第5話 激震

「あ、ああ!?」


 その背中を突き飛ばされたクロース。

 誰が付き飛ばしたかは分かっている。

 自分を助けようとして……


「そんな! あ、ああ……」


 巨人の剣によって顔面を強打された少年。

 クロースは駆け寄り、その少年を呼ぼうとする。

 しかし、自分が未だにその少年の名前を知らないことに気づいた。


「そんな、そん……な……」


 助けられなかったどころか、自分が助けられてしまった。

 人間なのかどうかは関係なく、ただクロースは少年を助けたいと思っていた。

 その結果が、これだった。

 巨人の圧倒的な力を振るった剣を顔面に受けて、生きているはずがない。

 恐らく頭部も跡形もなく……


「え……あ? え!?」

「うっ、ぐ……うう……」


 しかし、クロースは駆け寄ってすぐに目を疑った。

 なんと、少年の頭部は無事で、しかも生きているからだ。


「大丈夫ですか!? 目を覚ましてください! お願いです! 生きるのです! 私に恩を返させてください!」

「うぐ、うう……」

「生きて……あなたの……名前を、私に教えて欲しいのです……」


 少年の体を起こそうとして、必死に呼びかけるクロース。

 少年はまだ息がある。

 鉄のようなもので出来ている右目の周りに亀裂が走っているだけ。

 ひょっとしたら、巨人の一撃はこの部分で受けたのかもしれない。

 その右目の周りの強度やら耐久力やらと本来気にすべきところがあったとしても、少年がまだ生きていることに比べれば些細なことだと、クロースは必死に呼びかける。

 そして……


「え? この右目……」


 そのとき、少年の体の異変に気付いた。その赤い瞳がより強く輝き、亀裂の走った鉄の部分がどんどん捲れているからだ。

 そして、最初少年に触れたときは、その肌の冷たさに驚いたものだが、今度は打って変わり、少年の体が急激に熱くなった。


『なんだ? クズのガラクタ、まだ生きているのか! しぶとい奴め……だが、魔界の姫共々殺し―――』


 何が何だか分からない。

 しかし、クロースはこのとき、考えたわけでもなく、自然と手が伸びていた。


「これ……」

 

 少年の右目の捲れていた鉄の部分を、手に取ってみたのだ。

 すると、その部分はいともたやすく「カチャ」と音を立てて外れた。

 まるで最初から「取り外し」ができるかのように。

 すると……



「あ、おおお、あああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


「っ!?」


『な……なに……!?』



 少年が咆哮。その叫びは、乱戦と化していた戦場の時を止めた。



『な、なんだ? あいつ、急に……』


『び、ビックリした……』


「なんなのだ?」


「あの男……?」



 人類も魔族も関係なく振り返り、その少年に視線を向ける。

 その視線の中で少年は立ち上がり、そして、まるで寒さに凍えるかのように己を抱きしめる。



「振える……震える……止まらない! 振動が、俺が、鼓動が、全身が! 何も止められないッ!!」


「あ、の……」


「お、まえら……お前ら全員砕けちまえッ!!」



 少年が暴力的な言葉と共に吐き捨てる。

 そして、いつの間にかその眼光は真っ黒に染まり、クロースが外した鉄のような部分の下には真黒く染まる肌(?)というより、また鉄のようなものが……ただ……


「あなたは……一体……」


 とにかくただ、雰囲気が何もかもが一変した。



『へ、急に叫んだと思ったらイキりやがって……マッサージ用のガラクタが誰に口を聞いているんだ! 選ばれし巨神百人兵の一人である、このボッコラーレ様に向かって、生意気言うんじゃ……ねぇ!!!!』


 

 己の名を叫んで自身を鼓舞するように、巨人は大剣を振りかぶって、叩きつけるかのように振り下ろす。

 対して少年は……クエイクは!



「うおおおおおおおおお!」


『ッ!?』



 走った。跳んだ。全身を激しく振動させながら、目にも止まらぬ加速。

 そして……


「砕けろ!」

『なっ、え……?』


 振り下ろされた巨人の剣に突進し、すると剣の刀身が粉々に砕け散った。



「「「「「ッ!!!???」」」」」


『『『『『ッ!!!???』』』』』




 その光景はその場に居たすべての者たちの度肝を抜き……


「全部、砕けちまえッ!!」

『う、うわ、ま、待っ――――』


 そして、刀身を砕いてそのまま突き進んだクエイクは巨人の兜に飛びつき、ホールドするように両手に力を入れ、巨人の頭部が砕けちった。


「ひ、いて、うっ……あ……な……そんな?」


 巨人の頭部が砕け、その頭部の中には一人の若い人間の男が居た。

 歳は若く10代から20代といったところだろう。

 全身にピッチりとした奇妙な服を着ているその男は、ただ驚愕の表情で震えている。


『あ、あいつ、バカな! あいつは一体、何をした!?』

『わ、分からない、でも……ボッコラーレが危ない!』

『助けるよ! 仲間は絶対に死なせない!』

『うおおお、このマッサージ野郎、死ねええええ!』

 

 仲間の一人がやられ、混乱するも慌てたように残る4人の巨人が持ち場を無視してクエイクに駆け出す。

 魔王軍の魔族たちはその様子をただ呆然と見ていることしかできず、そして……



「イッタロ? オマエラゼンイン……クダケロ!」


『『『『ッッ!!??』』』』  



 クエイクが振り返り、姿勢を低く縮こまるような姿勢でダッシュ。


「ようやく思い出した……帝国の時代……そのさらに前の記憶と記録……俺の初期設定。高出力の振動子……俺が触れるもの全て、分子の単位まで粉砕する!」


 その目にも止まらぬ速度は鈍重な巨人たちに反応することができず……



「砕けろ!」


『なっ?!』


「クダケロ!」


『う、お!?』



 巨人の膝に向けて突進。その突進を食らった二体の巨人の膝が粉々に砕け散った。

 膝を砕かれては巨人とて走るどころか立ち上がることもできず、地面に倒れこむだけ。

 何もできずにもがくだけのその姿を、クエイクは怒気を込めて見下ろし、そして……


「俺はただ……誰かの役に立ちたかった……正義でも悪でもなんでもいい……ただ、よくやってくれたと……一言褒められたかった……お前が必要だと……求められたかった……役に立ちたかったんだぁ!!」


 同時に嘆くように、そして寂しそうにそう叫ぶ。


『ど、どうなってるの? うそよ……いや……ゆ、夢よ……た、たすけ……』

『ば、バカな!? なんであいつにあんな力が……く、に、逃げろッ!!』


 だが、完全に怯えた残る二体の巨人はそんなことに構わず、背を向けて逃走する。

 巨人がみっともなく、震え上がって逃げ出すその光景に、魔族たちはただ言葉を失い……



「す、すごい……なんという……圧倒的な……ドキドキが収まりません! 心臓が、胸が熱く締め付けられます!」


「なん……なんなのだ? あやつ……ふふ、ぬわはははは! ここまでくると、もう笑えるのだ! そして震える! この儂が恐怖を感じているとでも? それとも歓喜か!?」


「わ、わらわが震えている……怯え? 違う……この震えは……熱い震えは!! あの小僧が……あの強き男を……わらわは反応している? 興奮している!? 欲している!? ……濡れるッ!!」



 そして、同時に熱を込めて魂が震えた。

 そう誰もが、震えた。



「俺自身が初期設定を……これがもっと早く分かっていたら……ポンコツなんて……ガラクタなんて……くそぉ!!」


――超振動波


「砕け飛べぇぇ!!」


『『ッッ!!??』』



 クエイクは両手を前に突き出す。震えるその両手から輝くビーム状のようなものが放たれる。

 詠唱もなく放たれるそれは魔法ではなく、そんな力をこの場にいる誰も見たことがない。

 やがてその衝撃波は逃げ出した2人の巨人に着弾し……


『うわあああああ、あああああ!?』

『いや、何? うごかな、い、いやああああああ!?』


 その全身を粉々に砕け散らせ、中に居た二人の人間が外へと投げ出された。




「お前たちが俺をいらないなら……俺もお前らなんかいらない! 俺はもう自由にする!! 今度は……お前らが震えろ!」






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