第35話「コスパ」


「ハンバーガーショップって、思ってたより人が多くてうるさいのね」


 あの後、俺達は休憩ということで近くのハンバーガーショップに来ていた。

 どうやら、この店のハンバーガーを食べるのも黒川のやりたいことリストの一つだったようで、ここに来る前は……


『友達と一緒にハンバーガーを食べて無駄な時間を一緒に過ごすって、まさに漫画とかでよく見る光景じゃない? だから、私も友達ができたらハンバーガーを一緒に食べたいと思っていたのよ!』


 ――と、テンション高めの様子だったのだが、いざ来てみると予想以上の店内の混みようと周りの話声のうるささで参ってしまったようだ。


「まぁ、今日は日曜日だから混んでいるのは仕方ないだろ? それに、こういう店は安い分俺達みたいに若い客が多いからな……」

「何よ……どうせ、貴方もこういうお店に来たことないくせに、随分と知ったようなことを言うのね?」

「え、普通に何回か来たことあるけど……」

「そ、そんな……貴方、友達はいらないとか言ってたくせに……一体、いつ誰と来たのよ!?」

「いや、別に一人で利用したことがあるだけだよ!」

「あら、そうなの……? ふぅ、何よ……。そうならそうと早く言いなさいよね? 私ってば、てっきり……いいえ、何でも無いわ」

「てか、お前何にキレてるんだよ……」


 俺がハンバーガーショップを利用したことがあるだけでキレすぎだろ……。

 確かに、俺も黒川と同じで誰かとこういう店に来る経験は無いが、普通に学生なら利用したことくらいはあるだろう。


「むしろ、俺からしたら黒川が来たことが無いのが意外だったな。妹と来たりはしないのか? 別にハンバーガーくらい妹と一緒にきて食べればいいだろ」

「貴方それ……分かってて言っているの?」

「何が……?」


 俺の言葉に黒川が『コイツはアホか?』みたいな顔をしていたのでそう返すと、黒川は呆れたように話し始めた。


「はぁ、本当に分かってないみたいだから言うけど……いい? 妹と友達は別ものなのよ」

「……すまん。良く分からないんだが?」

「そうね。貴方に分かりやすく例えると……例えば、貴方が友達と映画を見に行く約束をしていたとして……」

「ふむふむ……」


 俺が友達と映画をね……まぁ、例えばの話だろうから、ここは俺が黒川と映画を見る約束をしていたとしよう。


「その友達が来れなくなって、代わりにその映画を自分の母親と見ることになったら、貴方はそれで満足できるのかしら?」

「……何その地獄?」


 黒川の代わりに自分の母親が来るとか、もはや代わりでもなくただの罰ゲームじゃねぇか!

 他の友達が来るならまだしも『家族』は――


「あ、そういうことか……」

「どうやら、私の言いたいことが分かったみたいね?」

「つまり『友達』と『家族』は別ものってことか……」

「正解よ。だって、私が求めているのは『友達との思い出』だもの! もちろん、妹も私にとっては大事な存在だけど、それはあくまで『家族』のカテゴリーだから『友達』とは別よ」


 要はいくらケーキが好みだとしても、今の黒川が食べたいのはラーメンだからケーキを食べてもラーメンを食べたいという欲は消えないみたいなものか。


「それで、黒川はこの人が多くてうるさいハンバーガーショップでどんな『友達との思い出』を作るつもりなんだ? まさか、この百円のハンバーガーとドリンクを食べただけで終わりとかじゃないよな?」


 なんか、注文する時も『いい! 注文するのは百円のハンバーガーとドリンクだけよ!』って指定までされたから、きっと黒川がこの店でしたい何かがあると思っていたんだが……


「フフ、貴方にはよく気が付いたわね? そうよ。このお店に来たら友達と一緒にやってみたいことが実はあったのよね……」

「それで、その『やってみたいこと』って?」

「スマホゲームよ!」

「……は?」


 何でスマホゲーム……?


「てか、それってここでやらなくても良くね……?」


 むしろ、いつも俺達がいる放課後の部室とかでもできることだろ……。


「そんなの、ここでするから良いんじゃない? ほら、漫画とかで良く友達とハンバーガーを食べながらスマホ弄って無駄な時間を過ごすシーンがあるでしょう?」

「うーん、言われればよくあるシーンかもなぁ……」

「私はあれがしたかったのよ!」

「えぇ……」


 なんかそれ、今日のイベントの中で一番つまらなさそうな内容なんですけど……


「本当に無駄な時間じゃねぇか……」

「だからこそ、贅沢だと思わないかしら? 友達がいるのにあえてスマホで遊んでただ無駄な時間を怠惰に過ごすのって、逆に『青春』って感じがして!」

「なるほど……」


 そう言われると、黒川の意見にも一理あるかもしれないな。

 一見すると、ただ無駄な時間に思えるかもしれないが、黒川みたいに『友達がいない』奴にしてみれば、そんな『無駄な時間』でさえ友達がいないと過ごせないのだ。


 つまり、よくある土日を家にいてまるまる無駄に過ごしてしまうあれの友達版みたいなものだろう。


「いや、普通に最後後悔する未来しか見えないんだけど……」

「いいから、適当に面白そうなスマホアプリでも探して遊ぶわよ! ほら、ここはWiFiも無料で使えちゃうんだから!」

「はぁ、分かったよ……」


 仕方ない。今日は黒川の『友達役』だし付き合ってやるとするか……。




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