

「だよなあ……」

「……ちなみに、葵はアレでもかなり手加減してる……本気出したら正に桁が違う物量の弾幕張るから……」


 その耳を疑う言葉に、俺は黙りこくるしかなかった。

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