エピローグ

エピローグ この勝負、絶対にわたしが勝つからねっ!

 次の日の朝。


 いつもの時間に起き、洗面所で顔を洗う。


 夢に出てくるほど、昨日の出来事は、僕に大きな影響を与えた。


 ちゃんと自分の思いを伝えることが出来てよかった。


 先輩と恵があの場を用意してくれなかったら、恐らく今もわだかまりを抱えたまま朝を迎えていたことだろう。


 そんなことを考えながら、水で濡れた顔をタオルで拭き、洗面所を出てキッチンへと向かった。


 さて、今日はなににしようかな。


 と頭の中でメニューを組み立てるのも、朝の楽しみの一つになっている。


 今日は……うーん……。


 トースト、目玉焼き、ソーセージ、ミニサラダ、コーンスープ。


 これで決まりかな。


 メニューも決まり、早速朝食作りを開始した。


 ……。

 …………。

 ………………。


 香ばしい焼きたてのトーストの香りが、鼻孔をくすぐる。


 こんがりきつね色で、見た目はバッチリ。


 我ながら今日もうまくできたものだ。


 それから、出来上がった朝食をテーブルに並べていると、恵がリビングにやって来た。


 相変わらず朝には弱いようで、今もウトウトしている。


「おはよ……」

「うん。おはよう」


 朝の挨拶を済ませて、恵は頭を揺らしながら席に着いた。


 僕も、朝食を並び終えて席に着くと、手を合わせる。


「「いただきます」」


 と言って僕たちは朝食を食べ始めたのだけれど。


 急にじーっとした視線を感じて顔を向けると、


「………………」


 恵が一口サイズに千切ったトーストを手に持ったまま、こちらを見ていたのだった。


「な、なに?」

「ねぇ、伊織…――やっぱり、なんでもない」


 そう言って、恵は僕から視線を離すと、なにごともなかったかのように食事を再開した。


「ええ?」


 ……なんだろう?


 恵がなにを言おうとしたのかは気になったけれど、余り詮索しない方がいいのかもしれない。


 昨日、家に帰宅してからといい、どこか様子がおかしかったのだ。


 まぁ、いずれ向こうから話してくれるときまで待っているとしよう。


 そんなことを考えている間に、気づけば朝食を食べ終えていた。


 それから、使った食器をささっと洗い、出かける支度を済ませる。


 ふとリビングの時計を見ると、家を出るには丁度良い時間だった。


 僕はイスに置いていたトートバッグを肩に掛けて、リビングの電気を消す。


 もちろん、戸締りのチェックも忘れずに。


 それが終われば、リビングを出て廊下を進む。


「恵〜、そろそろ行くよー」


 扉の前で言うと、ガチャリと扉が開いた。


「あ」


 口からポツリと声が漏れる。


 部屋から出てきた恵の髪に、あの白いリボンが付いていたのだ。


 恵はリボンに手をかざすと、


「……ダメ、かな?」

「……ダメじゃないよ。よく似合ってる」

「…………」


 僕の感想を聞いて思いの外恥ずかしかったのか、そっぽを向いた。


 たまに見せる激レアな光景だ。


 すると。


 ピンポーン。


 突然、インターホンが鳴った。


「「?」」


 僕と恵は目を合わせると、お互いに首を傾げた。


 こんな朝早くに……?


 荷物の配達ではないだろうし。


 もしかして、香さん?


 昨日ここに忘れ物をしたのかもしれない。


 いや、でもそれなら恵や僕に連絡するだろう。


 うーん……。


 考え込んでも仕方ないので、思い切ってインターホンに出た。


「はい」


 すると、意外な声が返ってきた。


『――あ、伊織くんっ! おはよー!』




 遡ること約十分前。


 伊織くんと恵ちゃんが暮らすマンションの一室。


 その扉の前に、わたしはいた。


 正確には、今より三十分も前にここに着いていたことは、二人には内緒だ。


 インターホンを押す勇気が出ないまま、ただ時間だけが過ぎていたのだった。


 他の人から見ると、明らかにストーカーの類と間違われても仕方ないだろう。


 ………………。


 このままだと、二人は部屋から出てきてしまう。


 鉢合わせをして、伊織くんにストーカーだと言われてしまった日には、人生終了の鐘が鳴り響くことだろう。


 その前に、こちらから仕掛けないと。


 ……よぉ〜し。


 決意を固めたわたしの指は、ゆっくりとインターホンのボタンを押した。


 すると、少しの間の後、


『はい』


 この声は間違いない。


 伊織くんだ……っ!


「あ、伊織くんっ! おはよー!」


 いつもより高いテンションで言うと、


『……誰?』

『先輩だよ』


 インターホンの奥から微かに聞こえるこの声は…………恵ちゃん、だね。


 すると、扉が開いて、


「おはようございます、先輩」

「うんっ。えへへっ」


 伊織くんが笑顔で迎えてくれた。


 その後ろから、ひょこっと恵ちゃんが顔を出した。


「……先輩、おはようございます」

「お、おはよう……」


 恵ちゃんは、意外にも朝の挨拶をしてくれた。


 その光景にびっくりしたのか、伊織くんがわたしたちを交互に見る。


「あれ? 恵って、乙先輩のこと『先輩』って呼んだことあったっけ……?」 

「最近呼ぶようになった」

「へぇー、そうなんだ」


 と、伊織くんが言うと、恵ちゃんはコクリと頷いた。


「あ。それにしても、どうして先輩がここに?」


 予想していた通りの質問が飛んできたので、わたしは、


「そ、それはね……」


 わたしは恵ちゃんに視線を向けた。


 どうやら、それは恵ちゃんも同じようで、お互いの視線がぶつかる。


「………………………………」

「………………………………」


 まばたき一つもできない緊張が走る。


「えーっと……ど、どうしたんですか?」


 だが、今の二人に声が届くことはなく。


 所謂いわゆる、ゾーンに入っているのだった。


 それから、目に見えない攻防は続き……。


「恵ちゃん」

「先輩」


 お互いの名前を呼び合い、わたしたちは言った。


 決意と共に…――。


「この勝負、絶対にわたしが勝つからねっ!」

「……望むところ」


 二人は笑みを浮かべた。


 それ以上の言葉は、この場には必要ないとわかっているからだ。


 恋の火花散る、本当の戦いの幕が開かれたのだった――。




「あの〜……早くしないと遅刻……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る