第5話「ツンデレ」
放課後、未だに入部する部活を決めていなかった俺は、再び川口先生に職員室まで呼び出しを受けていた。
「どうだ。演劇部には入る気になったか?」
「何で他の部活に入る選択肢が消えているんですか……」
この学校に生徒の自由権は存在しないのかな?
「自由権って知ってます? ちゃんと憲法で保障されているんで、知らないならググった方が良いですよ?」
「はっはっはっ! もちろん、知っているさ。だから、こうして君の選択肢を奪うのも、教師である私の『自由』だろ?」
そんな自由権の使い方聞いたことねぇよ!
「そもそも、何でそこまでして俺を演劇部に勧誘するんですか? 聞いたところ、活動だってしてないみたいですし俺が入らなくても問題ないでしょう?」
「それが問題大アリなんだ……。もし、君が入部してくれないと演劇部は廃部になってしまう」
「え?」
「元々は部員がいなくなった時点で廃部にする予定だったんだけどな。三年生が卒業した後に黒川が入部して、しばらくは廃部ではなく休部扱いにすることになったんだよ」
なるほど、だから演劇部は活動を休止していたのか。確かに、黒川一人だけじゃ活動もなにも無いからな。
「だけど、教頭先生が『実質活動していない部活にいつまでも空き教室を与えられない』と言ってきて……今月中に部員が増えないなら廃部とのことだ」
「それって……」
「ああ、そうだ」
もし演劇部が廃部になれば黒川は俺と同じように違う部活を探さないといけないだろう。
つまり、川口先生は黒川のために演劇部を守ろうと――
「もし、演劇部が無くなったら私が別の部活の顧問にならないといけなくなるだろう!」
「……は?」
あれ? 黒川は……?
「知っているか? 部活の顧問を引き受けても教師の給料に変わりは無いんだぞ? つまり、タダ働きだ!」
「はぁ……」
「それに、運動部の顧問にでもなってみろ! 放課後は夜遅く生徒が帰るまでサービス残業しなきゃいけないし、休日は試合だのなんだので付き添いまでしなきゃいけないんだぞ!? そんなことになったら、私の『婚活』をする時間が無くなってしまうじゃないか!」
……うん、ダメだコイツ。
てか川口先生って、婚活してたのか……。
「それに、比べて演劇部は活動なんてほぼしてないもんだから拘束時間は無いし、休日出勤も無い! こんな素晴らしい部活の顧問を失ってたまるか!」
ひでぇ……。結局、全部自分のために行動してたのかよ。
「それに、どのみち君も何かしらの部活には入らないといけないわけだ。なら、楽な部活に入った方が良いと思わないかね?」
「とても、教師とは思えない台詞ですね……」
それに、俺は部活にだって入るつもりは――、
「一人は寂しいだろう」
「…………」
寂しい……?
そんなこと勝手に決めつけないで欲しい。
「……一人でいる方が楽な場合もありますよ」
「これでも、私は教師でね? 見ていれば分かるものさ」
いや、都合のいい時だけ教師面するなよ……。
それに、俺は一人を『寂しい』だとは思わない。
なので、俺は惚けることにした。
「……一体、誰のことを言ってるんですかね?」
しかし、帰って来た言葉は意外なものだった。
「彼女のことだよ」
「……え?」
あ、黒川のことか……。やべっ、勘違いした!
僕チン恥ずかちぃ~っ!!
「はっはっはっ! 一体、誰の話だと勘違いしたのかな……?」
「べ、別に……勘違いしてないですし! 分かってたもん……」
「男のツンデレは需要ないぞ?」
うるせぇ! 需要っては作るもんなんだよ!
「難しい子なんだよ……」
「……それって、黒川のことですよね?」
「フッ、もちろんさ……」
もう、勘違いしないからな!
「それで、難しい子とは?」
「彼女は何でも持っているのさ……。見た目はこの学校でもトップクラスだろう? 頭も学年では常に上位の成績だ。そして、運動神経だって悪くない。その上、家はこの地域では有名な地主でお金だってある。もし、私が男だったら逆玉に乗りたいところだよ? はっはっはっ!」
それは止めてあげて……。マジで教育委員会レベルの問題だからね?
「それは、すごいですね。だけど、いいことじゃないですか?」
美少女で頭も良くて運動もできて家はお金持ちって……何それ? 一体前世でどれだけの徳を積んだらそんな風になれるんだよ。
「しかし、そんな
さぁ、何か分かるか?」
「一つだけ……」
黒川が持ってないもの……はて、何だろう?
……
うん、確かに黒川は胸だけは
「そう、友達だ」
あ、そっちか……。
「黒川は自分で動こうとしない子でな……。今では『コミュ力』というのか? とにかく、それが欠けている所為か入学してからずっと『一人』なんだ」
確かに、教室での黒川は常に一人だった。
いや、一応俺には話しかけようとして来たな……。でも、断念したみたいだし、それが先生の言う『コミュニケーション力』というやつか。
「でも、それだけであんな風に一人になりますかね?」
普通なら、クラスメイトの一人や二人、話しかけようとしないか?
俺は転校してきたから知らないが、黒川が入学してからの今の九月になるまでの半年間、あんな美少女に誰も話しかけないなんてあるのだろうか……。
「人とは愚かなものでな……。相手が自分より優秀であればあるほど、劣等感から敵意を持ってしまうものだ」
つまり、黒川がコミュ障なのを良いことに周りから無視されているってことか?
「それ、イジメじゃないんですか?」
「難しい問題だな……。実際、当人達がどう思っているか分からないし『無視をしようと』と誰かが示し合わせたわけでもない。黒川の状況は『自分から友達を作ろうと』しないから、周りが手を差し伸べない『だけ』だ」
なるほど……。
確かに、黒川が自分から『動けば』クラスメイト達は黒川を無視はしないだろう。
ただ、黒川が『一人でいる』から、周りは黒川を『一人にさせてあげている』だけなのだ。
「何ですかそれ、ただの嫉妬じゃないですか……」
うーわ、めんどくせぇー……。
やっぱり、友達なんていない方がマシだな。
「ああ、嫉妬だろう。でも、人なんてそんなものさ。何せ彼らはまだ『子供』なんだからな?」
「子供なら、ちゃんと教育してくださいよ……」
「まことに残念ながら、私はまだその子供を作る相手がいなくてね? 絶賛『婚活中』だ」
「教師が学校で下ネタ言わないでください……」
それ、親に下ネタをふられるくらいキツイからね?
「何なら、君が立候補してくれてもいいんだぞ?」
「それ以上そのネタを続けたら、次に会う時は法廷ですからね……?」
「なるほど、離婚裁判ということか……」
「結婚した前提で考えるなよ!?」
アンタ、どんだけ結婚したいんだよ!
もはや、こっちがいたたまれなくなってくるわ!
「仕方ないだろ。孤独が幸せなんて人間はいないさ」
「そうですかね? 孤独なままの方が、幸せな人もいるかもしれませんよ……」
「案外、一人というのは大人でも辛いものだよ」
「それは……先生のことですか?」
「三十歳を過ぎると、周りが次々と結婚していくからね……。はっはっはっ!」
「…………」
いや、笑えねぇから……。
「だからこそ、私は『誰か』が彼女に手を差し伸べればと思っているよ」
まさか、それが俺をこんなにも無理矢理、演劇部へ入れようとしている……。
本当の理由なのか?
「黒川が私に聞いてきたよ」
「……何をですか?」
「『彼は来ないんですか?』だとさ。入部するかでなく『来る』かどうかを聞かれたよ」
「そうですか……」
「もし、君が入部しないというのならそれでいい。だけど、一つだけ……廃部になる前にもう一度だけでもいいから、演劇部を見学しに来ないか?」
「…………」
それでも、俺には黒川の事情など関係ない。
「……見学には行きません」
「そうか残念だ……」
だから、これは黒川の事情など関係無く、俺が決めたことだ。
「入部届、貰ってもいいですか……」
「……驚いたな」
「どうせ、何処かの部活には入らないといけないって言ったのは先生じゃないですか……」
だから、勘違いしないで欲しい。
これは面倒だから……
そう、一番楽そうな部活を選んだだけだ。
「……フッ、優しいな」
そして、川口先生は『演劇部』と記入された入部届を受け取りながらこう言った。
「だが、言ったはずだぞ。男のツンデレは需要が無いとな?」
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【今回の作業アーカイブ】
https://www.youtube.com/watch?v=_EVpv9WsjRg&list=PLKAk6rC5z4mR39sRFDtVHqVqlPwt0WcHB&index=4
詳しくは出井愛のYouTubeチャンネルで!
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