ショートストーリー

ショート1 楽しみなのは一人だけじゃない

 午前の講義を終えて、二人の青年が教室を出た。


 黒瀬伊織と宮園悠。


 高校一年のときに出会い、それ以来の仲だ。


 そんな二人は、教室から出た学生でごった返した廊下を進み、階段を下りていた。


「食堂空いてっかな……」

「さあ、どうだろうな」

「どうだろなって、お前なぁ……。食堂の席が確保できなかったら俺たち昼飯なしになるんだぞ?」

「? 食堂じゃなくても外に出ればいくつか店もあるし、なんとかなるだろ」

「そ、そりゃあそうだけどよ……はぁ」


 悠は珍しくため息をこぼす。


 どうして、俺がこんなことをしなくちゃいけねぇんだよ……。


 と心の中でボヤく悠の手にはスマホが握られていた。


 その画面には…――


『今日の昼休みに伊織君を中庭に誘導してよね! もしそれができなかったら……わかってるわよね?』


 お願いと言う名の恐怖のメールが送られてきたのだ。


 この内容を見た瞬間、すぐに理解した。


 要するに、鈴峰先輩に協力しろ、ということだろう。


 大学で伊織と一緒に行動する悠を利用するという、この戦略。


 流石と言うべきか、姉の策士なところには毎回苦労させられる。


 まぁ、命令を聞かなかったときのことを想像するとゾッとしてしまうのは、今始まったことではない。


 はぁ……。


 すると、そんな悠を伊織が不思議な顔で見ていた。


「? なんかあったのか?」

「な、なんでもねぇよ!」


 そう言って、伊織に聞こえないように小声で「ちぇっ、人の気も知らないで……」と呟く。


 このミッション……なにがあっても完遂しなければ。


 と心の中で決意を述べて外に出ると、横にいた伊織が周りをキョロキョロ見渡していた。


「どうしたんだ?」

「え。いや、あはははは……」


 ん? 伊織にしては珍しく動揺しているように見える。


「……もしかして、鈴峰先輩を探してたりなんて……」

「ッ!? どうしてわかったんだ!?」

「…………」


 ……流石にわかりやす過ぎるだろ。


 まぁそういうところが伊織の良さだったりするから、こっちは見てて楽しいんだけどな。


「せ、先輩に会うの、久しぶりだからさ……」

「え、ずっと会ってなかったのか?」

「うんっ。先輩の卒業式以来……」


 おいおい、マジかよ。


 一年だぞ? 別に仲が悪くなったってわけじゃないのに。


 悠は驚きの余り、ポカンと口を開けてしまう。


 一方、伊織はというと、


(あのとき、先輩が僕に一体なにを伝えてこようとしていたのか)


 結局、あれからなぜか会いづらい空気があって、あっという間に一年が経ってしまった。


 だが、同じ大学に通うことになった今、尋ねるチャンスは必ずあるはずだ。


 すると、




「い~お〜り〜〜きゅぅぅぅぅーんッ!!!」




 前の方から、懐かしい声が聞こえた――。

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