第2話 それは大きなマシュマロで……

 黒瀬恵くろせめぐみ


 伊織いおりくんの義理の妹で、同じ部屋の同居人。


 聞いた話によると、恵ちゃんは、親の再婚相手の連れ子だという。


 どういった理由かはわからないけれど、伊織くんが一人暮らしをするにあたって、一緒に付いて来たらしい。


 どうやら、これから家族になるのだから少しでも仲良くなって欲しい、という両親の頼みから始まった共同生活とのことらしい。


 ま、まさか部屋に入ったら可愛い女の子がいたなんて……。

 

 夢にしては、たちが悪すぎる。




 場所は変わり、伊織いおりくんの部屋のリビング。


 トントントン…――。


 キッチンから聞こえるまな板と包丁が奏でる音色ねいろと、エプロンを着た男の子。


 いいよねぇ〜♪


 ちなみに、手伝おうかと提案したのだけれど、『先輩はお客さんなので、ゆっくりしていてください』と言われたので、ここで大人しく待つことにした。


 まぁ正直に言うと、料理下手なので、危うくそれがバレてしまうところだった。


 危ない危ない。


「………………」

「………………」


 えーっと……。


 わたしと、伊織くんが義妹と言っていた少女は、リビングテーブルを挟んでイスに座っていたのだけれど。


 リビングにあり得ないくらいの静寂が流れていた。


 ゆっくりしようにも、これじゃあ気まずくて声を出すこともできない。


 早く、ご飯できないかな……。


 そんなことを思いながら、チラッと目の前にいる少女を見た。


「………………」


 むぅ~……。


 悔しいけど、可愛すぎる……。


 つい心の声がこぼれる。


 童顔、ボブ、ポニーテールという、最強の組み合わせ。


 これが可愛くないわけがない。


 それに加えて……




 ――たぷんっ。




 でっか……。


 彼女が、その重そうな胸をテーブルの上に乗せていた。


 えっ、ワザと? ワザとなの……っ!?


 それに、一体なにを食べたら、あんなに大きくなるわけ……っ!?


 その破壊力に、わたしのメンタルはブレイク寸前だ。


 彼女が着ている、真ん中に『マシュマロ』と書かれてある白のTシャツが、暴力とも言えるその大きな胸に押し上げられていた。


 こんなものを見せられたら、異性じゃなくてもドキドキしてしまう。


 一目見てわかるほどのビッグサイズな胸を目の当たりにして、思わず自分の胸と見比べてしまう。


 ………………。

 …………。

 ……。


 ……ふ、ふんっ。わたしだって、少しはあるし。それに、胸は大きさじゃなくて形だし。全然、気にしてなんかいないし……。


 見栄を張るのも簡単ではないらしい。


 はぁ……。


 圧倒的、敗・北・感。


 それに加えて、義妹だなんて……。


 あんなものを毎日見せられていたら、流石の伊織くんでもイチコロじゃない……っ!!


 うぅ~……。


 こ、ここは取り敢えず、情報収集が先決だろう。


 情報を制すれば、戦術面が広がるというものだ。


「あ、あの……」

「…………」

「えーっと……」


 反応が、ない。


 さっきから時折こっちを見ているのに、返事がない。


 うん……?


「……あ、あの、めぐみ……さん?」

「……」

「恵……ちゃん?」

「!」


 クイっと顔を上げた恵……ちゃん、と目が合った。


 無表情だからパッと見では分からないけれど、名前を呼ばれたとき、一瞬嬉しそうな表情を浮かべたような気がした。


 これはつまり、『ちゃん』呼びでいいってことだよね?


 すると、


「…………」


 恵ちゃんは、すぐ目線を外して顔を俯かせたのだった。


 ……この子のことが全くわからない。


 それが、わたしが彼女に会って最初に持った印象だった。




 それから数十分後。


 リビングテーブルの上には、伊織くん特製の夕食が並べられていた。


 白ご飯にお味噌汁、そして野菜炒め。


 伊織くんの手料理が食べられるという事実だけで、もうお腹がいっぱいだった。


 ……もちろん、全部美味しく頂くけどね。


「ほんとは、もっと凝ったものを作りたかったんですけど、あまり時間がなかったんで簡単なものにしました。口に合えばいいんですけど」

「作ってくれただけでも嬉しいよ♪」


 それを聞いて伊織くんは「えへへっ」と笑みを浮かべた。


 はぁ〜その笑顔が見られるだけで生きていてよかったと実感する。


 わたしにとっては完全に潤滑油の役割を果たしていた。


 ありがたや〜。


 すると、席に着いた伊織くんの合図で、手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 さっそく一口。


 あむっ。


 ! 美味しい〜♪


 食欲を刺激する美味しそうな匂いがしていただけに、ご飯が進む一品だった。


 この野菜炒めの前では、どんな高級料理も霞んで見えてしまう。


「伊織くん。この野菜炒め、とっても美味しいよ! 特に野菜の炒め具合がなんとも絶妙で――」

「あははっ。そこまで褒められると、照れますね」


 そう言って、照れた表情を浮かべる伊織くん。


 はぁ。こんなに美味しい料理を毎日食べられたら、どれだけ幸せなことかーー


 ぱくっ、ぱくっ。


 ……ん?


 ぱくっ、ぱくっ。


 ……んん?


 チラッと視線を向けると、


「伊織、この野菜炒め、美味しい」


 恵ちゃんが、早いスピードで野菜炒めを食べ進めていた。


 まさに『箸が止まらない』を体現していた。


「よかった〜。味付けを前のとは少し変えてみたんだけど、どうかな?」

「……私は、これが好き」


 そう言って、恵ちゃんは自分の皿に乗った野菜炒めに箸を伸ばす。


 そんな恵ちゃんを優しい目で見つめている伊織くんに、わたしの心は揺れる。


 すると、恵ちゃんと目が合った。


「………………」

「………………」


 あの目は……ふっ。面白い。


 どうやらわたしに、勝負を挑むようね。


 いいでしょう! 受けて立つ!


「「………………………………」」


 一瞬の沈黙、そして――



 あむっ、あむっ。

 ぱくっ、ぱくっ。



「「おかわりっ」」


 ほぼ同じタイミングで空になったお茶碗を、伊織くんに渡す。


「っ!? 量は――」

「――わたしは大盛り!」

「――私は特盛」

「!? ならわたしは、メガ!」

「それなら私は、キング」



 ぐぬぬぬぬぅぅぅー。


 初対面から僅か一時間しか経っていないとは思えないほど、わたしたちはお互いがある意味敵だということを認識した。


 負けられないっ。


 この勝負、絶対に勝つ!

 

 ……。

 …………。

 ………………。


「ど、どうぞ」


 慌てて炊飯器からご飯をよそってきた伊織くんは、わたしたちに茶碗を渡した。


「ありがとう!!」

「ありがとう」



 あむっ、あむっ、あむっ、あむっ。

 ぱくっ、ぱくっ、ぱくっ、ぱくっ。



 それから、わずか数分後。


 同じタイミングで、わたしたちはお茶碗の上に箸を置いた。


「「ごちそうさまでしたっ」」


 くっ……!!


 お互いの視線がぶつかる。


 結果は、引き分けだった。


 この子……できる。


 わたしの中の警戒心レーダーが、今までで一番の反応を示したのだった。


「えーっと……」


 その様子を呆然と見つめる、伊織であった――。




 伊織くんに晩ご飯をごちそうしてもらったわたしは、駅のホームで帰りの電車を待っていた。

 

 涼しい夜風が、ホームを吹き抜ける。


「…………」


 わたしの頭の中は、あの子の事でいっぱいだった。


 恵ちゃん、か……。


 伊織くんは、家族になってまだ日は浅いと言っていたけれど。

 

 仲がいい。いや、良過ぎる。


 最初に、共同生活をしていると聞かされたときは内心とてもびっくりしたし、本当に大丈夫なのかと不安にもなった。


 ま、まぁ、二人の様子を見る限り、『そういうこと』は間違っても起きない……はず。


 ……はぁ。


 しかし、わたしには一つ気になることがあった。


 それは、新しい家族ができたことを話しているときの伊織くんの顔が、どこか辛そうに見えたのだ。


 他人の家の話に勝手に口出しするつもりは、さらさらない。


 でも。


 あんな顔の伊織くんを見たのは、初めてだった。


 一体、彼になにが……。

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