第13話 伊織ちゃん、爆誕!
ショッピングモールでの遭遇から、数日が経ったある日の夜。
もうすぐ深夜の一時を過ぎようとしていたあるとき、わたしのスマホに一本の電話がかかってきた。
わたしは枕元に置いていたスマホを手に取り、電話に出た。
「もしもし~?」
『
電話の相手は、しーちゃんだった。
深夜だというのに、この元気は一体どこから出ているのだろう。
と心の中で思いながら話を聞くと、どうやらたこパをしようというお誘いだった。
もちろん、わたし自身断る理由は無いので、OKの返事をした。
すると、次にどこでたこパをするかという話になったのだけれど……
「え、
『ええ、そうよ。乙葉の家なら大丈夫でしょ?』
「まぁ別に大丈夫だと思うけど……」
『なら決まりね』
「でも、どうして急にたこパをしようと思ったの?」
『え? 別に、なんとなくよ』
「なんとなく……」
なんとなく。これほど都合のいい言葉は他にないだろう。
ふとそんなことを考えていると、しーちゃんが言った。
『あ、それから、
「へぇー、そうなんだ……って、うん? しーちゃん、今なんて言った?」
あれ? もしかして、わたしの聞き間違いかな……?
今、しーちゃん、確か……伊織くんって言ったよね……?
いくらわたしが毎日伊織くんのことで頭がいっぱいだからとはいえ、まさか……ねぇ。
『だから、伊織君には私から――』
「――伊織くんっ!」
怒涛の衝撃が、頭の中を駆け巡った。
やっぱり、わたしの聞き間違いではなかった。
「ど、どうしてよりにもよって伊織くんを呼んだの……?」
『ああ、それはね~。この前の伊織君と
「………………」
つい無言になる。
落ち着け、落ち着くんだ、わたしっ!
「ね、ねぇ……アピールって、具体的になにをしたら……」
『まあ任せなさいっ。私に考えがあるから♪』
「考え?」
『ふふふふっ』
電話の向こうから聞こえる不敵な笑い声。
『あ、言い忘れてたけど、パーティは明日ね。よろしく』
「ふーん……えっ、明日!?」
一体、どうなっちゃうの……?
そして、たこパ当日。
両親は買い物、姉は仕事とそれぞれ出かけているので、一人で黙々と準備を進めていた。
と言っても、食材はしーちゃんたちがこっちに来る前にスーパーで買ってくるらしく、わたしは押し入れにあった、たこ焼き器をリビングのローテーブルの上に置き、人数分の座椅子を並べて、準備は完了した。
これでよしっと……。
ここでわたしは、ふとリビングにある時計を見た。
今の時刻はお昼の一時前。
そろそろ来る頃かな。
と心の中で呟いていると、
ピンポーン。
インターホンが鳴る音を聞き、わたしはリビングを出て、玄関に向かう。
「こんにちは、先輩」
扉を開けたわたしに、伊織くんは笑顔で挨拶をした。
それに続けて、
「乙葉ごめんねぇ~。昨日の今日なのに場所を貸してもらって」
「先輩、お邪魔しまーす」
買い物袋を持ってやって来たしーちゃんと
……そして。
「…………」
恵ちゃんはわたしを見ると、ペコリとお辞儀した。
「い、いらっしゃい……」
どこかぎこちない声で言ったわたしは、早速しーちゃんにアイコンタクトでメッセージを送った。
『ほ、ほんとに任せていいんだよね!?』
『ええ、昨日言った通り私に任せなさい♪』
『……』
『な、なによー』
『……』
『はぁ、まあいいわ』
しーちゃんに話を切り上げられる形で、アイコンタクトによるやり取りは終わった。
そこへ、
「? 先輩たち、どうしたんですか?」
「え。な、なんでもない……よ?」
「そうですか?」
「ほ、本当になんでもないからっ!」
伊織くんの視線から顔を逸らしながら、四人をリビングに案内した。
買い物袋をローテーブルの上に置くと、しーちゃんがニマリと笑みを浮かべた。
「伊織くんはここで、乙葉はここね」
と言うなり、しーちゃんはわたしと伊織くんの背中を押しながら、座椅子へと誘導した。
「?」
しーちゃんに促されるまま座椅子に座った伊織くん。
え? もしかして、これがしーちゃんが考えていたことなの……?
わたしがチラッと振り向くと、しーちゃんは『早く座れ』と言わんばかりにジト目でこっちを見ていた。
………………。
これは素直に従った方がいいと、わたしの直感が囁く。
しーちゃんからの視線を感じながら、恐る恐る伊織くんの隣に座ると、
「…………」
今まで沈黙を続けていた恵ちゃんが、わたしとは反対の伊織くんの隣の座椅子に座った。
これによって、伊織くんをわたしと恵ちゃんが挟む構図が完成した。
こちらとは目を合わせないまま、前を向く恵ちゃん。
ぐぬぬぬぬ……。
わたしが心の中で熱き鼓動を震わせていると、丁度目の前の座椅子に座ったしーちゃんが、この状況を見て「……ふふっ」と口を手で隠しながら笑みを浮かべていた。
(もしかして、図られた……っ!?)
あのしーちゃんのことだから、わたしが慌てふためくところを見たかったのだろう。
……完全にこの状況を楽しんでるよね……。
と頭の中で推測していたそのとき、唐突にリビングの扉が開いた。
「た〜だいま〜♪」
陽気な声を上げてリビングにやって来た人物に、みんなの視線が集まる。
突然現れた人物は、声のイメージとは裏腹に、緑のノースリーブニットと、レースの付いた黒のフレアスカートを合わせたコーデで、大人の女性の魅力を醸し出していた。
この家で、そんなオシャレなファッションをするのは、一人だけ。
「お、お姉ちゃん……っ!?」
そう、わたしたちの目の前にいる人物、それは……
言わずもがな、わたしの姉である。
「あら、お客さん? あ、そっか~♪ 今日は、乙葉がお友達を連れて来る日だったね~」
「お久しぶりです。麗奈さん」
「詩織ちゃ〜ん。久しぶりだね〜」
と言うなり、二人は「イェーイ」とノリノリな声でハイタッチを交わしていた。
……昔から二人は波長が合うのか、初めて会った時も、意気投合していたのを今でも憶えている。
「それで〜、そちらは……」
「あ、あの、お邪魔しています」
緊張した顔で挨拶をする伊織くん。
どこか照れているように見える。
……むぅ〜。
いくらお姉ちゃんが美人でスタイルがいいからって……‼︎
自分を見ている時との反応の違いに、思わず嫉妬するわたしなのであった。
「…………」
わたしが嫉妬の炎を燃やしている間、お姉ちゃんの瞳は、伊織くんに真っ直ぐと向けられていた。
「やっと……見つけたわ」
「え?」
呆然とした顔で、お姉ちゃんを見る伊織くん。
「中性的な顔立ち、きめ細やかな肌、華奢なライン……」
……ん? お姉ちゃん?
「あなた、名前は?」
「え。く、黒瀬伊織です」
「そう……伊織君ね」
「は、はい……」
「好きな食べ物は? 嫌いな食べ物は?」
「え?」
「いいから、答えて」
「……好きな食べ物はドーナツで、嫌いな食べ物はセロリです」
「なるほどねぇ……。完璧だわっ!!」
と大声で叫ぶなり、お姉ちゃんは徐に伊織くんの腕を掴んだ。
「へっ?」
伊織くんはあまりに急な出来事に、思考が追いついていないようだ。
「伊織君っ! ちょっと私について来て!」
「はい? あっ」
お姉ちゃんは伊織くんの手を引いて、リビングの扉の方へと向かう。
「ちょっ、お姉ちゃんっ……!?」
「乙葉。少しの間、この子借りるわねっ!」
そう言い残すと、伊織くんを連れて行ってしまった。
「え、ええぇ……」
それから約一時間後。
「おっ待たせ〜♪」
わたしたちは何気ない話をしながら、伊織くんが戻って来るのを待っていると、リビングにテンションの高い声が響き渡った。
「はぁ、やっと戻ってきた……って、あれ? お姉ちゃん、伊織くんは?」
「えへへ〜。じゃあ早速、みんなに見てもらおう~♪」
「……なにを?」
「カモンッ!」
「え、ちょっ、だから一体なにを…………」
ノリノリなお姉ちゃんの合図と共に、廊下の方から、見慣れないブレザーの制服を着た少女が入ってきた。
「……え?」
「おおぉー!」
「……誰だ?」
「…………」
突然現れた謎の少女に、みんなの注目が集まる。
なぜか、唯一しーちゃんだけが何かに気づいているようだけれど。
「ううぅ……」
謎の少女は、わたしたちの視線が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしながら必死にスカートの裾を押さえていた。
ツヤのある綺麗なロングの黒髪。
黒のニーハイソックスに包まれている、細く華奢な脚。
綺麗に施されている薄化粧が、彼女の可愛いらしさをさらに高めていた。
……あ。今はそれよりも、この子は、一体誰なの?
すると、たどたどしい声で少女は言った。
「あ、あの……先輩。そんなにじっと見られると……流石に恥ずかしいです……」
……ん? 今、「先輩」って言ったよね?
それに今の声は……
「流石、私が見込んだだけのことはあるわね。伊織君、女の子になってみた感想は――」
「――えっ。伊織くん……!?」
余りの衝撃に目を見開く。
他のみんな(しーちゃんは除く)も、驚愕した顔で目の前にいる少女……じゃなくて、少女の格好をした少年を見た。
「えぇそうよ。気づかなかったの?」
「………………」
お姉ちゃんは、なに当たり前のことを、と言わんばかりに不思議そうな顔でこっちを見ていた。
そ、そんなの、わかる訳ないじゃん!! だって、今の伊織くんは……どこからどう見ても、女の子にしか見えないのだから。
そういえば、お姉ちゃんは可愛い男の子がたまらなく好きだったような……。
「いや〜、コスプレ用で用意していた制服が、まさかここまで似合うとはねぇ」
自画自賛するようにうんうんと頷くお姉ちゃん。
「え。じゃあ、あのロングの黒髪は……」
「ウィッグよ、ウィッグ」
「あ、なるほど……」
「あの……もういいですか? この格好恥ずかし過ぎるんで、早く着替えたいんですけど……」
「ええぇー。……あ、じゃあ着替えに行く前に、さっき私が言ったことを言って欲しいな~」
「え……。で、でも……」
ん? お姉ちゃんが言ったこと?
「いいからいいから♪」
伊織くんは、お姉ちゃんに肩を押されてわたしの前に立つと、震えた声で言った。
「お……乙葉……お姉ちゃん」
「ッ!!!?」
……お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……
『お姉ちゃん』という余りにも気持ちのいい響きが、頭の中を駆け巡る。
…………えへへへっ。
「い、伊織くんっ! もう一回呼んで!」
「え……。乙葉……お姉ちゃん」
「うんうん! もう一回!」
「……乙葉……お姉ちゃん」
「…………くぅぅぅううう〜!!」
もういっそのこと、妹になってもらうのも悪くはないのかもしれない。
そんな妄想を頭の中で浮かべていると、
カシャッ。
ん?
突然後ろの方から、スマホで写真を撮ったときの音が聞こえた。
カシャッ、カシャッ。
わたしは誰が撮っているのかと思い振り返って見ると、そこには、恵ちゃんがスマホで伊織くんを撮影していた。
「!? め、恵!?」
伊織くんは驚いた顔で恵ちゃんを見た。
「……とても可愛いよ……伊織ちゃん」
「!!?」
伊織くんじゃなくて、伊織ちゃん……かぁ。
…………いいねぇ~♪
……あ。これはもしかして、貴重な一瞬を写真に収めるチャンスなのでは……!?
どうやら、それは他のみんなも同じようで、各々スマホを手に持つと、どこかのコスプレの撮影会かと言わんばかりにシャッター音が響いた。
すると、
「……なにをしているんですか、先輩……」
「え? ただ写真を撮っているだけだけど?」
「悠も、なに勝手に人の写真を撮ってるんだよ!」
「ええー、いいじゃんか別にー。……いざというときのために持っておいて損はないからな……」
「おっと……!? 今のはっきり聞こえたからなぁ!?」
カシャカシャ、カシャカシャ。
「え、ちょっ……」
カシャシャシャシャシャシャ……
「ちょっ、しー先輩! どうして連写で撮ってるんですか!?」
「なんとなくよ、なんとなく。……うふふっ」
そう言って不敵な笑みを浮かべるしーちゃんのスマホから、突然シャッター音が鳴らなくなった。
――――――――。
「あの、しー先輩……。今、写真じゃなくて動画撮ってますよねっ!?」
「あ、バレちゃったか。いっけね♪」
「そんなぶりっ子みたいな言い方しても無駄ですからねぇ!?」
カシャ――カシャ――カシャ――
「め、恵は、角度を変えながら撮るんじゃない!!」
わたしの横で写真を撮っている恵ちゃんは、時折しゃがんだり中腰になったりして撮影を続けていた。
……わたしも負けてられないっ!
既に写真アプリのアルバムには、ざっと二百枚以上の写真が保存されていた。
無我夢中とはまさにこのこと。
さぁ! まだまだ撮るぞぉー‼︎
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ……
「だ……誰か、この人たちを止めてくれぇぇええぇぇー!!!」
それから少しの間、この謎の撮影会は続いたのだった。
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