第11話 お出かけと遭遇

 次の日の朝。


「…………」

「…………」


 昨日と変わらず、静かな時間が続いていた。


 ……だが。


 今日の僕は、昨日とは一味違う。


 早速、テーブルの上に置いていたスマホの画面を操作し、目当ての画像を表示する。


 …――しー先輩、ありがとございます。


「あの……恵。一ついいかな?」

「……?」


 ご飯を食べていた恵は、顔を上げてこっちを見た。


 ふぅ……。よしっ。


「……きょっ、今日暇なら、ここに行ってみない?」


 そう言って僕は、スマホの画面を恵に見せた。


 それは昨日、しー先輩に教えてもらった、最近オープンしたショッピングモールの広告だった。


 どうして、僕がこれを恵に見せたかというと、近くにこういった大きな商業施設がないので、興味本位で行ってみたいと思ったことと、もう一つ。


 昨日から続いているこの状況を、なんとか打開したいと思ったからだ。


 いっぱい買い物をすれば、気分転換になるはず。


 これを使わない手はない。


 後は、恵がこの誘いに乗ってくるか。それに限る。


 ちなみに、恵の反応はというと……


「……行きたい」

「! じゃあ、この後準備をしてから行ってみよう」


 恵は二度頷いてから、再びご飯に箸を伸ばす。


 なんとか誘うことに成功し、僕はホッと息を吐く。


 意外にも、反応は良好だった。


「♪」


 今も、目の前でご飯を食べている恵は、どこか嬉しそうな表情を浮かべているように見える。


 やはり、表情を完全に見分けるためには、まだまだ時間がかかるようだ。




 朝食の後片付けを終えて、身支度を済ませた僕は、恵の準備を待つ間、ソファーに座ってスマホで乗り換えアプリを見ていた。


 電車の時間を調べていなかったので、事前に調べておく。


 そうしておけば、急いでホームまで走る必要がなくなるからだ。


 ………………。


 ここで、ふと昨日の恵の顔が頭に浮かんだ。


 僕が、なにか悪いことをしてしまったのか……。


 それとも、ただ単に機嫌が悪かったのか……。


 画面をスクロールする指を止め、つい考え込む。


 まぁなんにせよ、今日は恵に思いっ切り楽しんでもらって、いいタイミングで尋ねてみよう。


 答えてくれるかはわからないけれど。


 どうだろうなぁ……あ、調べなきゃ。


 ついつい考え事をして止まっていた指を動かして、電車の時間を調べていたのだけれど、


「…………来ないなぁ」


 予定していた時間をとっくに過ぎても、恵はまだ部屋から出て来なかった。


 女性の身支度は時間を要する。


 男として、待つことは当たり前だと思い、来るのを待っていたのだけれど。


 うーん……。一回様子を見に行った方がいいかな……?


 僕はソファーから立ち上がり、リビングを出ると、恵の部屋の前へとやって来た。


 コンコンと扉をノックする。


「恵、そろそろ出るよー」


 すると、


「い……伊織……もう少し……だから……待って……」


 中から、微かに踏ん張っているような声が聞こえた。


「?」


 不思議に思い、僕はなにも考えず部屋の扉を開けた。


 しかし、ここで僕はとんでもないミスを犯してしまった。


 (……あ、しまった)


 気づいたときには、時すでに遅し。


「あ」


 僕の目に映ったのは、ブラのホックを閉めようとしている恵の姿だった。


 サイズが合っていないのか、ホックの部分をグイッと引っ張っていた。


「んっ……んん……っ」


「………………」


 それも、ベッドに顔を突っ込む姿勢ということもあって、薄ピンクのショーツに包まれたお尻を突き出す形になっていた。


 ブラジャーのホックは外れたままで、恵のあの大きな胸が押し潰されて、横にむにゅっと溢れてしまっていた。


 お、おお……。


 目の前の光景に脳が追いつかず、呆然とその場に立ち尽くしてしまう。


 この場から離れようにも、僕の体……主に目は、全く言うことを聞かなかった。


 正直な自分が恥ずかしい。


 そんなことをしていると、


「……?」


 ホックを止める手を止めた恵が、ゆっくりとこちらに振り向いた。


「………………」

「………………」


 交錯する視線。


 しーんっとした部屋。


 ドキッドキッと高鳴る心臓の鼓動。


「……し、失礼しましたぁぁぁぁぁっ!!!」


 僕は、今までにないくらいの大きな声を上げて部屋を出たのだった。




『間もなく、扉が、閉まります』


 車内アナウンスが流れると扉が閉まり、電車はゆっくりと動き始めた。


 心地良い揺れが、無性に眠気を誘ってくる。


 ………………。

 …………。

 ……。


 はっ。


 おっといけない。このまま眠ってしまったら、最悪乗り過ごしてしまう。


 ショッピングモールの最寄りの駅までは、あと三つ。


 もう少しで着く。なのに、どうしてこうも眠たくなって……


 いやいや、危ない危ない。


 降りる駅までなんとか起きていようと必死に自分に語り掛ける。


 そこで、ふと横を見ると、恵がスマホの画面をキラキラした目で眺めていた。


 どうやらスマホでどこのお店に行くか調べていたようだ。


 ちなみに恵の服装はグレーのパーカーと、その下に白のTシャツ。そしてデニムのショートパンツという組み合わせだ。


 パッと見て、シンプルな装いだと思ってしまうが、Tシャツの上からでも分かる、たわわな双丘。


 ショートパンツによって露になっている、むっちりとした肉付きのいい太もも。


 電車の中でその両方を見た人たちからは、必ずと言っていいほど、二度見……いや、三度見されるほど注目が集まっていた。


 異性だけでなく、同性からも視線を集めるその力は、まさに圧倒的だった。


 ………………。


 なぜか、一緒にいるこっちがドキドキしてしまう。


 いざとなれば、一方的に向けられるいやらしい視線から、彼女を守らなければならない。


 ……よ~しっ。


 と心の中で気合を入れていると、恵が僕の肩を軽くツンツンして呼びかける。


「ね、伊織」

「うん?」

「わたし、ここに行きたい」


 そう言って僕にお店の画像を見せてくるときも、恵の目はキラキラと輝いていた。


「……ふっ」

「?」


 恵は、どうしてぼくが笑っているのかがわからず、不思議そうな顔で首を傾げていた。


 そんなこんなで電車に揺られていると、最寄りの駅に到着した。


「ふぅ……やっと着いた……」


 まだショッピングモールに足を踏み入れていないのに、この疲れよう。


 今日の夜はぐっすり眠れそうだ。


 その後。僕と恵は電車を降り、駅前まで来た。


 流石に今日が日曜日ということもあってか、人通りが激しい。


 まさに都会と言える光景だった。


 まぁ、みんなが向かう先は、僕たちと同じなのだけれど。


 僕と恵は、人の流れに沿って、ショッピングモールへと歩き出した。


 むにゅ。


「ほえっ?」


 突然、腕に柔らかな弾力が押し当てられた。


 ……言うまでもない。


 この、腕を包み込む魅惑の感触は……あれしかない。


 頭の中で一つの結論に至った僕は、ゆっくりと顔を横に向けた。


「……? どうしたの?」


 そう言って、恵はさらに腕を絡める力を強めた。


 むにゅうぅ。


「!! いや、なんでもない……」


 むにゅうぅぅぅ。


「!!? め、恵!?」

「……」


 服越しとはいえ、この圧倒的な物量に、恐らく今の僕の心拍数は、考えられないほど跳ね上がっていることだろう。


 あれ……これって確か、恵に気分転換をしてもらうために考えていた計画の……はず。


 ………………。


 腕に当たっている大きな膨らみになんとか耐えながら、歩を進めたのだった。




 その後。


 ショッピングモールの中を見て回っている間も、勿論たわわな双丘が腕に押し当てられたままだった。


 うむ……どうしたものか……。


 と嬉しすぎる悩みに困り果てている僕の耳に、突然、どこか聞き慣れた声が届いた。



「やっぱり――が正義っ!」



「ん? 今のって……」


 ふと声のした方を見てみると、


「あれ、もしかして……」


 僕には、その声の主が誰なのかがすぐわかった。



「先輩……?」




 伊織と恵がショッピングモールに着いた頃――。


 わたしは、しーちゃんに連れられて、ショッピングモールの中にあるお店へとやって来た。


 ちなみにそこはというと……


「これいいじゃ〜ん。乙葉、試着してみてよ」


 なぜかノリノリなしーちゃんが持って来たのは、透けていてセクシーなピンクの下着だった。それも、紐パンという……。


 しーちゃんがわたしを連れて来たお店、それはランジェリーショップだった。


 昨日の夜、電話の途中でわたしの下着事情を知って、急遽思いついたらしい。


「え……いや、ちょっと過激過ぎじゃない?」

「そんなことないわよ。年頃の女の子なら、一つくらい持っておかないと、いざという時に困るでしょ?」


 いざという時とは、つまり……


 妄想という名の大海原に飛び込む、わたしなのであった――。


 えへっ。


「ほらほら、早く~」


 妄想の世界から無理矢理戻されたわたしに、しーちゃんはさっきの下着を渡した。


「…………」


 わたしは、手の中にあるそれを凝視する。


 触り心地良し。デザインよし。値段は……ちょっぴり高いけれど、それ相応と言えるだろう。


 バイトをしているおかげで、買おうと思えば買える。


 うーん……。


 しーちゃんが言うように、今年で二十歳はたちになるのだから、これくらい攻めたものを持って置くことについては、頷ける。


 でも……。


「むぅ〜」


 その時、チラッと近くの棚に置かれている縞パンが目に止まった。


「……」


 やっぱり、行きつくところは縞パンなんだよねぇ。


 この世界に、女の子×縞パンが嫌いな男の子なんてまずいないでしょ?


 白と黒、白と水色、白と薄ピンクの完成されたデザイン。


 そして、優れた機能性とお手頃価格。


「どう考えたって、やっぱり縞パンが正義っ!」

「乙葉……」

「!」


 クイっと顔を向けると、しーちゃんがジト目でこっちを見ていた。


「あんた、また自分の世界に入ってたでしょ……」

「……はい」

「はぁ、全く……あ、伊織君」

「えっ!? 伊織くん!?」


「ど、どうも」


 ………………。


 時間が止まったように、体が固まる。


 だが、脳だけは今の状況を瞬時に把握した。



 え、ええぇ? い、伊織くん……!? 



 ……と、恵……ちゃん。



「……あ。こ、これは……」


 わたしは慌てて咄嗟に、手に持っていた紐パンを棚に戻したのだった。 

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