第12話 必要な存在

「ここ……魔界だったのか……」

「そんなことも知らなかったのか……」


 正気を取り戻して、すっかり元に戻ったクエイク。

 身だしなみも整え、落ち着いて現在の状況について話を聞いていた。


「ここは、かつてオーク族が治めていたレイブレイーブ砦周辺の森。しかし、その砦は数週間前に地上の帝国軍の侵略によって、占領されているのだ」

「……そんなことが……」

「その砦を帝国軍は魔界侵略のための拠点とし、現在も巨神兵や数千の兵を駐留させており、わらわたちも迂闊に手を出せぬ状況」


 魔界。そう言われて自分が目を覚ました時の光景をクエイクは思い出す。

 どんよりとした暗い空。あれは、夜だったというだけではなく、陽の光が届かない世界だったから。

 

「巨神兵……ああ……アレか……」

「うむ。一体で一騎当千の力を誇る巨神兵が15体配備されている。それだけ帝国にとっても重要な拠点ということ。もっとも、その内の5体をうぬが葬ってくれたのだがな……」


 状況を知って、クエイクは溜息を吐いた。

 まさか、崖下へと落ちた自分が、魔界に居たなどとは思わなかったからだ。

 事故か、何か異空間の歪みに巻き込まれたのか、途中で記憶が無かったりと色々と面倒なことがあったが、ようやく状況を知って、とりあえず納得した。

 そして、同時に何も思うことは無かった。

 何故なら、帝国がどうとかなど、今の自分にはもう何も関係が無かったからだ。


「その巨神兵たちの中心は、帝国の女将軍としても有名な『ハーラム』で、うぬも知っているのではないか?」

「……はぁ……まぁ、一応」


 そう、関係ない以上はクエイクにとってはシスティアが丁寧に説明していることはどうでもいいことであり、むしろ別のことが……


「と、ところで……その……」

「ん?」

「こ、これ……どうすれば……いいんだろうか?」

「……………」


 クエイクが言いづらそうにそう尋ねると、システィアも頭を悩ませた様子で俯いた。

 それは……


「まぁ、今日はもう良いのだ。旦那様も、色々とヤリまくって疲れたであろうし、わらわもボロボロなのだ……今日は寝るだけなのだ♡ ちゅっ♡」

「あっ……」


 クエイクの膝の上に乗って、首に両手を回して抱きついて甘えているチヴィーチ。

 その表情はグッタリとして、しかしどこか蕩けた様子に見え、その雌の顔で何の脈絡もなくクエイクの頬にキスまでする。

 また……


「そうです。今日はくっついて寝ましょう! クエイク様♡」

「……う、あの、『様』はいらない……です」

「なら、私にも敬語は不要ですよ? もう私たちは他人ではないのですから♡」

「う、うぅ、助けてくれたことは……その、感謝しかないけど……でも……」

「ぎゅ~~~♡」

「あっ、ちょっ!?」

「隙有りですよ、ちゅっ♡」

「んぐっ」


 そう言って完全に蕩け切った表情でクエイクの隣に密着するように座り、頬をクエイクの方に預けて離れようとしないクロース。

 また、チヴィーチがクエイクの頬にキスしたものだから、自分も負けじとクエイクの唇に軽く触れるようなキスをする。

 二人とも、完全にクエイクにその身を預けて心を開いていた。


「姉上……まだここは戦地だ……その緩み切った態度は如何かと……仲間たちにも示すが付かぬぞ?」


 二人の姉を諫めるように厳しい口調をぶつけるシスティア。

 しかし……


「緩み……ですか。確かに私たち二人は……ゆるゆるかもしれません♡」

「というより、あの蹂躙されるような行為の中でガバガバになってしまったかもなのだ♪」

「っ、う、あ、姉上!?」


 反省するどころかむしろ開き直り、そんな言葉にウブな様子で赤面するシスティア。

 だが、このままペースに巻き込まれてはならないと、システィアは一度咳払いして再び平静に。


「あ~、と、とにかく、英雄殿」

「クエイク。名前はクエイクだ」

「ん? あ、うむ。クエイク殿……面倒をかける。しかし、姉をここまで堕落させた以上、うぬにも責任を取ってもらわねばならぬ」

「っ、そ、うだよな……分かっている……」


 二人の姉を雌に変えてしまったこと。

 一方でクエイクにとっては、副作用で苦しむ自分を助け、二人して乙女の純潔を自分に捧げたという恩義すらあった。

 クロースたちにとっては恩という意識はなく、むしろ先に自分たちを助けてくれたのはクエイクだと思っているのだが、それでもクエイクは後ろめたさを抱いて素直にシスティアに頷いた。

 そして……



「クエイク殿よ。うぬが人間ではなく、帝国の連中も仲間ではなく敵というのであれば……わらわたち魔王軍の一員にならぬか?」


「え?」


「まぁ! それは素晴らしい提案です!」


「うむ! それならこれからもずっとブルブルブルブルできるではないかなのだ♪」



 二人の姉妹は心底嬉しそうに賛成と、余計にクエイクにくっついて甘えた。

 しかし、それはクエイクにとっては予想外のことで、戸惑った様子を見せる。



「え、で、でも、俺なんか……俺は、戦ったらあんなことになってしまうぐらい……役立たずで迷惑で……」


「や、役立たず? ……それはわらわたちへの皮肉か?」



 巨神兵を五体も一人で倒せたということがどれほどシスティアたちにとってバカでかい偉業なのかをまるで分かっていないクエイクは、むしろ自分が戦うことで生じる副作用での迷惑についてしか考えていなかった。

 そのため、システィアの提案に俯いてしまった。

 しかし、



「率直に言って、うぬの力をわらわたちに引き込みたい……いや、むしろ仲間になってもらいたい。我が魔王軍の一員として」


「っ!?」



 システィアにとっては提案というよりも、「是が非でも」、むしろ「どんな手を使ってでも」と考えていた。


「俺はあなたたちの……役に立てるのか? 俺は……必要な存在なのか?」


 だからこそ、生まれて初めてもらうその言葉に、クエイクはただ驚くしかなかった。

 そんなクエイクにシスティアは呆れたように溜息を吐く。



「何の確認か? 役に立つも何も是非とも欲しいからこう言っているのだ。何があったとしてもだ。それゆえ、本来なら魔界の姫である姉上に……ましてや二人まとめて純潔を奪う者など死罪に相当するが……そうしないのは、それほどまでにうぬが必要ということだ」


「俺が、必要! 俺が……俺が!」



 それは、クエイクがずっと欲しかった言葉。

 人の役に立って、「お前が必要だ」と言われたかった。


「そうです! そもそも、私たちはもうあなたなしでは生きていけません!」

「うむなのだ! わらわたちをこんな風にしたのだ……これから毎日毎晩ブルブルして、責任取るのだ♡」


 しかも、自分が迷惑をかけたと思った二人もまた、クエイクが必要だと余計にくっついた。

 たとえ、それが自分の持っている力、能力を、戦力として、武器として、『道具』としてしか見ていなかったとしても、むしろそれが望みだった。

 同情などではなく、自分自身の存在を役立つ必要なものとして……


「あ、ありが……とう」

「ん? な、なぜうぬが礼を?」


 思わず零れてしまう礼。

 そしてクエイクは顔を上げ、その口元には初めて見せる笑みを浮かべ……



「ありがとう。俺……こんな俺が必要とされるなら……必要な存在として認めてくれるなら、俺はあなたたちと一緒に居たい!」


「ぬっ? あ、おお、そ、そうか?」


「おおお、それは重畳なのだ! では、これからずっと……ブルブルなのだな~ぐひひひひ♡」


「まぁ! 嬉しいです! ではこれからはず~っと一緒ですね! スーパービンビンマウンテンさんも、私にお任せください! 正気な状態のあなたともしたいです♡ そうだ、システィアも一緒に食べてもらいませんか?」



 こうして、クエイクの新たな人生が幕を開けたのだった。

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