第10話 末妹のコンプレックス

 魔王の父とダークエルフの母の血を引き、魔界の三姉妹姫の一人であるシスティアは、戦の事後処理をしながら、一面に漂う空気に酔い、歓喜に打ち震えていた。


「ふふふ……突如人類が手にした異形の力……遥か昔より続く人と魔の戦争の戦況を一気にひっくり返し、我ら魔王軍を窮地に追いやった巨神兵……一体討ち取るだけで魔界全土に広がる英雄として称えられる……それを今日、五体も討伐するとはな……」


 魔族の天敵でもあった巨神兵の力に多くの同志が散っていった。その圧倒的な力を今日は逆に圧倒した。

 もちろん、自分たちも戦った。

 しかし、今日の功績は全て一人の男の手によってもたらされたもの。

 

 人間のようで、人間ではない謎の男。

 激しく振動するその力で、全てを打ち砕いた。


 全ては謎だった。しかしそんなことは関係ないと、システィアの心は激しく揺れていた。


「システィア様! 被害の状況、及び犠牲者の遺体を可能な限り回収しました」

「そうか、ご苦労だった。引き続き頼む」

「はっ!」

「あと、地図の書き換えもだ。この領土を死守できたのは大きい。このまま……『レイブレイーブ砦』も取り戻すことが出来れば……。人間どもめ……目にモノを見せてくれる。そのためには……」


 零れそうな笑みを堪え、必死に平静を装うシスティア。

 姫であり、将であり、その存在は魔界において「暗黒の戦姫」と恐れられていた。

 そんな自分が、決して被害状況が軽いわけでもない中で、浮かれるわけにはいかないと自分を律した。

 だが、それでも幼い少女のように胸のときめきが抑えられない。


「ふふふ……雄々しい男だったな……熱いのじゃ……わらわの体も疼いておる」


 見た目が人間に似ていようと関係なかった。むしろ、人間たちからも忌み嫌われており、男もまた容赦なく人間たちを巨神兵ごと討った。

 ならば、多種多様な種族溢れる魔界において、その男を受け入れることは訳もなく、むしろ欲しいと心から願った。


「ふふ……ふふふ」


 露出の多い恰好。布面積の少ない紐の下着でほぼ尻を出し、その揺れる豊満な褐色の胸を専用の甲冑で覆っているだけ。

 しかし、このときばかりはその僅かな衣すら全て剝ぎ取って自分を慰めたいとすら想うほど、疼いていた。

 だが、すぐに首を横に振る。


「いかんいかん……わらわは誇り高き魔王軍の姫……純粋な乙女のような振る舞いなど似つかわしくない。わらわが求めるのは血と戦と人間どもの阿鼻叫喚のみ。その他一切がわらわにとって不純物」


 ときめいた心を理性で押さえつけ、固め、本心を奥底へと押し込む。

 そんな自分を二人の姉はいつも苦笑していたが、自分は変わるつもりはないと、システィアは己自身に何度も言い聞かせる。


「とにかく、姉上たちにはあの小僧をどうにかしてもらわんとな……命を繋ぎとめるのはもちろん、可能ならば引き込むことも……」


 味方に引き込む……仲間になる……そう思っただけで、またシスティアはゾクゾクと身震いした。

 あの力が自分たちの味方になる。自分たちのモノになる。

 劣勢だった戦況すら容易く引っ繰り返すことのできる力。

 それは、勇者も人類も打ち滅ぼすことすらできるかもしれない。


「……引き込むか……ふふふ、あの力がわらわたちのモノに!」


 男としてではなく、戦力として求める。

 人としてではなく、武器として求める。

 全ては戦のため。

 それだけで口角が吊り上がるのが、システィアは自分でも分かった。

 


――将来の夢はお嫁さんって思ってる、とってもカワイイ子なんですよ?


「…………ふん」


 

 一瞬、敬愛する姉がそう口にした言葉を思い出した。だが、すぐにシスティアは頭を振った。

 そして、己の天幕にある鏡の前に立ち、自身の全身を見て、システィアは苦笑する。


「ふっ……なんだ? この無駄に硬い腕周りの筋肉は……槍ばかり振ってきたからだろう。それでいて、この無駄にデカくてだらしのない胸も尻も……重たいだけ。動きを軽くするために軽装にしているが、見ている者たちはわらわのこの体に不愉快な思いを抱くだろうな……軍の男たちなど見るに堪えんのか、すぐに目を逸らす……」


 呆れたように己を嘲笑する。そんなシスティアの脳裏に思い浮かぶのは、半分同じ血が流れているのに、自分とはまるで違う二人の姉。


「小さく可愛らしい容姿のヴィーチ姉上……女の私から見ても可憐なクー姉上……わらわだけが違う……」

 

 二人の姉と違って、自分だけが女としての魅力がない。

 そんな思い込みのコンプレックスを、システィアは抱いていた。


「おっと、そうえいば姉上たちにあの小僧のことを任せたままだったな。何の連絡も無いし、少し様子を見に行ってみるか。あの男は『役に立つ』。何としても生きていてもらわねばならぬからな」


 そう言って立ち上がって、システィアはクロースの天幕へと向かう。



「わらわたち魔族には……あの小僧が『必要』だ!」



 そして、そこで行われている肉食動物と化した者たちの暴飲暴食な光景を目の当たりにするのだった。






――あとがき――

次回、妹が姉たちのブルブルしている光景を目の当たりしますが、ただブルブルしているだけですし、何も問題ないはず。


また、これまでで面白いと思っていただけましたら、ブクマ及び下記の「★」でご評価いただけましたら、作者嬉しくてブルブル震えますので、よろしくお願いします。

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