第18話 もう一人の義妹 -1-

「……ここねっ」


 伊織いおりめぐみが住むマンションを見上げる、一人の少女。


 風に舞うツインテールが、朝の日差しに照らされる。


 その神秘的な光景に、すれ違う人たちは引き込まれていく。


「ふふっ」


 少女は微笑みを浮かべて言った。


「待っててね。――お姉ちゃん」




 朝の八時。


 大学の講義がない休日は、基本この時間に朝食を食べている。


 昼まで寝ていたいという欲は、あるにはあるけれど。


 そんなことを思っていると、ふと目の前で味噌汁を飲んでいる恵と目があった。


「……伊織ちゃん、この味噌汁美味しい」

「……お願いだから、『伊織ちゃん』って呼ぶのやめてくれない?」


 忘れた頃にやって来る『伊織ちゃん』。


 彼此かれこれ、週ニ〜三のペースでこのくだりは続いていた。


 いつまで続くのやら……。


 すると、リビングのテレビから朝の星座占いのコーナーが流れた。


 噂では、恐ろしい確率で当たるらしい。


 本当なのかは定かではないけれど……。


 そんなことを考えていると、丁度自分の星座の占い結果が流れるところだった。


『――座の皆さんは……今日はツインテールに気をつけましょう〜♪』

 

 ……? ツインテール?


 チラッと恵を見る。


「?」

 

 恵は不思議な顔で首を傾げる。


 うーん……恵はポニーテールだから違う。


 ……なら一体なんだ? ツインテールって……。


 考え込む僕に恵が尋ねてきた。


「……どうしたの、伊織ちゃん?」

「いや、だから――」


 ピンポーン。


 突然、インターホンが鳴った。


 なんだ? こんな朝早くに。


 ピンポーン、ピンポーン、ピピピピンポーン。


 ………………。


 ピンポンダッシュにしてはしつこい怒涛の連続インターホン押し。


 ……はぁ、仕方ないか。


「はいはい今出ますよー」


 一旦朝食を中断して席を立った僕は、リビングを出て玄関へと向かう。


 もしかして、宅急便?


 そんなことを考えながら扉の鍵を回し、開けると、


「お久しぶりですね」


 …――少女の声が聞こえた。


 声のした方に顔を向けると、ブレザーの制服を着たツインテールの少女が、仁王立ちで僕を見ていた。


 どうして休みの日に制服? 


 それより……ツインテールだ。じゃなくて!


「君は確か…………茉奈まなちゃん、だよね?」

「はい。初めてお会いしたとき以来ですね」


 そう言って、ツインテールの少女は小首を傾げた。


 その動きに合わせて、特徴的なツインテールが振り子のように揺れた。




 黒瀬茉奈くろせまな


 恵の妹で、今年高校二年生になった現役の女子高生。


 つまり、僕のもう一人の義妹である。


 そんな彼女がここにやって来た理由。それは一体……


 と考えながら廊下を進み、リビングの扉を開けた。


「恵、お客さんが来たよ」

「……お客さん?」

「やっほー、お姉ちゃん♪」

「! 茉奈」

「久しぶり〜、元気だった〜?」


 僕の後ろからひょこっと顔を出した茉奈ちゃんに、恵は目を見開く。


 当の茉奈ちゃんは、リビングを見渡すと、テーブルの上に並べられていた朝食を見て目をキラキラと輝かせた。


「へぇー。朝からこんな美味しそうなご飯を作るなんて、流石お姉ちゃんっ!」


 あ、それは……


「……それ作ったの、私じゃない」

「へっ?」


 茉奈ちゃんの口から素っ頓狂な声が漏れる。


 すると、ゆっくり顔を僕の方へと向けた。


「あの、えっと……あはははは……」

「!? ま、まさか、これ全部……っ!?」

「ま、まぁ……」

「…………」


 そんな怪しいものを見る目で見られても……。


 茉奈ちゃんとは、お互いの初顔合わせのとき以来だった。

 

 思ったことははっきり言う性格のようで、姉の恵とは対照的な印象だ。

 

「へ、へぇー……。や、やるじゃ――」


 ぐううぅぅぅ。


 どこからか可愛らしい音が鳴ったかと思うと、茉奈ちゃんが顔を真っ赤にして俯いていた。


「…………」


 時折、茉菜ちゃんはチラッと僕と恵の様子を窺う。


 その反応から察するに、どうやら犯人はすぐに見つかったようだ。


「……朝食がまだなら、これから用意するけど、食べる?」


 ………………。

 …………。

 ……コクリ。


 少しの抵抗も虚しく、茉奈ちゃんは顔を真っ赤にしたまま頷いた。のだけれど……


「くっ……!!」


 まるで仇を見る目でこちらを見てくるのだった。


 えぇ……。




 朝食を食べ終え、僕がシンクで食器を洗っていると、


「二人とも、おやすみ……」


 恵は眠たげな表情を浮かべてリビングを出て行った。


「え、嘘でしょ?」


 リビングを出ていく恵を見て呆然とする茉奈ちゃん。


 休日の朝は大体二度寝をする。

 

 これは、一緒に住むようになって気づいたことだ。


 恵の日々のサイクルは特殊であり、理解するのにまだ時間を要する。


 まぁ、流石に講義がある日に二度寝しに行こうとしたときは、全力で止めるけどね。


 そんなことを考えていると、茉奈ちゃんは恵の後を追って一緒にリビングを出て行った。


 ……。

 …………。

 ………………。


 茉奈がやって来たのは、恵の部屋。


 ノートパソコンが置かれた机と、数着の服がかけられているハンガーラック。あとは漫画が並べられた小さな本棚。


 シンプルな物を好む、恵らしい部屋模様になっている。


 茉奈が部屋中を見渡していると、恵は再びベッドに横になった。


「ちょっ、お姉ちゃん!? ね、寝るのっ!?」

「……眠たくなったら寝る。それが私の……プロフェッショナル。おやすみ……」


 うわぁ……なんだかカッコ悪い……。


 恵は一言残して、再び眠りについたのだった。


 時間にして、僅か三秒。


 世界中を見渡しても、こんな一瞬の内に夢の世界に行けるのは、一体何人いるだろうか。


「ええぇ……」


 そんな恵に、呆気に取られる茉奈であった。


 ……ていうか、なに、あのいつもの謎Tシャツ。


 Tシャツの胸の部分には、大きな字で『水風船』と書かれていた。


 一体、いくつ持ってるのよ……。好きだよねー。


 それにしても、


 ………………。


(むぅ~……)


 元々、あまり化粧をしない恵の整った顔立ちが羨ましくて仕方ないのだ。


 宝の持ち腐れだよね……。



「……はぁ」


 茉奈は一度深いため息を漏らす。


 全くおしゃれに興味がないと言うのだから、これまた驚きだ。


 今度、オシャレ雑誌の一冊でも持ってこようかな。


 と色々な考えを巡らせるのだった。


 その後。


 恵の部屋を出て廊下を歩いている間、茉奈の頭の中には、一緒に暮らしていた頃の恵の姿が浮かんでいた。


(もしかして……こっちに来てからさらに悪化した……?)


 昔からマイペースなところがあるのはわかっていたけれど、こっちに来てからその度合いがさらに増した気がする。


 これも……『お兄ちゃん』という、甘えていい存在ができたからなのかな。


 うむ……。


 そんなこんなでリビングに戻ってくると、茉奈の瞳は、シンクで食器を洗っている伊織へと向けられる。


「………………」


 お兄ちゃん、か……。


 ……それも、いいのかも。


「ん?」


 ふと伊織が見ると、茉奈が服の袖を巻きながら横にやって来た。


「……て、手伝うわ。朝ご飯を用意してもらったお礼にねっ!」


 自分の恥ずかしさを誤魔化すために声を上げる。


 それを見て、伊織は「ふっ」と笑みを浮かべた。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 年上の余裕なのか、少女の必死な様子がなんとも可愛いらしいと思った。


「ふ、ふんっ!」


 その後はというと、二人の間にこれといった会話はなかった。だが、血が繋がっていない兄妹とは思えないコンビネーションで、食器を洗い終えたのだった。

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