第12話 突然のトライアングル

 場所は変わって、ショッピングモールの中にあるフードコート。


 丁度、お昼時ということもあって、みんなで昼食を食べることになったのだけれど……。


「………………」

「………………」

「………………」


 テーブルを挟んで席に座っていた僕たちの間に、しーんとした空気が流れていた。


 時間的に家族連れが多く、声が聞き取りにくいほど賑わっているというのに、僕たちのテーブル席だけ場違いな気がしてならない。


 ちなみに、ここにしー先輩の姿はなかった。


 どうやら急な用事ができたらしく、乙先輩になにかを伝えると、にんまりと微笑みながら帰っていった。


 それもあって、今ここにいるのは、僕、乙先輩、恵の三人ということになったのだった。


 一体なにを話していたんだろう。


 浮かび上がった疑問を解くことはできず、今に至っている。


 フードコートに着いてからというもの、乙先輩は時折僕と目が合うと、慌てて顔を逸らすし。


 さっきまで僕の腕に抱き着いていた恵も、目を合わせることなく顔を俯かせているし。


 もう、なにがなんだか……。


 とお手上げの状況が続いていたが、流石にこのままではいけないと思い、口を開けた。


「と、取り敢えず、なにか買いに行きませんか?」

「そ、そうだね」

「…………」


 早速カバンから財布を出す先輩と、コクっと頷いてからこちらをじーっと見てくる恵。


 二人になにがあったのかはわからないが、こちらから尋ねても教えてはくれなさそうだし。


 そんなことを考えていると、恵がじっとこちらを見ていた。


「な、なに……?」

「……全員で行くと席取られるかもしれないから、ここにいる」

「あ、そういうことか。じゃあ、僕が一緒に買ってくるから、なにがいい?」


 と尋ねると、恵はフードコートに並んでいるお店を順に見ていく。


 すると、


「あれがいい」


 そう言って恵が指さしたのは、たこ焼きのお店だった。


 どうやら店の前には、少しずつだが列が出来始めていた。


 これは早く並ばないと、かなり待たされることになる。


「じゃあ、ちょっと行ってくるから」

「うん」

「先輩、行きましょう」

「え、ええぇ」


 困惑した顔の先輩を連れて、昼食を買いに行ったのだった。




「へぇー。それは確かに気になるねぇ……」

「はい……」


 昼食を食べ終え、ぶらぶらとお店を見て回っている間、僕は恵にバレないように、こっそりと先輩にある相談をした。


 それは、昨日から恵の様子がどこかおかしいことについてだ。


 一人で考えていても埒が明かないので、力を借りたいと思ったのだ。


「うーん……。考えられるとするなら、伊織くんがなにか怒らせることをしてしまったか。もしくは、環境の変化による不安か」

「え、不安ですか?」


 これはまた予想外の返答だった。


「恵ちゃんは、こっちに来てまだ日が浅いんでしょ?」

「まぁ、そうですね」

「なら、急な環境の変化に不安を持ってしまってもおかしくはないと思うよ?」

「なるほど……」


 確かに、この答えが一番しっくりくる。


 先輩が言っていることが本当だとするなら、恵がずっとこっちを見ていたのって……もしかして、構って欲しかったから?


 まさか、そんなことは……。

 

 でも、今日の恵の行動を振り返ると、


 ああぁ……。


 急に体をくっつけて来たり、ずっとこちらを見ていたりと、引っかかる部分がいくつもあった。


「……あ、そういえば、恵ちゃんは?」

「え?」


 ふと前を見ると、さっきまで一緒にいた恵の姿が、どこにもなかった。


 ……恵?


 初めて来たところだから迷子になったのではないかと思い、周りを見渡していると、


「……あ、いた」


 と言って先輩が指さした先に、お店のショーウィンドウの前でしゃがんでいる恵の姿を見つけた。


「…………」

「おーいっ」


 近寄って声をかけると、恵がこちらに顔を向けた。


 どうやら、ショーウィンドウに飾られているペンギンのぬいぐるみを眺めていたようだ。


 恵は僕たちが来たことを確認すると、また目をキラキラ輝かせて、ぬいぐるみの方に顔を向けた。


「…………」


 そして、恵はふとその場で立ち上がると、僕たちにずっと見られていることが恥ずかしくなったのか、「次に行こう」と言って先に進もうとした。


 だが、どうやらまだぬいぐるみに未練があるらしい。


 こういう可愛らしい部分もあって当然か。


 年頃の女の子なんだし。


「……ふっ。恵、ちょっと待ってて」

「?」


 恵に一言伝えてから、僕はお店に入った。




 それから数分後。


「はいっ」


 店から出て、先輩と一緒に待っていた恵に、一つの袋を渡した。


「? ……っ!」


 恵は、それを受け取って中の物を取り出すと、大きく目を見開いた。


「伊織、これ……」


 こちらを見る恵の手には、ショーウィンドウに飾られていたペンギンのぬいぐるみがあった。


「あんな欲しそうな顔を見せられたら、居ても立っても居られなくなったというか。まぁこれは僕からのプレゼントだよ」

「……いいの?」

「うん」

「!」


 一瞬、恵は頬を緩めると、恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「ありがと……」

「あははっ。どういたしまして」


 そんな仲睦まじい二人の光景を、近くで羨ましそうに眺める乙葉。


 いいなぁ……わたしもなにか欲しいなぁ……。


 でも、それじゃあなんだか大人げないし……。


 そもそも、わたしまだ大人じゃないんだけどね……。


 はぁ……。


「どうしたんですか、先輩?」

「え……。な、なんでもないよ!?」


 急に大声を上げた乙葉の額から汗が流れる。


「そうですか?」

「え、ええぇ……」


 乙葉は、伊織の真っ直ぐな視線から顔を逸らす。


 し、嫉妬じゃないんだからっ!


 ……多分。


 すると、


「伊織、次見に行こう」

「え? ああ、そうだね。先輩、次行きましょう」


 そう言って伊織くんは、どこかご機嫌な恵ちゃんと一緒に歩き出す。


 ………………。


「ちょっ、ちょっと待ってぇ~!」


 ……。

 …………。

 ………………。


 うぅぅぅ……。


 わたしのすぐ目の前には、ぬいぐるみを嬉しそうに抱えている恵ちゃんと、その横を歩く伊織くんが楽しそうに会話をしていた。


 そして、その二人の後ろでその様子を見つめるわたし……。


 はぁ……。


 本当なら、今日は、ただしーちゃんと一緒に買い物に来ただけだったんだけどな……。


 わたしの恋物語は、どこまで過酷なの……?


 と心の中で言っていないと、わたしの精神が持たない気がしてならない。


 ふとそんなことを考えている間に、わたしたちは本屋へとやって来た。


(そういえば、新作ってもう出てたっけ……)


 広々とした空間に、これでもかと言わんばかりに大きな本棚が並べられている。


 本好きのわたしからすれば、まさに天国のような空間だった。


 わたしたちは、各々が好きなジャンルの本が置かれている棚へと向かった。


 これでまた、伊織くんと二人きりになれるっ!


 ……だが、その前に。


 わたしはバイトで貯めたお金で、前から買おうと思っていたオシャレ雑誌と最近話題の漫画を購入した。


 買い忘れるといけないし。


 さぁ~て、確か伊織くんが向かったのは、料理本のコーナーだったはず。


 待っててね、伊織くん!


 ……。

 …………。

 ………………。


「へぇー、これいいなぁー」


 一方その頃、伊織はというと、いくつも並べられている料理本の中から、気になった一冊を取って目を通していた。


 するとそこへ、


「なにを見ているの?」


 目当ての文庫本を手に持った恵が伊織の元にやって来た。


「料理本だよ。今日の夕食の献立になにか役立てないかなって思って。あ、恵は、この中でなにか食べたいものはある?」


 そう言って伊織は料理本を恵に見せて、今日何か食べたいものはないか尋ねた。


 恵は、本のページをめくっていると、あるページに目が止まった。


「……これ」

「うん?」

「これがいい……」


 ページを見せてもらうと、そこには、ミルフィーユカツの写真とレシピが書かれていた。


 へぇー。これまた、お美味しそうだな。


 チーズだけを挟んだものや、梅と大葉を挟んだものなど、ご飯が進むことは間違いないだろう。


 ……これで今日の一品は決まりかな。


「じゃあ、帰りにスーパーに寄って食材を買って帰ろっか」

「……うん」


 二人がそんなやり取りをしていると、


 伊織くん、見ーっけ♡


 本棚の順番に周り、やっと見つけた伊織に、乙葉のテンションは一気に高まる。


 えへへへ……って、


「あ。伊織く……ん……」


 伊織の元に進めようとした足が止まった。


「………………」


 乙葉の瞳に映るのは、義理の兄妹では言い表せないほど仲睦まじい二人の姿だった。




 その日の夜。


 伊織特製のミルフィーユカツを食べて満足した恵は、部屋に戻ってベッドに寝転がった。


「……ふふっ」


 ふと笑みを浮かべる恵は、今日伊織に買ってもらったペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたのだった。


「♪」

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