第25話「妹の信用」
あの後、黒川の妹に見つかってしまい。流石にそのまま帰るわけにもいかず、黒川の家にお邪魔することになったのだが……
「粗茶です」
「え……」
そう言って、黒川の妹から出されたのはただの水だった。
えっと、これは……俺みたいな奴に出すお茶なんか無いって意味なのだろうか? それとも、この家ではミネラルウォーターのことを『粗茶』とでも呼んでいるのかな?
「……あっ! あたしってば、間違えてお水のまま出しちゃいました!? 安藤さん、すみません! 直ぐに取り替えますね」
――と思ったが、どうやら間違えてしまっただけみたいだ。
ふぅ、良かった。もしかしたら、俺って黒川の妹に嫌われているのかと思ったぜ……。
でも、お茶を出そうとして水を出しちゃうなんて、黒川の妹は意外とドジっ子なのかな?
「あ、あぁ……間違いね。いやいや、別に俺は水でも大丈夫だから……」
「いえいえ! たとえ水道水だとしても、沸かして飲んだ方が美味しいですから♪」
いやこれ、完全に嫌われているな!? オイ!
しかも、それ水道水かよ! どうりで、笑顔なのになんか歓迎されてない雰囲気がしたと思ったんだよ。
「どうぞ粗茶です」
そう言って出されたのは軽く沸かした水道水だった。
この妹、本当にお湯を出してきやがった……。
「それで、安藤さんはどんな用事で家に来たんですか?」
俺が仕方なく出された粗茶(お湯)に手を出そうとすると、咎めるように黒川の妹がその質問を本題とばかりに問いかけて来た。
「どんな用事って……」
「まさか、ただ家の前に立っていたわけじゃないですもんね~?」
え、何この空気? 怖いんだけど……
俺、なんか黒川の妹に嫌われるようなことしたっけ?
とりあえず、ここは建前的にも『お見舞い』と答えておいた方が無難だろう。
「え、えっと……お見舞いに――」
「まさか『お見舞いに来た』なんてふざけたこと言いませんよね~♪」
なんて、言おうとしたら封じられた件……。
「え……」
なん……だろう。なんか、黒川の妹からもの凄い圧力を感じるんだが。
てか、今『ふざけたこと言いませんよね?』って言ったような……。え、俺がお見舞いに来るのって、そんな『ふざけたこと』か?
まぁ、確かに黒川が風邪をひいたのは俺と学校の倉庫に閉じ込められたことが原因だと思うが、黒川の妹がそこまで話を聞いているとは限らな――
「まさか、お姉ちゃんに風邪を引かせておいて、悪びれも無く『お見舞いに来た』なんて言えるわけないですよね~♪」
「ソ、ソウダネ……」
あ、ヤベ……。これ姉から話を聞いてますね……。
てか、妹の笑顔が怖い! 怖い! 怖いから!?
しかし、待って欲しい。
黒川が風邪をひいたのは俺というよりも、川口先生のいたずらが原因なんだから、俺が黒川の妹に責められるのはお門違いではないのだろうか?
それに、俺には別に黒川の妹に嫌われるような理由も無いし――
「お姉ちゃんに聞きました」
「えっと……何を?」
「お姉ちゃんに『友達にはならない』とか言ったそうですね?」
なるほど……どうやら、黒川の妹に嫌われる理由はあったようだ。
というか、身に覚えしかないなぁ~。
「むぅ……一体、お姉ちゃんに何の不満があってそんなことを言ったんですか?」
「いや、別に不満とかじゃなくて……」
ただ、俺では黒川に期待には……
いや、今更こんなこと言っても言い訳にしかならないか。
「あたしはお姉ちゃんが心配なんです……」
「…………」
確かに、黒川の妹からしたら『友達にならない』とか言ってたくせに、何でそんな奴がお見舞いに来てるんだ? って感じだよな。
「お姉ちゃんは凄いんです! 家は両親が共働きだから小さい頃からお姉ちゃんが家のこともあたしの面倒も見てくれて……それなのに、勉強も頑張って学費のかからない今の高校に推薦で受かって……だけど、お姉ちゃんは何でも『一人』でできちゃうから他人を頼ることが無いんです。だから、気づくといつも『独り』になって……」
なるほど、黒川がああいうふうになったのは家の事情もあるのか。確かに、お弁当とか自分んで作っているって言ってたし……それに、黒川がテストの成績がいいのは単純に誰かに認めてもらう手段の一つなどではなく『推薦』という理由もあったのだろう。
普段の部活ではちょっと……いや、かなり? 残念な黒川だけど……それでも、この妹にとっては自慢のお姉ちゃんなんだな……。
「というか、お姉ちゃんはもっと他の人に頼るべきなんです! 全部『独り』で片付けてきちゃったから『一人』でいるのが当たり前になっちゃってるんですよ! 本当は『友達』だって欲しいくせに無理に強がって自分からは決して他人に近づこうとしないんですよ! そういう変な所でお姉ちゃんってば頑固なんです!」
――って、あれ?
なんか、良い話かなと思っていたらなんか姉の悪口になっているような……。
「だから、お姉ちゃんが自分から『友達になりたい』って言ったと聞いてビックリしました」
それはきっと……初めて俺が黒川の家に招待されたあの出来事のことだろう。
あの日、俺は帰る前に黒川から『友達になりたい』と言われて……
それを断った。
「……だから、お姉ちゃんをからかっているなら許しません」
「姉が好きなんだな……」
一瞬、本当は姉のことが嫌いなのかな? とも思ってしまったが、どうやらただのシスコンだったらしい。
まぁ、姉の方も重度のシスコンだったみたいだし、あの姉にしてこの妹ありって感じだな。
「わ、悪いですか……」
「いいや」
むしろ、全然良いことだと思う。
何度も言ったように、俺に『友達』はいらないけど……
それでも――
「羨ましいよ」
「……?」
俺のその言葉に黒川妹は何を『羨ましい』と言われたのか分かっていない感じだった。
うーん、つい漏れてしまった言葉だからあまり説明はしたくないけど……でも、このまま誤魔化すのも変だよな。
「いや、俺には兄妹がいないからな……」
だから、少しだけ……『羨ましい』と思った。
もし、俺に『兄妹』がいたら……それでも、俺は『独り(ぼっち)』でいたのだろうか?
「なんてな……」
どうやら、黒川のお見舞いは遠慮した方がよさそうだな。
これ以上いたら、余計黒川の妹に嫌われて水道水どころか……
『ぶぶ漬けでもどうですか~♪』
――って、言われかねないからな。
「そろそろ、俺は帰るよ……」
「え、お姉ちゃんのお見舞いに来たんじゃないんですか……?」
「いや、俺はこのプリントを黒川に渡しに来ただけだから……」
だから、決して黒川のお見舞いに来たわけでない。
あくまで、俺は川口先生に頼まれてここに来ただけだ。
そういう意味を込めてプリントを渡し、そのまま帰ろうとすると、黒川の妹が慌てたような声で俺に質問を投げかけてきた。
「何でお姉ちゃんに『友達にはならない』なんて言ったんですか!?」
「…………」
そう言えば、これに関してはなんだかんだ誤魔化してたままだったな……。
「お姉ちゃんが……可哀そうだとは思わないんですか……?」
確かに、姉のことを心配している妹にとって俺のこの態度は酷く納得のいかないものに映っているだろう。
なら、せめてちゃんとその理由だけは説明するべきなのかもしれない。
どうせ、それが理解のされないものだとしても……
「黒川の求めている友達は『可哀そう』だからって理由で友達になるような関係じゃない」
「…………」
それは、黒川も本当は分かっているはずだ。
「もっと、この先……何があっても黒川を見捨てない。アイツが……黒川が求めているのは、そんな関係だと思う……」
だけど、黒川はそれを分かっていながら……妥協した。
妥協して選ばれたのが『俺』なんだ。
黒川が求めたのは『俺』ではなく『友達』という関係を持たせてくれる『誰か』だ。
別に、それが『悪い』とは思わない。
そういう『関係』を拠り所にしようが俺はどうも思わない。
だけど、俺だけは黒川が求めている『それ《友達》』にはなれない。
「たとえ……俺が黒川と友達になっても、高校を卒業したら俺と黒川は絶対に離れる」
そしたら、黒川が救われるのは俺と同じ高校にいる今だけだ。
時が経って自然と離れ離れになったら、黒川はまた『独り』になってしまう。
その時、俺は黒川のそばにいることはできない。
「そんなの無責任だろ……」
黒川の『友達』でいることに俺は責任を持てない。
「だから、黒川と友達にはなれない」
つまり、黒川の求めている『友達』は俺には重すぎるのだ。
ただ、それだけだ。
俺はそんな最低な理由を黒川の妹に打ち明けた。
きっと、この理由を聞かされて黒川の妹は俺を余計に嫌いになっただろう。
だけど、それでいい。変に気に入られてあの姉の世話を任されるより、嫌われて今後俺が黒川と接触するのを嫌がるようになった方が俺と黒川のためにもなるだろうからな……。
そして、俺の話を聞いた黒川妹の反応は――
「えっと……つまり、この先もお姉ちゃんを見守ってあげれる保証がないから『友達にはなれない』ということですか?」
「あ、あぁ……そう言ったつもりだけど……」
すると、黒川の妹が遠慮がちにとても失礼なことを聞いて来た。
「うーん、もしかして……安藤さんって、バカなんですか?」
「バカって……」
まぁ、だけど……確かに、友達になるかならないかで普通はこんなに考えないよな。
だとしたら――
「……かもな」
そう、俺はバカなんだと思う。
だから、こんなバカが大好きなお姉ちゃんの友達になるとかゴメンだろう?
「ふぅ~ん? そういうことですかぁ……なんだ。お姉ちゃんってばやるじゃん♪」
だと言うのに、何故か黒川の妹はめちゃくちゃニヤけた顔をしていた。
あ、あれ? 俺の話ちゃんと伝わった……よね?
「ちょっと、待ってください。お茶が冷めちゃったんで、今新しいお茶を出しますね♪」
「え、いや! 俺はもう帰るんだけど……」
しかも、お茶と言っても出てくるのはまた『お湯』だろ……
なんて、思っていたら今度は本物の暖かいお茶が出されてきた。
え、どうしたの? もしかして、これはお茶と見せかけて、お湯に絵の具で色を付け足した緑色のお湯だったりして……
「ところで、安藤さんはお姉ちゃんのお見舞いに来たわけじゃなくて、このプリントをお姉ちゃんに届けに来ただけなんですよね?」
「あぁ、頼まれたからな……」
「分かりました。じゃあ、このプリントは安藤さんがお姉ちゃんに『直接』渡してください♪」
「は、はぁ!? いや、プリントは妹の君が渡してくれれば……」
「何言っているんですか! それじゃあ、安藤さんが『渡した』ことにならないじゃないですか! 因みに、あたしに預けられてもお姉ちゃんには絶対に渡しませんからね♪」
「何で!?」
「ささっ! とにかく、お姉ちゃんは二階の部屋で寝ているのでどうぞ♪ どうぞ♪」
そういうと、黒川の妹はせっかく出してくれたお茶を飲ます暇も無く、俺を黒川が寝ている部屋の前まで強制的に案内しだした。
一体、今の間でこの妹にどんな心境の変化があったのだろうか?
謎だ……。
「そう言えば……お、お兄さんって……あたしの名前覚えてないですよね?」
「うっ、ば、バレた……?」
そう。実は会った時から、名前が思い出せなくて、ずっと『黒川の妹』としか……。
「まったく、仕方ないですねぇ~。いいですか? 私の名前は『あかり』! 黒川灯、それが私の名前です。気軽に『あかりちゃん』って呼んでくれてもいいですよ♪」
「いや、呼ばないから……」
なんかこの妹、急に馴れ馴れしくなったな……。
そして、彼女は最後に念を押すかのようにこう言ったのだった。
「じゃあ、お姉ちゃんをよろしくお願いしますね? ……お義兄さん♪」
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