第3話 ハンバーガーは三つあっても足りない
今、わたしとしーちゃんがいるのは、大学の教室。
「はぁ……」
わたしのテンションは、今までにないくらい静まり返っていた。
そんなわたしの様子を、しーちゃんは心配そうな顔で見ていた。
「どうしたの? こんな朝からため息なんか吐いちゃって、乙葉らしくないよ?」
「え? ああ……」
わたしの微妙な反応に、しーちゃんは不思議な顔で首を傾げる。
「はぁ……」
わたしの頭の中は、一人の少女のことでいっぱいだった。
突然の義妹の登場。
これによって、わたしの計画は完全に崩壊してしまった。
そのショックから抜け出せていなかったのだった。
「それで、昨日はどうだったの? 行ったんでしょ? 黒瀬くんの部屋に」
「まぁ……ね」
「?」
本当は、午前の講義を休みたい気持ちでいっぱいだったけれど、伊織くんが同じ講義を受けているという情報を知ったからには、来るしかなかった。
……ふ、ふんっ!!
義妹だろうとなんだろうと、負けないんだからっ!
と心の中で決意を誓っていると、隣の席にいたしーちゃんがわたしの肩を叩いた。
「ね、ねぇ」
「どうしたの、しーちゃん?」
「ほら、さっきからこっちをじーっと見てくるあの子」
「? どれどれ〜? ……あ」
しーちゃんが指さした方に視線を向けると、そこには、恵ちゃんがこちらをじーっと見ていた。
「なになに、知ってる子?」
「……ま、まぁね」
と言ってから、ゆっくりと視線を前に戻した。
それから、しーちゃんに昨日あったことを説明した。
……。
…………。
………………。
「へぇー。じゃあ、あの子が黒瀬君の妹ちゃんなんだ。それも、義妹とくるか」
再びチラッと見ると、恵ちゃんが昨日のように机の上に胸を置いていた。
くっ……!!
「ガルルルルゥ〜!!!」
「いや、番犬か」
「シュッ〜」
「いや、蛇か」
「シャッー!!」
「いやいや、威嚇している時の猫か」
「……うぅ〜」
「あぁ、これはもう思いつかないやつね」
しーちゃんのツッコミは相変わらずテンポが良くて気持ちいい。
しかし。
「あれだけ可愛くて」
ぐっ……。
「それに加えて、凶器とも言えるあの……でかいおっぱい」
ぐぐっ……。
しーちゃんの言葉に、わたしのライフはどんどん削られていく。
「あれだけ大きかったら、服を選ぶのも大変よねぇ」
しーちゃんは納得したように頷く。
ぐぐぐっ……。
もうやめてっ! わたしのライフはゼロよっ!!
……それより。
(どうすれば、あんな巨大なものに勝てるというのか)
遠くからでもわかるあの大きな……たわわ。
………………。
さっきの決意が、水の泡のように消えていった。
「はぁ……」
「……あ、黒瀬君だ」
「えっ!? どこどこっ!?」
どうやらわたしの体は、伊織くんの名前が聞こえただけで反応するようになってしまったらしい。
そんなことを考えながら急いで教室中を見渡していると、
「……あ、いたーっ!!」
伊織くんが、
伊織くん……♡
「おぉーい! 伊織く――」
わたしが手を振って呼ぼうとしたとき、伊織くんたちはあろうことか、
『恵……ここ……――』
『うん……――』
ここからでも微かに聞こえる二人のやり取り。
そして、二人は恵ちゃんの隣の空いている席に座った。
「…………」
「乙葉、大丈夫?」
「うぅ~……」
と心の中で我慢できず、口から唸り声がこぼれた。
あれから私と乙葉は、午前の講義で終わりだったので、駅の近くにあるファストフード店で昼食を取ることになった。
どうせいつものように、だらだらと雑談をしながら時間を潰すと思っていたのだけれど…――。
もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ。
「……はぁ、ダメだこりゃ……」
二階のテーブル席の一角に、悔しさの余り、ハンバーガーをやけ食いする女がここにいた。
もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ。
ただただ呆気に取られる私に目も暮れず、乙葉のもぐもぐは続いた。
「あ……あの、乙葉、ほんとに大丈夫なの?」
もぐもぐ。も……ぐっ。
「……うぅ~……」
私の心配をよそに、一個目のハンバーガーを平らげた乙葉は、すぐさま二個目に手を伸ばした。
あ……むっ。
もぐもぐ。
「えっと……」
私が引いてしまうのも無理もない。
朝の教室でこっちをずっと見ていたあの少女の正体が、最近できた伊織君の義妹だということを。
ただでさえ、乙葉は伊織君に会うのを誰よりも楽しみにしていたのを、私はよく知っている。
それなのに、まさか異次元ボディの義妹と一緒に生活をしていたというのだ。
そのショックは計り知れないだろう。
(伊織くん……)
口をもぐもぐと動かしながら、恵は伊織とのやり取りを振り返った。
………………。
…………。
……。
「ね……ねぇ、伊織くん」
「はい、なんですか?」
「あの……妹さんのことなんだけど」
「妹さん? ああ、恵のことですか?」
「うん。その……もしかして、あの子が通っている大学って、ここだったの?」
「はい、そうですよ。あれ? 言ってなかったですか?」
「い、言ってないよっ!」
……。
…………。
………………。
というやり取りがあったとさ――。
とほほ……。
「ねぇ、乙葉。それ何個目?」
「え? 三個目だけど?」
「…………はぁ」
ハンバーガーを頬張りながら返事をする乙葉を見て、紫織はため息をこぼす。
「食べ過ぎるのも、ほどほどにしなさいよ~」
「ええぇ〜だって……」
すると、紫織はいたずらっ子な笑みを浮かべた。
紫織自身、落ち込む乙葉を見かねて、一肌脱ぐしかないと思ったのだった。
「それにしても、義妹と二人暮らしって、どこのマンガよ」
「………」
「義妹とひとつ屋根の下って、なんかエロくない?」
「……うぅ~」
詩織の怒涛のラッシュに、乙葉のライフポイントはついにゼロになったのだった。
どうやら詩織の作戦は、逆効果だったらしい。
あちゃ〜……つい攻め過ぎちゃったかな。
すると、
「恵ちゃんは……」
乙葉がポツリと声を漏らす。
その声からは、いつものような元気が微塵も感じられない。
「恵ちゃんは、悔しいけど、とても可愛いし、胸は大きいし、伊織くんと一緒の部屋に住んでいるし。それに比べて、わたしは……」
詩織は、どんどん小さくなっていくその声に、耳を傾ける。
「……このまま、取られちゃうのかな」
こんな弱気だと、取られる以前の問題だ。
叱りたい気持ちを無理矢理抑えて、紫織はアドバイスに徹した。
勝負する前から諦めていたら、勝てる試合も勝てないのよっ!
「さすがにそれは……乙葉の考え過ぎじゃない? ていうか、私からすると、乙葉が勝手にあの子をライバルだと思い込んでいるだけだと思うんだけど」
「そうかな……?」
「そうだよっ。あのね、乙葉。よぉ〜く考えてみてよ。乙葉は、伊織君と血が繋がっているわけじゃないからいいけど。あの子は、血は繋がっていないとしても、義妹、家族なの」
「うんうん」
「つまり、恋人として付き合うのは現実的にも不可能ってわけ」
「な、なるほど」
説得力抜群の紫織の言葉に、自ずと元気が湧き出てくる乙葉。
「それに、乙葉には、乙葉にしかない魅力があるんだから、大丈夫よ」
「しーちゃん……。もういっそ彼女になって」
「なんでよっ!?」
詩織は、乙葉が少しだけいつもの調子に戻ったことに安堵する。
乙葉が落ち込んでいると、こっちの調子まで狂ってしまう。
……全く、世話が焼けるんだから……。
そんな思いを知らない乙葉は、紫織に向かって元気な声で言った。
「よぉ〜し! 元気も出たし、まだまだ食べるぞぉ〜!」
「えっ」
「しーちゃん! ちょっと行ってくる!」
と言い残して元気よく席を立った乙葉のテーブルの上には、
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