第7話 雨とJの洗礼

 図書館での衝撃のJから数日後。


 一コマ目の講義を終え、わたしが教室を出ようとしていると、


「あの、先輩。一つお願いがあるんですけど」


 突然、伊織くんが声をかけてきた。


 何かと思い、話を聞くと、どうやら大学のレポート課題の作り方を教えて欲しいとのことだった。


 もちろん、レポート作成の手順を学ぶ授業はあるけれど。


 これは……使えるっ……!


 わたしにとって、まさに絶好のチャンス。


 ひとつ屋根の下の義妹と差をつけるには、大学以外で一緒にいる時間を増やしていくしかないっ!


 ふふふふっ……。


 伊織くんっ! わたしに任せなさいっ!


 わたしは、初めて部屋に行ったときのように、今日の夕食をごちそうしてもらう代わりに、レポート作成のレクチャーをすることになった。




 それから今日の講義を終えて、わたしと伊織くんは図書館にやって来た。


 ここに来た理由は、数台置かれているパソコンを使うためと、わからないことがあったらすぐ情報や資料を集めることができるからだ。


 わたしと伊織くんは丁度空いていた席に座り、早速パソコンを起動する。


 そして、それぞれパスワードを入力し、画面を開く。


 正直なところ、レポート作成は最初にちゃんと学んでおけば、自然と慣れていく。


「じゃあ始めよっか」

「はいっ」


 ……。

 …………。

 ………………。


「えっと、これはね――」


 伊織くんは、わたしのたどたどしいレクチャーを真剣に聞きながら、熱心にパソコンを操作していた。


 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、


「それで最後は左上にある保存ボタンを一度クリックしたら、終わりだよ」

「よぉーし、終わった〜」


 一通りの説明と実践を終えて、今日のレクチャーは終了した。


 伊織くんは達成感の表情で手をグッと上に伸ばした。


 ふぅ……。


 よ〜っし! レクチャーも終わったし、今日の夕食は伊織くんの手作りご飯だ〜♪


 えへへ〜っ♪


 ――しかし。


「どうして急に雨なんか降り始めちゃったの……っ!?」


 わたしと伊織くんが大学を出て並んで歩いていると、突然大粒の雨が降り出したのだった。


 晴れから一瞬でガラリと変わった空模様。


 雨は、これでもかと言わんばかりに、激しく降り続けている。


 土砂降り中の土砂降り。


 全く予想していなかった。


 すると、隣の伊織くんが走りながら言った。


「そ、そういえば、朝の天気予報で、今日は昼過ぎから天気が悪くなるって言っていたような……」

「ええぇー!?」


 伊織くんの住むマンションに続く道を走りながら、思わず声を上げた。


 つい最近風邪を引いたばかりだというのに、このままではまた風邪を引いてしまう。


 それだけは、なんとしてでも避けないといけない。


「と、とりあえず、急ごう……っ!!」

「はいっ……!」


 それから数分後。


 降りしきる雨の中を、息を切らしながら走り続け、マンションの一階にあるエントランスに辿り着いた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 運動不足だったこともあってか、自然と膝に手をつく。


 やっぱり……急に走るのは…………キツイ……。


 過呼吸になりながらふと隣を見ると、伊織くんがわたしから顔を逸らしていた。


「ど……どうしたの?」

「いえ、その……」

「? ……へっくちっ!」

「! だ、大丈夫ですか、先輩」

「うぅ……」


 まずい、このままでは本当にまた風邪を引いてしまうかもしれない。


「先輩、急いで部屋に行きましょう。濡れた服も早く乾かしたいですし」

「うんっ。そうだね」


 伊織くんの言う通りだ。


 今も、雨でずぶ濡れのTシャツが体に張り付いていて、なんとも気分が悪い。


 ……ん?


 ふと視線を下げると、着ている白のTシャツが雨で濡れて……見事に透けてしまっていた。


 透けて…――


「っ!!?」


 ま、まさか!? ……ここに着くまでずっと……あ。


 伊織くん……もしかして……


「な、なんですか?」

「……ふふっ。なんでもないよっ♪」

「?」


 伊織くんは不思議な顔を浮かべながら、エレベーターのボタンを押した。


 すると扉が開き、わたしたちは部屋のある三階に昇った。


 廊下を進み、部屋の扉の前に着くと、伊織くんが鍵で扉を開けた。


「ただいまー」


 部屋の中に入ると、


「あ、伊織、お帰……り……」


 帰ってきた伊織くんを見て、恵ちゃんは一瞬微笑んだように見えたが、一緒にいたわたしを見つけると、すぐにいつもの無表情な彼女に戻ってしまった。


 わ、わかりやすい反応……。


 恵ちゃんの髪は濡れていて、部屋着らしき服を抱えているところを見るに、これからお風呂に入ろうとしていたのだろう。


「ど、どうも、お邪魔します」

「…………」


 恵ちゃんはじーっとした目で、わたしを見てくる。


 ………………。


 まるでなにもしていないのに、悪いことをしてしまったような気分だ。


「――先輩。……先輩? 先輩っ!」

「!? は、はい……っ!?」

「どうしたんですか? ぼーっとして」

「な、なんでもないよ!?」

「? ならいいですけど。あ、先輩。先にお風呂に入ってください」

「え」

「?」

「! え、えーっと……伊織くんは?」

「僕は後からでいいので、お先にどうぞ。乾燥機は脱衣所に置いてあるので、使ってください」

「……そ、それじゃあ、お言葉に甘えてお先に」


 わたしは伊織くんに促されるまま、脱衣所へとやって来たのだけれど……。


「…………」


 好きな人の家で服を脱ぐ、という超高難易度ミッションが発生していた。


 ふぅ……。


 一旦、落ち着こう。


 このまま濡れた服を着ていると、確実に風邪を引いてしまう。


 それは間違いない。


 ………………。


 ドキッドキッ。


 …………よ、よし。


 顔を真っ赤にして濡れた服を脱いでいると、恵ちゃんがさっき抱えていた服と一緒にもう一つの服を抱えて、脱衣所に入って来た。


「これ、私のですけど」

「! あ、ありがとう」


 どうやら、服が乾くまでの間に着る替えの服を持ってきてくれたようだ。


 わたしは恵ちゃんにお礼を伝え、白のTシャツと水色のショートパンツを受け取った。


 ……だが。


 ………………。


 わたしの目は、自然とTシャツの真ん中に向けられた。


 そこには、恵ちゃんと初めて会ったときと同じ、『マシュマロ』と書かれていた。


 もし、この『マシュマロ』Tシャツが、初めて恵ちゃんに会ったときに、彼女が着ていたものと同じだとするなら……。


 そんなことを考えていると、


「……!」


 隣にいた恵ちゃんが、徐に服を脱ぎ始めた。


 お、おおぉ……。


 わたしの視線は真っ直ぐと、ある部分に向けられる。


 それは、恵ちゃんが脱ごうとしたTシャツに引っ張られている、あの大きな胸だった。


 窮屈そうな胸が押し付けられて、その形を変えていた。


 うわっ。やっぱり、おっきい……。


「…………」


 そして、二つの双丘は解き放たれた。



 ボインっ。



「!!! おぉ……」


 ブラに包まれているとはいえ、服越しではわからない迫力があった。


「? なんですか」

「い、いや、なんでも……」


 恵ちゃんはわたしの顔を見て首を傾げると、ブラとショーツをカゴに入れ、浴室に入っていった。


 ………………。


 わたしも、入ろっかな。


 と心の中で呟きながら、乾燥機に濡れた服と下着をかけると、わたしも浴室に入ったのだった。




 それからすっかり体も温まり、浴室を出た。


「ふぅ~……。さっぱりしたぁ…………んん?」


 タオルで濡れた体を拭いていると、棚に置かれている二人分の替えの服に目が止まった。


 こ、これは……


 一つは、わたしが着るTシャツとショートパンツ。


 もう一つは、恵ちゃんが着る、真ん中に『ぷりん』と書かれたTシャツと黒のショートパンツ。そして、その上に置かれた下着、なのだけれど……


 おっ、大っきい……。


 つい手に取って広げたそれは、凄まじいデカさだった。


 え、え、ええ……?


 初めて見るその大きさに、驚きを通り越して呆然としてしまう自分がいた。


 ……まぁよく考えてみると、あれだけのものを支えるのだから、大きくて当たり前か。


「…………」


 ちょっ、ちょっとだけ……。


 脱衣所にある鏡の前に移動する。


 そしてわたしは、ほんの興味本位で、その大きなブラを自分の胸にあてがった。


 しかし。


「むぅ……」


 予想するまでもなく、ブラのカップが見事に浮いてしまっていた。


 くっ……。


 自分自身、少しは自信があると思っていたけれど。


 それを一瞬にして超えられてしまった。


 もう悔しさすら感じないほど、完敗だった。


 はぁ……。


「――私のブラに何か」

「!!?」


 声のした方に慌てて顔を向けると、浴室から出てきた恵ちゃんと目が合った。


「い、いや……。か、可愛いブラだなって思って……」


 たどたどしい声で言いながら、胸にあてがっていたブラを元の場所に戻した。


「…………」


 そんなわたしをじーっとした目で見てくる恵ちゃん。


 ……今日だけで、一体何度『大きい』というワードが思い浮かんだのだろう。


「あはははは……」


 その間、わたしは誤魔化し笑いを浮かべる事しか出来なかったのだった。

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