第16話 ゲームは程々に

「えへへっ♪」

「…………ふふっ」


 スマホの画面を眺めながら満足げな表情を浮かべる、乙先輩と恵。


 そのリビングから聞こえる上機嫌な声は、キッチンで食器を洗っている僕のところまで届いていた。


 はぁ……。


 ほんと、散々な目に合ったものだ。


 乙先輩の家で会った先輩の姉の麗奈さんに、無理矢理セーラー服を着せられ、挙句の果て化粧まで施されて、『伊織ちゃん』が誕生した。


 引かれると思いきや、まさかのノリノリなテンションに驚いたのを憶えている。


 僕が女装した姿のどこがいいのやら……。


 鏡越しで自分の姿を見たときは、一瞬自分が男であることを忘れてしまいそうになったけれど。


「あ」

「どうしたんですか?」


 洗い物を終えてリビングに来ると、先輩が、テレビ台の下の段に置かれているゲーム機の隣に並べられているカセットケースを指さした。


「ああぁ、それ先輩がこの前面白いって言っていたあのゲームですよ」


 実は、先輩はかなりのゲーマーで、よくおすすめのゲームを教えてもらっている。


 今回のは、その内の一つであるアクションゲームだ。


 発売後即売り切れするのは間違いないとSNSなどで言われていたので、ネットで予約しておいたものだ。


「ねぇねぇ、もうやった!?」

「届いた日からやってはいたんですけど……。途中に出てくる中ボスが強過ぎて、それっきりなんですよね……」

「ああ……今の言葉だけでなんとなくわかったよ……」


 どうやら、先輩も同じところで止まっているらしい。


 無理もない。


 そのあまりの強さから、SNS上でも話題になっている程なのだから。


 一部では、難易度の設定をミスしたまま実装されたのではと疑われるレベル。


 例えるなら、中盤でいきなり最強クラスのモンスターと対峙するようなものだ。


「難し過ぎません?」

「……だよねー」


 一狩りする前にこちらが狩られてしまう現状だった。


 クリアした人の実況を一度見たことがあるけれど、異次元レベルのテクニックを持ち合わせていないと……勝てない。


 あの先輩ですら相当苦労しているのだから、僕なんかが勝てるわけがない。


「………………」


 すると、その様子をソファーで見ていた恵が、ちょんちょんと僕の肩を突いた。


「うん?」


 僕が振り返ると、


「……それやってみたい」

「え?」


 恵はただじっと僕を見ていたので、ゲームの準備をしてから、コントローラーを恵に渡した。


「「?」」


 僕と先輩が顔を合わせて首を傾げていると、



 …――次の瞬間。



 テレビ画面をじーっと見ていた恵が、突然、カチカチカチと目にも止まらぬ速さでキャラクターを操作し始めた。


「「ええぇ…………」」


 目を疑うというより、呆気に取られるという方が正しいだろう。


 それ程までに、恵の操作テクは群を抜いていた。


 カチカチカチカチカチ…――――――。


((す、凄すぎる……っ))


 プロ顔負けとも言えるそのスピードで、あっという間に中ボスのHPゲージを減らしていく。


 おうおう、もう少し! もう少しでクリアできる!


 恵、頑張れっ!


 ……しかし。


 中ボスの攻撃が当たったのと同時に、画面に『YOU LOSE』の文字が映し出された。


 ………………………………。


 しーんとした空気がリビングに流れる。


「め、恵……?」


 恐る恐る声をかけると、


「……もう一回」


 恵は珍しく悔しそうな表情を浮かべていた。


 だがその後、何度挑戦しても勝つことはできなかった。


 ――――――――――――。


 八方塞がりのこの状況を打開する方法はないのか。


 なんとか頭を働かせて、思考を巡らせる。


「…………」

「うーん……。いいところまでは行くんだけなぁ」

「そうだねぇ……」


 ここまで頭を使うとなると、これはもう推理ゲームの類だ。


 もう少しなんだけどなぁ。


 ……どうしたものか。


 各々が頭を悩ませていると、先輩がふと「あ」と声を漏らした。


「なにか、いい案でも思いついたんですか?」


 と尋ねると、


「伊織くん、恵ちゃん。これは提案なんだけど」


 なぜか低い声で言う先輩に、僕たちは首を傾げる。


 ……んん?


 すると、先輩は自分のスマホの画面を操作して、ある動画を再生した。


 そこには、今僕たちがやっているのと同じゲームが映し出されていた。


 左下のワイプに出ている実況者の人が、一つ一つ丁寧にクリアの手順を解説していた。


 再生回数は、百万回を超えている。


 それだけ、クリアしたいと思っている人たちが多いのだろう。


 すると、先輩は停止ボタンを押して画面を指さした。


「ほらここ見て。向こうからの攻撃を避けるときの動き。ここのタイミングさえ合えば、ダメージ判定が厳しくてもこのボスを倒すことができるはず」

「タイミング、ですか」

「うんっ」


 そう言われてみれば、確かにギリギリ攻撃を避けてもダメージを受けていたような気がする。


「それに気づくなんて、流石さすが先輩です!」

「えへへ。さっきの恵ちゃんのプレイを見て気づいたの」

「……!」


 恵は、驚いたように目を見開く。


 そして、先輩は僕と恵を交互に見て、


「勝機はある。いいよね、二人とも?」


 と覚悟の確認とってきた。


 そんなの、最初から決まっている。


「先輩、やりましょう! ていうか、今の見てたら、僕もやりたくなってきちゃいましたっ」

「……やる」


 それを聞いて、先輩は手を高く上げた。


「よぉ~しっ! こうなったらこのステージ、なんとしてでもクリアしよーっ!!」


 それに続けて、僕たちは先輩と同じように手を高く上げた。


『おおぉー!!』


 と気合の入った声を上げた。


 そのときの僕たちは、完全に攻略班と化していたのだった。




 次の日。


「痛たたたぁ……」


 朝の廊下を、わたしは腰をトントンと手で叩きながら進む。


 徹夜で挑戦し続けている間、ずっと座ったままの姿勢だったのがいけなかったのだろう。


 と反省を振り返りながら教室に入ると、


「?」


 やけに周りがザワついているような気がする。


 はて、気のせいか。


 それからわたしは、不思議に思いながら席へと向かう。


 そこには、すでに先客がいた。


「あ、しーちゃん。おはよー」

「…………」

「? しーちゃん?」


 なにも言わずこっちをじーっと見てくるしーちゃん。


 どうしたんだろう……?


 すると、しーちゃんはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら口の前に手を置いた。


「あらあら、どうしたの~? そんなお爺さんみたいに腰を叩いたりなんかしちゃって」

「ん? ああぁ……実は昨日、伊織くんの家で朝まで盛り上がっちゃってね~」

「うんうん! それでそれでっ!」


 しーちゃんはなぜかわたしの話を聞くなり、元気よく二度頷いた。


 ? なにかいいことでもあったのかな?


 しーちゃんの、朝にしてはやけに高いテンションに驚きつつ、ゆっくり席に座った。


「……おかげで腰は痛いし汗はかいちゃうし、朝からヘトヘトだよ〜」

「おぉ~!!」


 と、時折声を上げてわたしの話を食い入るように聞いていた。


 ますますわからない。


 どうしてしーちゃんがこんなにノリノリなのか。


 この話にとても興味がある? それとも、他になにか理由が……?


 相変わらず朝は頭が働かないようで、パッと思いつくはない。


「……あ、そうだ。昨日撮った写真あるけど、見る?」

「えっ!? 乙葉、写真撮ってるの!?」

「? まぁ、初めてだったし、記念にね」

「へ、へぇー……」


 さっきまでのハイテンションから一変、少し引いたような顔でわたしから顔を逸らした。


 ?


 わたしはその様子を不思議に思いつつ、スマホの写真フォルダーを開く。


「ほらっ」


 そして、スマホの画面をしーちゃんに見せると、


「ドキドキ……って、うん? 乙葉、なにこれ……?」

「なにって、わたしたちが苦労してクリアした時の写真だけど」


 しーちゃんは、「はい?」と言って写真とわたしを交互に見た。


 テレビ画面の真ん中に『YOU WIN』と映し出されているところを撮ったときの写真。


 これのどこが、『なにこれ?』なの?


 それから、しーちゃんは顎に右手を当てて「うーん」と声を漏らして考え込んでいると、


「……あ、そういうことか」


 どうやら一つの答えに辿り着いたらしい。


「乙葉……さっきの朝までって……もしかして」

「いや〜ここのボスが強くってさ、夜からずっとやって気づいたら朝になってたよ。あははははっ♪」

「………………」


 頭の後ろに手を当てて笑っていたわたしに、しーちゃんは無言のジト目を向けていたのだった。

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